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第22話 夢のあとに残るもの

週が明けても、なんとなく胸のもやもやは消えなかった。 仕事に集中しようとすればするほど、ふとした拍子に高村の顔が浮かぶ。 『………ごめん、間違い…』 『……夢、見てて』 あのときの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。 誰のことを想って、あんな風にキスするんだろう… 夢の相手は、現実の誰か、なのかな。 そう思うたびに、心の奥がきゅっと痛む。 (……なに考えてんだ、仕事仕事…) ため息をついて、パソコンの画面に視線を戻す。 だけど文字がまるで頭に入ってこない。 気持ちを切り替えようと、立ち上がって休憩スペースまで行く。 コーヒーを淹れたカップを持って振り返ると、少し離れたところで高村が女性社員と話していた。 笑い声が聞こえてくる。 落ち着いた話し方で、相手の目をまっすぐ見ている。 その横顔を見た瞬間、胸の奥がぐらっと揺れた。 (……あんな感じの人、なのかな) 無意識にそう思って、慌てて視線を逸らす。 なんでもないふりをして隣をすり抜けると、背中に高村の声が届いた。 「…おつかれ」 「……あ、うん。おつかれ」 それだけの会話なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。 すぐに背を向けて、自分の席に戻る。 カップの中のコーヒーは、いつもより少し苦く感じた。 夜。 帰宅してソファに腰を下ろすと、あの日のことが自然に浮かぶ。 隣に座っていた高村の温もり。 笑いながら髪を撫でてくれた手。 「……寝ていいよ」と言った声。 全部が柔らかくて、優しくて、心地よかった。 無意識にソファの隣に視線を落とした。 何もないのに、そこに高村が座っている気がして、思わず苦笑する。 「……バカだな、俺」 それでも、胸の奥に小さく浮かんでしまった言葉を、振り払えなかった。 ――会って甘えたいな…。 静かな部屋の中で、時計の針の音だけが響いていた。 ⸻ 金曜日に高村からメッセージが届く。 『明日は夜に予定があるから、早めに帰るね。だから、日比野の家に行ってもいいかな?』 (…そっか…。泊まらないのか…) いつも週末に予定を入れずに一緒にいるのが当たり前になってしまっていたけど、他の友人と遊んだり飲みに行くのは当然あることだ。 …なのに、寂しく感じてしまう。 (…甘やかされ過ぎだよな、俺…) OKのスタンプを押してスマホをテーブルに置く。 短い時間でもたくさん甘えてやろう。あとは何をしようかな…と前向きに考えることにした。 ⸻ (…これでいい。これならなんとか) 高村はメッセージを送って一つ息をはく。 会いたいし出来ることなら長く一緒にいたい。 でも一緒に寝て、また前みたいに夢と同じことをするかもしれない。 無意識で何をしでかすかわからないのが一番怖い。 だから、泊まるのだけ避ければなんとかなるだろうという苦肉の策。 (…それでも、やっぱり会いたい) 週末会うのをやめるという選択肢を選ぶことはできなかった。

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