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第37話 信頼と指先
会議もそれぞれの役割も順調に決まり、プロジェクトはうまく走り出していた。
仕事量は増えたが、その分メンバー同士のコミュニケーションも密になっていく。
「高村、これ添付しといた方がいいかな」
「ねぇ高村、ここわかりにくくない?」
「高村はどう思う?」
会議室の机を挟んで、日比野と高村が次々にやり取りを交わしていく。
それを見ていた後輩メンバーが、にこにこと笑った。
「日比野さんたち、仲良いですよねぇ! なんか和みます」
二人は顔を見合わせ、少しだけ笑う。
「……そう、かな」
「…同期だからね。ずっと一緒にやってるから」
微笑んで答える高村に、後輩はさらに笑顔を広げる。
「上の世代って、出世とかでピリピリしてる人多いじゃないですか。
ここはそういうの全然なくて、ほんと空気いいですよね」
他のメンバーもうんうんと頷く。
日比野は頬を掻きながら、少し照れくさそうに言った。
「…まぁ、高村は信頼してるし。メンバーも良い奴ばっかで、本当助かってるよ」
高村はチラと日比野を見て、微笑む。
「……じゃあ話戻すけど、これ、こっちに変えた方がいいね」
資料を示す指先が落ち着いた調子で動く。
「…ん、確かに。変えるわ」
資料の紙を高村が日比野に渡す。
日比野が受け取った時、ほんの少しだけ指が触れた。
日比野は特に何も言わずに席を立ってパソコンに向かうのを、高村は少し見て、ふ、と息をはく。
(…信頼、か)
その響きが、嬉しいのに少し遠く聞こえた。
それ以上はもう望めない。望んではいけないとわかっているから。
心の中に残る苦さを噛み締める。
仕事で当たり前のように話すことはできても、
やはり自分の気持ちは変わらないらしい。
少しだけ触れた指先を見て、
(…本当、未練たらしいよなぁ…)
と自嘲した。
⸻
(仲良いかぁ…)
デスクに戻った日比野は、ふと顔が熱くなるのを感じていた。
思ったよりも自分が高村に頼っていることを、後輩の言葉で意識させられた。
(…甘え癖ついてるのかもな…)
ずっと好き放題にさせてもらってきたから、無意識に甘えて頼ってしまうのかも…。
じわじわと疲れが滲んできて、軽く首を回す。
無性に、あの腕の中に戻りたくなった。
抱きしめてもらって、甘やかされて、胸に顔を埋めて眠りたい。
――そんな気持ちを振り払うように、立ち上がってコーヒーを入れ直しに行った。
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