32 / 38
第31話 知られてしまったこと
月曜の朝。
中野が出勤してデスクにカバンを置いた時、
「おはよう。…ちょっと」
「んえ?あ、ちょっとなに…」
高村が顔を出して直後、腕を掴み有無を言わさぬ調子で連行される。
人気のほぼない非常階段側の通路まで連れてこられて、中野は訳が分からなかった。
「…え?なにこれ?俺リンチされるの?」
「そんな訳ないだろ。…ちょっと聞きたいことがあって」
「…なに?」
高村の落ち着いた声。しかし、その奥に強い圧を感じて、中野は少し居心地が悪くなる。
「先週…先々週か、日比野と飲んでた?」
「………あぁ、飲んだわ。金曜」
「その時、何話したか教えてくれる?」
「…は?いや酒入ってるし結構前だし…そんなの覚えてるわけ――」
「思い出して」
高村の低い声が被さった。
一瞬で空気が張りつめて、中野は苦笑いしつつも記憶を探る。
「……えーっと…、仕事の話とかもしたけど、基本適当な雑談ばっかだよ?あと俺の彼女の話!これはたくさんした!」
「……他は?」
「うおーい、無視すんな。
ま、あとは…日比野の恋バナ無いか聞いたりした、かなぁ…。でも無いって」
「……そう…」
「…あ。お前の話もそこでチラッとしたわ」
高村が顔を上げる。
「…俺の?」
中野はニヤニヤして答える。
「そうそう。『高村、好きな人いるっぽいんだけど、なんか知らない?』って聞いたんだよ。
日比野は『知らない』って言ってたけどな。
……そういや、そのあとくらいからなんか考え事してる?みたいな…ぼんやりしてたかも」
高村が眉を寄せて中野をチラリと見て、ため息をついた。
「…………そう、わかった。…ありがとう」
そう言うなり踵を返し、中野を置いて高村は戻って行ってしまう。
「え?もう良いの?おーい」
中野の声は空しく響き、高村の耳には届いていなかった。
自分のデスクに戻り、パソコンの画面を開いた高村は、表面上はいつも通りの落ち着いた姿だったが、心の中はとてつもなく焦りざわめいていた。
(……バレたんだ。俺の気持ち…)
考え事をしていたと中野が言う日比野の様子。
甘え方がどこかぎこちなく、こちらをじっと見て困ったような顔を見せた土曜の日比野。
様子がおかしかった理由が、今なら全部腑に落ちる。
気持ちを察して、どう対応していいかわからなかったのだろう。
(日比野は優しいから、困ってるけど言い出せなかったんだ。…そういうことか…)
伝える気もなかったし、これ以上は望んでいなかった。ただ、このままで良かったのに。
けれど、もし日比野が本当に困っているのなら――この関係は終わらせるしかないのか。
深いため息をついて、高村は画面に視線を固定した。
余計なことを考えないように。
仕事だけに集中しようと、自分を追い込むようにキーを打ち始めた。
ともだちにシェアしよう!

