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第13話 それぞれの夜に
平日の勤務を終え、部屋に帰ってきた日比野は、また次も泊まるのかな…なんてぼんやり考えていた。
その時、スマホが鳴る。
相手は高村からで、少し驚いた。普段はメッセージばかりで電話はあまり使わないからだ。慌てて通話にする。
「…もしもし」
『あ、日比野?高村だけど』
「うん。どうした?」
『あのね、今週の土曜夜、友人の結婚式があって』
「…あ、そうなんだ。わかった、楽しんできて」
『連絡遅れてごめん。すっかり忘れてて』
「全然大丈夫だよ、連絡ありがとう」
『うん…じゃあ、おやすみ』
「おやすみ」
電話が切れ、スマホをテーブルに置く。
週末に別の予定が入るのは当然だし、今までも一人で楽しく過ごしてきた。
だから特に気にすることはない――その時はそう思っていた。
⸻
土曜日、日比野はなんとなくぼんやりしていた。
特に予定もなく、洗濯や掃除を済ませる。
外に出ても行きたいところが思い浮かばず、結局スーパーで食材を買って帰宅した。
(…こんなことなら、友達に連絡して遊びにでも行けばよかったな)
と少し後悔する。
家でテレビをつけて眺めていると、ふと「いつもなら高村の部屋にいる時間」だと思い出した。
高村に寄りかかって、時には抱きついて、二人で並んで見ていたテレビ。
一人でぼんやり眺めるのとはあまりに違って、リモコンに手を伸ばし、電源を切る。
ため息をついてソファに寝転がった。
(…先週のお泊まり、楽しかったな…)
その分だけ、今日は落差で寂しさが大きい。
以前は休日を一人で過ごすことが当たり前で、何も感じていなかったのに。
もうすっかり「甘える時間」に慣れてしまっている。
音のない部屋で寝転んでいるのが嫌になって、日比野は起き上がった。
音楽をかけて、積んだままだった本を手に取る。
読み始めると意外と集中できて、気づけばもう夜だった。
夜になってもなんだか気持ちは晴れず、簡単に自炊して夕飯を済ませ、風呂に入ってタオルで頭をガシガシ拭きながら出てくる。
(今ごろ高村は結婚式に出てるかな。もう終わって二次会とかかも)
そんなことを思う。
想像すると、胸の奥が少しざわついた。
高村は誰から見ても格好いい。きっと隣に座った女性たちに連絡先を聞かれているだろう。
もしかしたら、その中に素敵な人がいて…新しい出会いがある可能性だって――。
(…甘えられなくなったら、嫌だな…)
そんな考えがよぎり、日比野は頭を振って追い払った。
もし高村に大切な相手ができたなら、自分は喜んで送り出さなければ。
これまでたくさん甘えさせてくれて、やさしくしてくれたんだから。
その幸せの邪魔だけはしない――そう心の中で固く誓った。
⸻
高村は結婚式場のロビーで、高校時代の友人たちと立ち話をしていた。
披露宴も終わり、二次会に流れるかどうかの話になっている。
(正直、もう帰りたいんだけどな…)
胸の内ではそう思いながらも、友人たちは当然のように二次会へ行く様子で、一人だけ抜けるのは難しそうな空気だった。
二次会の会場では、新婦側の友人たちから声をかけられる。
「かっこいいですね」
「素敵ですね」
褒め言葉が次々に飛んできて、友人たちはすかさず
「そうなんだよ、こいつめっちゃモテるから」
と笑いながら会話を盛り上げる。
高村は曖昧に笑って受け流しつつ、
(…まあ、俺の話題が会話のきっかけになってるならいいか)と考える。
褒められて悪い気がするわけではない。けれど、そこにあるのは表面的な言葉だけで、心の奥を見られているわけではない。
ほんの少し、胸に影が落ちる。
(…別に、いつものことだけど)
トイレに立つふりをして、人のいない奥まった通路に出て、小さく息をはいた。
浮かんでくるのは――日比野の顔。
照れて赤くなる姿。
心配そうにかけてくれる言葉。
甘えたいときに素直に寄りかかってくるあの温もり。
何より、繕うことのない真っ直ぐな表情が、いつだって高村を安心させてくれる。
手を繋いで眠った夜のこと。
不意に抱きつかれて、思わず抱きしめ返した感触。
その柔らかい呼吸を思い出すだけで、胸の奥がじんわり温まっていく。
(…会いたいな。来週までおあずけか)
通路の壁にもたれて、目を閉じる。
賑やかな笑い声の遠くで、ただひとり、日比野の温もりを思い出していた。
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