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第28話 届かないぬくもり
土曜の昼。
高村が日比野の家にやってきた。
「…なんか、すごく久しぶりな感じがするね」
微笑みながら言う高村に、日比野も小さく笑って返す。
「…あ、そうだよね。久しぶりだ…」
「今日のお昼は悩んでカレーにしてみた」
袋を持ち上げて見せる高村。
「お、いいね。俺カレー大好き」
「良かった。じゃあ食べよう」
並んでローテーブルに向かって座る。
当たり前みたいに肩を並べ、笑いながらスプーンを動かす時間が心地いい。
⸻
食事を終え、コーヒーを飲みながらひと息ついた。
「…なにしようね?映画は寝ちゃうし。まあ、それも良いけど」
高村が冗談めかして笑う。
日比野はふと高村を見つめ、なんとなく口をついて出た。
「……高村は、週末、他の予定とか、無いの…?」
「ん?特には…。飲みに誘われることは多いけど…どうかした?」
軽い調子で返され、日比野は慌てて首を振った。
「ううん。ただちょっと気になっただけ」
高村は少し目を細めて日比野を見つめる。
「……日比野に予定があるなら、無理に空けなくてもいいんだよ?
俺は楽しいから会いたいけどね」
その言葉が嘘じゃないことは、ちゃんと伝わってくる。
それでも――中野から聞いた「高村に好きな人がいる」という話が、あの時のキス未遂の夢の相手のことが、頭の隅でチラチラと消えずに残っていた。
日比野は、このよくわからない感情を癒したくて、高村にぎゅ、と抱きつく。
「…久しぶり。あったかい」
高村は少し驚いたあと、穏やかに微笑んで抱きしめ返した。
「………うん、あったかい…」
日比野はなぜか泣きそうになって高村の胸に顔を埋めた。
このあたたかさは、もう自分のものではないのかもしれない…
知らない誰かのものなのかもしれない。
もし高村に大切な相手ができたなら、喜んで送り出そう、と心に誓ったのはつい数ヶ月前のことだ。
それなのに――
日比野はその未来を想像したくなくて、ぎゅっと目を閉じた。
ベッタリとくっついて離れない日比野を抱きしめて、高村が笑う。
「…久しぶりだからいつも以上に甘えんぼうだな」
「………離れる?」
日比野が小さい声で聞く。
「わかってるでしょ?甘えられるのが好きだから、嬉しいし可愛い。離れたらダメ」
髪を撫でながら甘い声で囁かれて気持ち良さと同時に心臓がドクンと跳ねて、日比野は顔を上げた。そして高村の顔を見る。
「…どうしたの?」
高村はいつも通りやさしく甘やかしてくれる。
なのに日比野はいつもと違う自分を感じていた。
ドクンドクンと心臓が煩くて、高村から目を逸らして下を向く。
「…わかんない…」
自分がよくわからない。
癒されたいのに、なんだか心が騒がしくて――
くっついていたいのに、泣きそうになる。
もう一度ぎゅ、と高村に抱きついて目を閉じる。
そんなに気になるなら直接聞けばいいのに、どうしても言葉にできない。
あたたかくて心地よいこの場所に身を任せて、なにも考えないでいたい、と思った。
日比野の背中を撫でながら
(…?久しぶりだからかな…)
日比野の様子がなんとなくおかしいような気がする。
笑顔が少ないし、困ったような表情なのに抱きつく力は強い。
先週の週末は予定を入れて色々やっていたと聞いていたし、寂しそうという印象もそこまで感じなかった。
「…何かあった?」
高村の言葉に日比野は少しだけ目を開けてつぶやいた。
「……なにもないよ…」
「そう…」
高村は遠くを見つめるようにして、その声を聞いた。
(…日比野、何があったんだろう…)
そう思っても、問いただすことはできなかった。
これ以上は触れられない気がして。
こんなに近く抱きしめているのに、心の奥にはまだ届かない。
二人はしばらく言葉を失ったまま、ただ届かないぬくもりを確かめていた。
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