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第44話 甘い時間、君のとなり
土曜の昼、久しぶりに外でランチを終えた帰り道。
部屋へ向かう途中で、ふと高村が立ち止まった。
「あ、ここ寄ろう」
そう言って指さしたのは、可愛らしいケーキ屋だった。
扉を開けると、ふわりと甘い香りが広がる。
「最近ここに移転してきたんだって。人気らしいよ。日比野はお店知ってた?」
「あ、名前だけは聞いたことあるけど、食べたことはないな」
ショーケースに並ぶケーキを覗き込みながら、日比野の目が輝く。
その横顔を見て、高村は思わず目を細めた。
「好きなだけ買っていいよ」
「いやそれは流石に…食べきれないし我慢するけど…」
「じゃあ俺の分も日比野選んで。そしたら2つ分味わえるでしょ?」
「高村は好みないの?」
「なんでも大丈夫だよ。半分は日比野にあげる」
軽く笑って言うその一言に、日比野の頬がほんのり赤く染まる。
結局、フルーツたっぷりの季節のタルトと、チョコレートケーキのオペラを買ってお店を出た。
⸻
部屋に戻ると、ケーキの箱を抱えた日比野が嬉しそうに言う。
「…俺のも半分あげるから、高村も2つ一緒に食べてよ?」
「…俺は日比野が食べてるところ見てるだけでも満足だけどね」
「なんだよそれ。…あ、自分だけ太らないようにする気か!」
「そんなことは無いけど。…この前怒ってたから機嫌直してもらおうと思って」
高村がニヤリと笑って日比野を見た。
「…怒ってた…?あ、あれか」
会社で子ども扱いされて怒った時のことを思い出して眉を寄せる。
「……ていうか、機嫌直すのにケーキって、それこそ子ども扱いじゃない?」
ジロリと横目で睨むと、
高村は笑いながら日比野の手にあったケーキの箱をひょいと持ち上げた。
「…じゃあ、このケーキは無しということで…」
「待ーーーって!食べる!絶対食べる!」
日比野が慌てて高村に抱きついてきたので、高村は笑って少し低い声で尋ねた。
「…食べる?」
「食べる!」
「じゃあ、あーんして食べさせてもいい?」
高村の甘い提案に、日比野は顔を赤くした。
「…自分で食べられる…」
「だって甘やかしたいから」
「もう…ずるいぞ…」
ぶう、と頬を膨らませた日比野の頬を指でつんとして、高村は笑った。
「あは、可愛い。…じゃあ、コーヒー入れるから少し待ってて」
ソファに腰を下ろして一息つく。
キッチンでコーヒーを淹れる高村を見て、日比野はふと考える。
いつ見ても整った顔立ちで背も高いしスタイルも良い。
余裕があるというか落ち着いた雰囲気だし、やさしいし、さっきみたいなお茶目なところもあるし…中身も良い。
なんで俺なんか好きになっちゃってるんだろう…?と不思議でならない。
ケーキ屋の店員さんも高村を照れたように見ていた。
もし高村が甘く微笑んで付き合おうと言ったら、その場でOKする人は結構いるに違いない。
(…俺は…どうしたいのかな…)
高村がカップを持って戻ってくる。
2つのマグカップと湯気の向こうの穏やかな顔を見ながら、まだ中途半端な自分に軽くため息をついた。
「はい、あーん」
フォークを差し出す高村の顔が近い。
日比野は一瞬ためらいながらも、そっと口を開けた。
「……ん。……おいしい!」
甘酸っぱいフルーツと程よい甘みのカスタードクリーム、サクサクのタルト。バランスが良くてとても美味しい。
「良かった。可愛い」
「高村も食べてよ。…あ、じゃあ俺が食べさせようか?」
用意されていたもう一つのフォークを手に取って、オペラを一口分取って高村の前に見せる。
「はい、あーん」
ちょっと照れながら言ってみると、高村も照れたように微笑んで口を開けた。
「……美味しい。あと日比野が可愛い」
「そればっかりだな、お前は!」
「だって食べさせてくれるとは思わなかったから」
高村は嬉しそうに目を細めた。その笑顔があまりにも自然で、優しくて、甘くて。
(………やっぱり、なんか、ずるい)
と、日比野は心の中でつぶやいた。
食べ終わると、甘さに満たされたせいか、日比野はふわぁと欠伸をした。
「…眠そうだね」
「うん……ちょっと、眠くなった……」
「寝ていいよ。膝枕する?抱っこする?」
「……抱っこ…」
高村の胸にすり…と寄って、そのままゆるやかに瞼が落ちていく。
高村は一瞬固まっていたが、すぐにやさしく抱きしめた。
コーヒーの香りと、午後の陽射し。
高村に包まれている安心感が、日比野を静かに眠りへと誘った。
寝息が聞こえてきて高村はふう、と軽くため息をついた。
(…可愛すぎるんだよなぁ…。紳士でいるのも結構大変…)
少しだけ笑って、また日比野をやさしく抱きしめ直した。
どれくらい眠っていたのか。
ぼんやりと目を開けると、まだ高村の胸の中にいた。
まだ起きていることを知らない高村の手が、日比野の髪を撫でる。
やさしい手。高村の指先が髪に触れるたび、胸の奥がじんわり熱くなる。
―“好き”って、こういう時間のことなのかもしれない。
言葉にしなくても、心が静かに満たされていく。
そんな穏やかな午後だった。
夜。
二人でご飯を食べ終え、片付けも終わると、
高村がカーテンと窓を少し開けてベランダに出た。
それを見て日比野も出る。
ベランダから見える夜景が、遠くで瞬いている。
日比野はその光をぼんやりと眺めながら、ぽつりとこぼした。
「……こんな時間が、ずっと続けばいいのになって…」
「…うん」
「思うけど…でも、まだ、どうしたらいいのか分からない…」
「……俺も、ずっと続けばいいなって思ってる」
返ってきた高村の声が、少し低くて柔らかい。
横を見ると、高村の目がゆっくりとこちらを捉えていた。
その視線に、一瞬だけ息が詰まる。
何かを言いかけて、言葉を飲み込む。
高村の手が日比野の頬をそっと撫でる。
「…ゆっくり、急がずいこう。ね?」
「…うん。ありがとう…」
胸の奥に熱が灯る。
それがどんな“熱”なのかーー少しだけわかったような気がした。
沈黙が流れ、時計の針の音が小さく響いた。
「……もう少ししたら寝ようか」
高村が笑って、空気をやわらげる。
「うん」
日比野は頷きながら、夜景に再び目を向けた。
夜風が頬を撫でる。
ーー答えはもうすぐ、近くにある気がする。
ゆっくり探そう。高村の隣ならきっと見つかる。
そんな気持ちを胸の奥にしまい込みながら、
日比野は静かに目を細めた。
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