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第31話 知られてしまったこと

月曜の朝。 中野が出勤してデスクにカバンを置いた時、 「おはよう。…ちょっと」 「んえ?あ、ちょっとなに…」 高村が顔を出して直後、腕を掴み有無を言わさぬ調子で連行される。 人気のほぼない非常階段側の通路まで連れてこられて、中野は訳が分からなかった。 「…え?なにこれ?俺リンチされるの?」 「そんな訳ないだろ。…ちょっと聞きたいことがあって」 「…なに?」 高村の落ち着いた声。しかし、その奥に強い圧を感じて、中野は少し居心地が悪くなる。 「先週…先々週か、日比野と飲んでた?」 「………あぁ、飲んだわ。金曜」 「その時、何話したか教えてくれる?」 「…は?いや酒入ってるし結構前だし…そんなの覚えてるわけ――」 「思い出して」 高村の低い声が被さった。 一瞬で空気が張りつめて、中野は苦笑いしつつも記憶を探る。 「……えーっと…、仕事の話とかもしたけど、基本適当な雑談ばっかだよ?あと俺の彼女の話!これはたくさんした!」 「……他は?」 「うおーい、無視すんな。 ま、あとは…日比野の恋バナ無いか聞いたりした、かなぁ…。でも無いって」 「……そう…」 「…あ。お前の話もそこでチラッとしたわ」 高村が顔を上げる。 「…俺の?」 中野はニヤニヤして答える。 「そうそう。『高村、好きな人いるっぽいんだけど、なんか知らない?』って聞いたんだよ。 日比野は『知らない』って言ってたけどな。 ……そういや、そのあとくらいからなんか考え事してる?みたいな…ぼんやりしてたかも」 高村が眉を寄せて中野をチラリと見て、ため息をついた。 「…………そう、わかった。…ありがとう」 そう言うなり踵を返し、中野を置いて高村は戻って行ってしまう。 「え?もう良いの?おーい」 中野の声は空しく響き、高村の耳には届いていなかった。 自分のデスクに戻り、パソコンの画面を開いた高村は、表面上はいつも通りの落ち着いた姿だったが、心の中はとてつもなく焦りざわめいていた。 (……バレたんだ。俺の気持ち…) 考え事をしていたと中野が言う日比野の様子。 甘え方がどこかぎこちなく、こちらをじっと見て困ったような顔を見せた土曜の日比野。 様子がおかしかった理由が、今なら全部腑に落ちる。 気持ちを察して、どう対応していいかわからなかったのだろう。 (日比野は優しいから、困ってるけど言い出せなかったんだ。…そういうことか…) 伝える気もなかったし、これ以上は望んでいなかった。ただ、このままで良かったのに。 けれど、もし日比野が本当に困っているのなら――この関係は終わらせるしかないのか。 深いため息をついて、高村は画面に視線を固定した。 余計なことを考えないように。 仕事だけに集中しようと、自分を追い込むようにキーを打ち始めた。

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