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第29話 届かない、眠れない夜

しばらくして日比野が高村から離れる。 「…ごめん。ぼんやりしちゃってた。なにする?ゲームでもしようか?」 そう元気に振る舞うが、やはりいつもと違う気がして高村は口を開きかけるが、一旦閉じた。 (…今聞いても、きっとなにも答えてくれない) 高村はそう思って 「…いいよ。対戦する?」 と微笑む。 「…またいつものルールにする?」 日比野が高村のほうを見て聞くで、高村は 「…勝ったら、今日泊めて」 と目を合わせて答える。 「…!! ……じゃあ、俺が勝ったら…どうしようかな…」 考え込む日比野を高村はじっと見ていた。 何か様子の違う日比野と、このままわかれるのは良くない気がした。 もう少し一緒にいたら何か踏み込めるかもしれない。 自分の問題で最近は泊まらないようにしていたけど、そんなことどうでも良かった。日比野の様子のほうが何倍も大事だった。 「…俺は、勝負終わってから決めることにする」 日比野がそう言ってゲームの用意をし始めた。 コントローラーを渡された時一瞬だけ目が合う。だけどすぐに日比野に逸らされてしまった。 妙に静かな部屋にゲームの音楽が鳴り響いた。 結局対戦は高村が勝った。 「あー、もう、後少しだったのに…」 日比野ががっかりした顔でコントローラーをテーブルに置いた。 「勝ったので、今日はよろしく」 高村が日比野に微笑みかける。 日比野は少しだけ照れたように 「…わかったよ。なにもお構いできませんけどね」 と少しだけ笑った。 高村はそれだけでなんだかホッとして 「じゃあ一緒に寝ようね」 と半分冗談ぽく、半分本気で言ってみる。 日比野は顔を赤くして 「え!?……泊まるしか決まってないじゃん…」 と言った。 「じゃあもう一戦する?一緒に寝るのを賭けて」 「…わかったよ。次こそ勝つ」 会話はいつも通りの二人の雰囲気に戻りつつあった。 「あーもう!また負けたぁ!」 日比野ががっくりと肩を落としてソファに座り込む。 高村はその隣に座ってじっと日比野を見ていた。 「…あのさ、そんなにがっかりされると、それはそれで寂しい…」 とまた冗談ぽく言ってみる。 日比野はガバッと顔をあげて 「あ!いや、そういうんじゃないよ!別に嫌とかじゃ…」 首を振って否定する日比野を見て、高村は優しく微笑んだ。 「わかってる。ちょっと言ってみただけ」 「…」 日比野は顔を赤くしてチラリと高村を見た。 目が合って、少し目を伏せた日比野の睫毛が影を作っている。 照れたような困ったような表情が愛らしくて、高村は目を細めて日比野の髪を撫でた。 日比野は、高村の手の動きに身を任せて目を閉じる。 いつまでもこのままでいたい、お互いにそう思いながら少しの間そうしていた。 二人で買い出しに行き、晩ご飯を一緒に作って食べ終える。 それぞれお風呂を済ませて、高村は日比野の部屋着を借りた。 その姿を見た日比野は、思わずぶはっと吹き出す。 「おかしいな、大きめのTシャツなんだけどな……なんか可愛い」 けらけら笑う姿に、高村は少し眉を寄せて困った顔をした。 「日比野なら似合いそうだけどね」 「まぁ寝るだけだし、いいよな」 「日比野しか見てないし、いいよ」 互いに少し笑って、ソファに腰を下ろす。 水を飲みながらテレビを眺め、他愛もない雑談を交わす。 そんな“いつも通り”の空気に、日比野はホッとしていた。 (……このままでいいよな、別に…) 今から変える必要なんてない。いつか高村から言われた時には潔くやめたらいいだけ、それだけだ。 そう思いながら、隣の高村の肩にそっと頭を預ける。 高村は自然に日比野の頭を撫でて、微笑んだ。 「……じゃあ、そろそろ寝る?」 「……ん、そうする」 高村が日比野の手を取って繋いだ瞬間、日比野の心臓がドキンと跳ねる。 あたたかさに安心するはずなのに、胸の奥が締めつけられて落ち着かない。 (……なんで、今日はいつもみたいにいかないんだろう) 寝室に並べた布団に横になると、高村が横顔を覗き込み、柔らかく言った。 「……もし困ってることがあったら、いつでも相談して」 深くは追及しないけれど、何かを感じ取っているような優しさ。 その言葉に、日比野の心臓はさらに煩くなった。 このまま聞いてみようか――そう思い、重い口を開く。 「………この前、中野に……いや、やっぱいい。ごめん」 「……え、なに?」 「本当にごめん。なんでもない。寝よう」 そう言って反対を向き、布団をかぶる。 勇気が持てず、目をぎゅっと閉じた。 けれど高村の声が背中に届く。 「……なにかあったの?中野と」 「……」 内容が気になって仕方がない高村は、黙ったままの日比野をそっと後ろから抱きしめる。 「……言いたくないならいいけど。その代わりこのまま寝るから」 「……!」 背後から回された腕に、日比野はためらいながらも手を重ねた。 言葉はなくても、それだけで少し繋がれた気がして。 高村は日比野の後頭部に額を寄せる。 背中越しに伝わるぬくもりに、心臓が煩すぎて日比野は耳を塞ぎたくなる。 ただ癒されたいだけなのに、これでは落ち着けない。 いつもならすぐに眠れるはずなのに―― (……寝られるかな。無理かも) それでも、離れたくはなくて。 矛盾した思いを抱えながら、日比野はただじっと目を閉じていた。

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