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第43話 “好き、という勇気。”
LUNARIA新作フレグランス『オー・ド・クラージュ』。
そのキャンペーン企画のキックオフミーティングが、代理店《LUXE CREATE》の会議室で開かれた。
窓の外から午後の柔らかな陽が差し込み、テーブルの上には数冊の資料が整然と並んでいる。
「では、LUNARIA新作フレグランス“オー・ド・クラージュ”のキャンペーン始動ミーティングを始めます」
高村が軽く会釈をして口を開く。
クライアント側、制作会社《シード》のメンバーがそれぞれ軽く頷く。
「本日は皆さんお忙しい中ありがとうございます。
進行は私、高村が務めさせていただきます。
まずは今回の全体テーマと一次提案について、日比野から説明します」
「はい」
軽く頷き、日比野が前に出る。
手元のタブレットを操作してモニターに資料を映し出した。
「今回のキャンペーンテーマは、“好き、という勇気。”。
フレグランスそのものが、“自分を後押ししてくれる香り”というコンセプトです。
恋愛だけでなく、自分の中の“小さな前進”も“勇気”として捉えたいと考えています」
スライドが切り替わる。
そこには“背中を押す香り”という仮タイトルの文字。
「たとえば、好きな人に声をかける勇気。新しい挑戦をする勇気。
“香りがきっかけで、自分を少しでも変えられる”――そんなストーリーを描ければと思っています」
穏やかながらも真剣な声。
クライアントの女性担当者が頷き、メモを取る。
LUNARIA側から提示されたキーワードは、最初こそ恋愛を連想させるものだったが、
日比野と高村は一次提案書の段階で、それを「自分の中の小さな前進」として再解釈していた。
“好き”とは、人を好きになることだけじゃない。
自分を受け入れる勇気、夢に一歩近づく勇気。― そんな“前へ進む力”を香りで後押しする。
その一文を見て、制作会社側のアートプランナー・柏木潤が、軽く目を見張った。
「すごく、いいですね」
少し長めの前髪を耳にかけ、顔を上げる。
キリッとした整った顔立ちと柔らかな物腰の中に、どこか人を惹きつける艶がある。
「この“好き”の解釈、恋愛だけじゃないっていうのが。
“香り=背中を押す存在”って視点、とても共感します」
「ありがとうございます」
日比野が穏やかに微笑んで頭を下げる。
すると柏木は、その仕草にわずかに口元を緩めた。
「日比野さんがこのコンセプトを書かれたんですか?」
「え、あ、はい。チームで詰めたんですけど、最初の草案は僕が……」
「やっぱり。…僕、人を見る目があるんですよ」
柏木は軽い調子で言いながら、笑顔で日比野を見た。けれどその横顔は、どこか“仕事だけじゃない興味”を孕んでいた。
その様子を、高村は無言で見ていた。
「では、次にビジュアル案の方向性を──」
高村が話を戻し、空気が再び仕事モードに引き締まった。
会議は順調に進み、予定の時間を少し過ぎたところで終了した。
「今日はありがとうございました。とてもいい方向性が見えてきたと思います」
高村がまとめると、柏木は軽く立ち上がりながら笑った。
「こちらこそ、楽しかったです。
それに、日比野さんと一緒に仕事できるの、楽しみです」
その言葉に、日比野は少し驚いて瞬きをする。
「…あ、はい。よろしくお願いします」
日比野が微笑んで頭を下げる。
高村は、その二人の姿を資料を片付けながら見つめていた。
⸻
「……柏木さん、ずいぶん話しかけてきたね」
エレベーターを待ちながら高村が言う。
「え、ああ……そう?」
日比野は曖昧に笑う。
「人懐っこいタイプなんじゃない? クリエイティブの人って気難しい感じの人も多いけどさ、仕事やりやすそうだしありがたい」
高村は返事をせず、エレベーターの表示をじっと見つめていた。
けれど胸の奥が、わずかにざわついている。
仕事の話しかしていなかったのに、柏木の視線と笑い方が妙に引っかかった。
エレベーターが開くと同時に、二人は中に乗り込んだ。
狭い空間の中、沈黙。
「………もしかして、柏木さんみたいなタイプ、苦手?」
日比野が高村の顔を少し見上げて聞く。
高村は片方の眉を少し上げて、日比野をチラリと見た。
「……何もわかってないな、本当に…」
はあ、とため息をつかれて、日比野はムッとする。
「…え?なに、その言い方」
「仕事はあんなにできるのにね。…鈍感というか…お子ちゃま?」
「はぁ?なんだよ!お前、子ども扱いとか!
ふーんだ!」
エレベーターがフロアについて扉が開く。
ぷいっと顔を背けて、ふんふん歩いて出て行く日比野の後ろ姿に、高村は思わず口元を手で押さえた。
(…ふーんだって…それは子ども扱いされてもしょうがないんじゃ…?)
さっきまで会議で説明をしていた人物とはまるで違う可愛らしさに、高村はしばらく下を向いて笑いを堪えていた。
デスクに戻るのに少し時間がかかってしまった。
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