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第16話 部屋とワイシャツとマグカップ

週末、いつも通り待ち合わせて昼ごはんを食べる。 会社での出来事から少しだけ緊張していたけど、いつもと変わらない高村の様子に安心する。 「今日はたまに外で買い物とかしようか」 と高村が言うので、日比野は 「あ、じゃあ、俺仕事用のワイシャツ買おっかな」 と話す。 二人で紳士服店に着くと日比野は適当にワイシャツを選んでいるので、高村は 「サイズわかってるの?着てみたら?測ってもいいし」 と促す。 「えーそんなのしたことないし…」 と言う日比野を試着室に押し込む。 着替えた日比野を見て高村は 「…うん、悪くないけど、肩まわりとかどう?キツくない?」 と肩や手首の裾など触ってくるので、日比野は少しだけドキッとする。 「…よくわかんない。これでいいんじゃない?」 「あ、じゃあこれも着てみて」 高村に別のタイプのシャツを渡される。 着替えてみるとピッタリで動きやすい。 「…ほら。似合う。いいでしょ?サイズ大事」 「…なんでお前のほうがサイズわかるんだよ…」 と日比野が言うと、高村が少しニヤリとして小声で試着室のほうに顔を寄せて囁く。 「…何回もハグしてるからね」 その言葉に顔を赤くして日比野は試着室のカーテンを閉めた。 結局高村が選んだシャツを買って店を出る。 「ありがとうな。選んでくれて」 「よく似合ってたよ。職場で見るの楽しみ」 と高村が微笑むので、なんとなく気恥ずかしくて日比野は少し目を逸らした。 ついでに他のお店も見ながらうろうろしていると 「あ、このマグカップ」 と日比野が言うので高村も立ち止まる。 「なに?欲しいの?」 「いや、なんか、お前の部屋に合いそうだな、って思って」 確かに、高村の部屋の色味や雰囲気に似合いそうだった。 「…ふふ、そうだね。…あ、これは日比野に合いそう」 そう言って高村が指差す先には、取っ手が猫のしっぽになっているマグカップ。色は割と落ち着いているので大人が使っても良さそうではある。 「俺、猫?」 「なんとなく。甘えたり怒ったりする姿が可愛いところとか」 「……そうかなぁ…」 日比野は首を傾げるが、高村は嬉しそうに 「じゃあ二つとも買おうかなぁ」 とマグカップを両手に持つ。 「俺んちで使おう」 そう微笑まれて、日比野は少し顔を赤くしながら 「…いいけど。じゃあ、お前のは俺が買うよ」 と日比野が高村の手にあるシックなモノトーンのカップを受け取ってレジに向かう。 高村はやさしく笑って 「ありがとう。…じゃあしっぽのほうは俺が買うね」 と言った。 お互いに一つずつマグカップを持って、軽く店を回って帰り道。 高村が唐突に 「…日比野の家行ってみたいな」 と言い出す。日比野が 「別にいいけど。…俺んちはベッド大きくないよ」 とさらりと言ったので、高村が 「…泊めてくれる気なんだ?」 とニヤニヤして言う。その顔を見て日比野は頬を赤くした。 「…やめ、俺んちはまた今度!」 と怒ったように言う。 高村が笑って 「そうだよね?一緒のベッドで寝たいもんね?」 とからかうので、さらに顔を赤くして 「違う!もう!」 と日比野は頬を膨らませた。 結局、高村の部屋に行くことで場は納まった。 高村の部屋に着くと 「マグカップ、使ってみる?」 と聞かれて日比野は持っていたマグカップの袋を高村に渡そうとしたが、 「あ、待って。俺が洗う。その間にコーヒー用意しといてよ」 と言った。 その言葉に高村は微笑んで 「了解」 と言った。 テーブルに並んだ二つのマグカップは、形も色も全然違うのに、妙にしっくりときていた。まるで俺たちみたいだな、なんて思って日比野はちょっとだけ頬を染めた。 コーヒーを飲んでいると、高村が横から頭を撫でてくる。 日比野がチラリと高村を見ると、 「カップ似合うね、可愛い」 と言われた。 「…意外と持ちやすい。しっぽ」 「それは良かった」 と微笑み合う。 カップをテーブルに置いて、日比野は高村の太ももに頭を乗せた。 高村は,日比野の髪を梳くように指を動かす。 日比野は高村の手が気持ちよくて目を閉じた。 いつも通りの土曜の午後に、二人は安心感と癒しを感じていた。 「…なんか、眠くなってきた」 日比野は目をこすりながら、高村の顔を見上げる。 「寝ていいよ」 さも当然というように答える高村に、日比野は自然と微笑み、目を閉じた。 「…ん、おやすみ」 静かにすうすうと寝息を立てる日比野を見つめ、高村は目を細める。 意外に長い睫毛が揺れる様子、少しくせのある柔らかい髪の手触り、耳の後ろの小さなほくろ——。 きっと自分だけが知っている、日比野の可愛いところの数々。 こんな風に誰かを思う自分に、少しだけ驚く。 髪を撫でるのを一瞬止めて、もう一度日比野の寝顔を見た。 (…可愛いな…) その気持ちは日に日に増している。前回、会社の資料室ではその気持ちが少し漏れてしまった。 日比野を怖がらせていないか——そんな不安も少しあったが、今日はいつも通りに振る舞う。 (…このままでいい。ずっと続けばいいのに) 高村は再び、そっと日比野の髪を撫でる。 窓の外から、暮れ始めた夕日の柔らかい光が差し込み、穏やかな午後の時間が、二人をやさしく包んでいた。

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