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第30話 背中合わせの2匹とふたり
寝られないかもしれないと思っていたのに、気づけば朝。
やっぱり、高村と一緒だと落ち着いて眠れるんだな……としみじみ思う。
珍しく高村はまだ眠っていて、日比野はじっと寝顔を眺めていた。
(……綺麗な顔してんなぁ)
朝ごはんの支度をしようとそっと動こうとしたその時、布団の中で腕が伸びてきて、ぐっと抱き寄せられる。
「わっ……! もう、起きてたの?」
「ん……おはよう。いつの間にか寝てたなぁ」
ぼんやりした声なのに、抱きしめる力はしっかりしていて。
日比野はむぅっと顔をしかめて胸をポカポカ叩いた。
「こら、朝飯の準備するから! 離せ」
「……まだいいでしょ。もう少し」
ぎゅっと胸の中に閉じ込められる。
日比野はあたたかさに負けるようにそっと抱き返して、小さくつぶやいた。
「…………少しだけな」
高村の口元がわずかに上がったように見えた。
けれど覗き込んだ顔はただの綺麗な寝顔で、日比野は照れくさくて視線を逸らした。
――結局ふたりとも盛大に寝坊して、遅い朝食を一緒に食べる。
「……今日、予定なかったら行きたいところあるんだ」
「ん? どこ? 遊園地?」
「いや、雑貨屋さん。駅の近くに色々あるだろ。……この前の服のお礼に買う約束だったから」
「そんなのいいのに。でも、前買った服着てるところは見たいな」
「……着るつもりだったよ」
日比野が少し照れながら答えると、高村は嬉しそうに微笑んだ。
⸻
高村に選んでもらった服を着て、二人で駅近くへ買い物に出かける。
「やっぱり似合うね。可愛い」
「……あんまり言うなよ、恥ずかしいから」
「なんで? 可愛いものは可愛いんだから、ずっと言う」
「……っ、もうっ!」
ぷうっと頬を膨らませてスタスタ雑貨屋に入っていく日比野。
高村は楽しそうに笑いながら後を追った。
「あ、これ日比野っぽい」
差し出されたのは手のひらに乗るサイズの黒猫の置物。
「……俺、黒猫なの?」
「なんか髪の毛の感じとか。可愛いし」
「可愛い言うな……。じゃあ高村はこれ」
日比野が指差したのは、ゴールデンレトリバーの置物。
「……俺これかぁ」
何とも言えない顔で犬を見つめる高村に、日比野は吹き出した。
「じゃあこれとこれ買おうかな。……他に欲しいのある?」
「それだけでいいよ」
「ダメ。じゃあ適当に見繕う」
日比野は、服のお礼は勿論だが、いつも癒してもらっているお礼として、『リラックスグッズ』をあげることにした。
出張の時にも使えるアイマスク内蔵のネックピローや、温浴効果の高いバスソルト、入浴剤などをカゴに入れていく。
ラッピングしてもらった雑貨の詰め合わせを手渡して、日比野は少し照れながら言った。
「……はい。プレゼント」
「ありがとう。大事に使う」
「置物もちゃんと飾ってよ」
「もちろん。リビングの見えるところに置く」
楽しそうに微笑む高村を見て、日比野の胸の奥も自然とあたたかくなった。
⸻
駅でわかれて家に帰ると、高村は日比野からもらった包みを早速開けてみた。
入浴剤や小物はテーブルに並べておいて、手に残った小さな箱を開ける。
中から現れたのは黒猫と犬の置物。
そっとリビングのウォールラックに置いてみると、不思議と背中のカーブがぴたりと合わさって、まるで寄り添うように並んだ。
「……」
それが妙にしっくりきて、高村は二つをくっつけたまま置くことにした。
ソファに腰を下ろして、改めて小さな置物を眺める。
自然と浮かんでくるのは、それを選んでくれた日比野の顔。
頬を赤くしながら「可愛い言うなよ」と拗ねていた様子を思い出して、思わず口元が緩む。
けれど同時に――心にひっかかるものもよみがえってきた。
確かに後半は笑って、いつも通りの空気に戻っていた。
けれど、それでもあの時の日比野は、どこか違っていた。
『この前、中野に……』
途切れたままの言葉が耳に残る。
(……やっぱり、気になるな)
明日、朝イチで中野に聞いてみるか――
そう思いながら、もう一度黒猫と犬を見やる。
背中を寄せ合うふたつの姿は、小さいのに不思議とあたたかくて、目を離せなかった。
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