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第47話 その光を、手放せない

ビジュアルラフ提案の日。 会議室の空気は、集中していてどこか熱を帯びていた。 柏木がタブレットを机に置き、描きかけのビジュアルラフを数枚スライドさせる。 「この色味、悪くないんですけど…感情が伝わりきらない気がして。もう一段階、響かせたいんですよね」 柏木が言うと、日比野は少しだけ息を吸い、画面を覗き込んだ。 「……“光りすぎてない感じ”のほうがいいかもしれません」 柏木が片眉を上げる。 「光りすぎてない?」 「はい。“キラキラしてる主人公”じゃなくて… 進むのが怖いのに、それでも前を向く人の光、というか。 弱さとか臆病さとかも抱えたまま、それでも綺麗に見える…そんな光」 言いながら、日比野自身が少し照れたように視線を落とした。 柏木は一瞬固まって、次にふっと笑った。 「……めちゃくちゃ良いですね」 指で画面を拡大しながら、勢いに乗り始めた声で続ける。 「だからだ。色を強くすると嘘になる。 淡くて、でも滲まない光にすればいい。 弱さごと肯定される光…そういうことですよね?」 「そうです。そういうのが伝わると多分…見た人が勝手に感情を重ねちゃうというか。」 会話が交わされるたび、空気がぐっと動く。 言葉が重なるたび、正解に近づいていく。 「この線、もう少し“揺れてる”感じにしたらいいのかも」 「揺れ、いいと思います。整いすぎると逆に平坦になりますし…」 「やっぱり日比野さん、良いですね。核心ついてきますね、言葉で。」 褒められた日比野は戸惑ったように笑う。 「僕のはただの感覚なので…。柏木さんが形にしてくれてるんです」 「いや、本当に助かります。ありがとう」 ふわっとした温度の良い空気が、二人の間で自然に流れていた。 その横で――高村は、静かに見ていた。 声も表情も変えない。 邪魔したくないから。 でも胸の奥だけが、ひどく落ち着かない。 日比野が誰かと肩を並べて、同じ方向を見て、輝いてる。 その姿が誇らしくもあり、同時に怖くもあった。 自分以外にも 日比野の魅力に気づく人がいる。 その柔らかさや感性に惹かれる人が、きっと世の中にはたくさんいる。 そして―― もし、日比野と同じ歩幅で並べる人間が現れたら。 俺なんかよりも、ずっとふさわしい相手が 現れたら。俺はー 心臓のあたりが、静かにじくりと痛んだ。 「高村、どう思う?」 日比野に声をかけられ、高村は少しハッとしつつ、いつもと変わらない声で返した。 「いいと思う。すごく自然だし、伝わる。」 それだけ。 余計なことは言わない。 言ったら、みっともなくなりそうだった。 そして高村は一秒だけ息を止め、笑って言った。 「……日比野、今日めちゃくちゃ冴えてる。 その視点、すごくよかった。」 一瞬で日比野の表情が明るくなる。 嬉しい。 その顔が大好きだ。 胸があったかくなる。 なのに――同時に苦しくなる。 もしいつか、誰か別の人がその笑顔を守る日が来たら……? 考えたくもない未来が、勝手に頭に浮かぶ。 そんな未来、来させたくない。 でも縛りつけたくもない。 愛しさと不安が、胸の奥で綱引きしていた。 打ち合わせが終わり、片付けが進む中。 柏木が帰り支度をしながら、さらっと言った。 「日比野さん、次のラフ仕上がったらまた意見聞かせてくださいね」 「こちらこそ、ありがとうございます」 その会話に割って入る理由は何もない。 けれど、胸の奥がまたきゅっと締め付けられる。 帰り道、エレベーターの鏡に映った自分の表情は、驚くほどいつも通りだった。 ちゃんと平気な顔ができてしまう。 言わなければ、誰にも気づかれない。 (……ほんと、厄介だな) 好きな気持ちほど、黙って飲み込むしかないなんて。 『ゆっくり考えてほしい、一緒にいられるだけで嬉しい』と日比野に語った口が。 結局、ただそばにいるだけじゃ、足りない。 あなたを手に入れたいと喉の奥まで迫っていて、でも飲み込むしかなくて。 そんな自分が一番厄介で、どうしようもなくて、高村は資料を持つ手に力を込めた。

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