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第23話 穏やかな午後と胸の痛み
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
先週と同じで昼ごはんを買って持ってきてくれた高村は、テーブルに食べ物の袋を置いた。
「今日はどんぶりにしてみた。天丼と親子丼…どっちがいい?」
「うわぁ、どっちも良いなぁ。迷う…」
「…半分こする?」
「え、いいの?じゃあそうするか。待ってお茶入れる」
パタパタとキッチンに行く日比野の背中を見送ったあと、洗面所に行き手洗いなどを済ませてリビングに戻る。
「なんか今回も悪いな、買ってきてもらっちゃって。外で待ち合わせでも良かったのに」
キッチンから声をかける日比野を見て高村が微笑んだ。
「…少しでも長くここにいたいからね」
「…」
その声音に切実さが含まれていることに日比野は気づかなかった。
それよりも、
(…だったら、泊まればいいのにな…)
と言いそうになってグッと堪えていた。
お茶を淹れて日比野がテーブルに戻ってくる。
「じゃあ俺、先に天丼食べていい?」
「勿論。はい、どうぞ」
高村が微笑んで天丼を渡してくれる。
「「いただきまーす」」
「あ、天丼美味っ、高村好きなやつある?」
「ふふ、好きなの食べていいよ」
「じゃあ海老と蓮根と茄子と…これは半分にしとく」
「親子丼も美味しい。卵とろとろ」
「はい、半分」
「ありがとう。じゃあ親子丼も半分」
「あ、親子丼うっまい。ふわとろ」
「ね。こっちも美味しいね」
二人で笑い合って食べる昼ごはんはいつも美味しいし楽しい。
(この時間を、ずっと続けるだけでいい…)
高村はそう思いながら、ご飯を頬張る日比野を微笑んで見つめた。
ご飯を食べ終わってスマホを見たりまったりしていると、日比野がじっと高村のほうを見る。
高村が気づいて
「ん?どうかした?」
と聞くと、
「………甘えていい?」
と小さな声で聞いてきた。
「…いいに決まってるよ。おいで」
高村が目を細めて呼ぶと、日比野は胸にすり、と抱きついてくる。
高村はやさしく抱きしめ返して、
「何かしたいことある?ゲームでもする?」
と聞いた。
日比野はふるふると首を横に振り、胸にすりすりと擦り付きながら答える。
「…このまま、ここにいたい。ここで出来ることならいいけど」
「………じゃあ、体勢変えて映画でも見る?」
「……うん…いいよ。高村選んで」
適当に映画をかける。
日比野はくっついたまま離れる気配はなく、高村の胸元に顔を埋める。
「…見えてる?映画」
「見えてるよ。平気」
そう言いつつも視線は画面よりも高村に寄り添う感覚に向いているようで、さらにぎゅっと抱きつく。
高村はそんな日比野の頭を優しく撫でた。
「…どうしたの?なんかいつもと違う?」
やさしく聞かれて、日比野は顔を胸に埋め直しながら小さな声で呟いた。
「…いっぱい甘えたいだけ」
「………そっか」
照れ隠しのような仕草が愛おしくて、高村は少し強めに抱きしめた。
高村の胸に擦り付きながらも、日比野はなんだかんだ映画を後半まで見ていた。
けれど終わりが近づくころ、すうすうと寝息が聞こえてくる。
胸の中で眠る姿に、高村は目を細めた。
(…頑張って起きてたのに、とうとう寝ちゃったな)
起こさないように抱きしめ直し、自分は眠らないようにと映画に集中する。
映画が終わって少し経ったころ、日比野が目を覚ました。
「………あ、寝てた……」
「おはよ」
高村が微笑んで頭を撫でる。
「…もう…今日は寝ないつもりだったのに…」
日比野はむう、と唇を突き出して顔をしかめる。
「なんで?いつも気持ちよさそうだし、俺は嬉しいけど」
高村が撫でながら言うと、
「…せっかく一緒にいるのに、俺はあんまり覚えてないし…なんかもったいないなって」
残念そうに胸に顔を埋めて答える。
「……日比野」
「…ん?」
「可愛すぎる」
「…もうっ、可愛い言うな!」
「無理だよ、可愛いもん」
日比野は諦めたようにため息をつき、高村の胸に耳を当てる。
「はぁ…でもほんと落ち着くな、ここ。音と体温かなぁ。あと…良い匂い」
鼻をくんくん動かす姿が可愛くて、えい、と高村が軽く鼻をつまむ。
「ふが、ひゃめお。(やめろ)」
二人でくすくす笑い合う時間が心地よく、ゆったりとした穏やかな時間が流れていた。
「…あ、もう行かなきゃ」
コーヒーを飲みながら話していた時、ふと時計を見て高村が呟いた。
外はすっかり夕暮れで、空は少しずつ暗くなっている。
鞄を手に立ち上がる高村を、日比野は黙って見ていた。
玄関まで見送るときも、明らかに元気がなく、
「……じゃあ、また、来週…」
と小さく言う。
靴を履き終えた高村は、その寂しそうな顔を見て思わず微笑んだ。
愛おしさに抗えず、頬にそっと手を伸ばして撫でる。
「…明日、デートする?」
「……え?」
「予定ある?日中、どこか行こうか」
「…あ、予定無い。行く」
そんなつもりはなかったのに、つい誘ってしまった。
「じゃあ、どこ行きたいか考えておいて」
「…ん。じゃあ明日」
嬉しそうに頷く日比野に、高村も微笑んで手を振った。
⸻
扉が閉まり、一人になった高村は歩きながら軽くため息をついた。
(…あんな顔するから、つい期待しそうになる)
わかっている。
日比野が求めているのはただの安心感や安らぎで、恋とは違う。
それでも自分への全幅の信頼を崩したくないのも確か。
胸の奥が少しだけ痛んだまま、暗くなり始めた空を見上げた。
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