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やさしい朝と夢のあと(後編)
「ちょっと休憩!」
と日比野が言って、おんぶから降りる。
笑い合っていた空気がふと落ち着いて、二人の間に少し静けさが戻る。
日比野は「コーヒーでも淹れよ」とつぶやき、キッチンへ向かった。
香ばしい香りが部屋に広がり、マグカップを二つ手に戻ってくると――
高村はソファに腰を下ろし、目を閉じていた。
(……寝てる? 珍しい)
そっとカップをテーブルに置き、寝顔を覗き込む。
改めて見ても、やっぱり整った顔。
いつも優しく包んでくれる存在、高村の安心感に、今の生活から抜け出せそうにないと思う。
さっきみたいに不意にドキリとさせられるのも、驚くけど――嫌じゃなかった。
(たまには俺から甘やかしてみるか…)
そう思い立って、そっとソファの横に座り、高村の髪に指を伸ばす。
何度か撫でた瞬間、いきなり腕が伸びてきて強く抱きしめられた。
「……っ! わ、ちょ、」
驚いて顔を見ると、高村は目を閉じたまま、頬を寄せてくる。
頬と頬が擦れ、鼻先や唇がかすかに触れて――唇が近づいた。
「……あっ、待っ、ちょ、高村!」
慌てた声に、その動きがぴたりと止まる。
日比野が押し戻すと、高村は目を見開いて固まっていた。
「……おい、高村…?」
「………ごめん、間違い…」
「……」
「なんか夢、見てて……」
少し俯いてそう言うと、高村は口元を手で押さえてしばらく黙っていた。
何か声を掛けようかと日比野が口を開いた時、高村がいきなり立ち上がる。
「疲れてるのかもしれない。……今日は帰るね」
鞄を手に取り、足早に玄関へ向かう背中。
「……じゃあ、また来週」
小さく笑って出ていった。
残されたソファの隣は、急にぽっかりと空いてしまう。
日比野はそこに座り、触れられた頬を指先でなぞった。
(……あのまま起こさなかったら、キスされてたのかな)
けれど「間違いだ」と言っていた。
夢を見ていた、と。
(……誰の夢、見てたんだよ)
胸の奥がきゅっと痛み、日比野はソファに寝転がって腕で顔を覆った。
⸻
日比野の部屋を出て少し歩いてから、高村は大きくため息をついた。
夢を見ていた。
自分と日比野が恋人同士で、二人でソファに座っている。
日比野が自分の名前を読んで微笑んで抱きついてきて、自分もお返しに抱きしめ返していつものようにキスをする…
そんな夢を。
あまり寝れていなかったのは確かだけど、それにしてもあんな…本人に直接触ってるなんて。
(…ダメだ、もう誤魔化せなくなってきてる…)
自分の気持ちが抑えられなくて、じわじわと外に漏れ出しているのが分かる。
そんなつもりじゃなかったのに。
ただ、甘えてくれる存在で良かった…はずなのに――。
このままではいつかきっと日比野を怖がらせてしまう。
…もう会わないほうがいいのかもしれない。
…
……
(…俺がちゃんと、もっと気をつければ、
それなら…)
それでも、やっぱり会いたいな、と思う。
日比野が安心して寝ている姿を見られるだけでいい、それだけで。
そう思って高村は歩みを早めた。
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