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第53話 同じ明日を待って
柏木の修正案は、そのまま企画として通った。
異を唱える者はおらず、大きな議論もなく、むしろ「これでいこう」という静かな一致だった。
⸻
夜のスタジオは、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
天井の照明は半分ほど落とされ、機材の影が床に長く伸びている。
高村はチェックリストを片手に、カメラ周りを一つずつ確認していた。
レンズ、バッテリー、ケーブル、予備機材。
指差し確認をしながら進めていく動作は、いつもより少しだけ丁寧だ。
⸻問題ない。
頭では分かっている。
それでも、同じ箇所を二度見てしまう。
「……」
チェックを終えた高村は、モニター前の椅子に腰を下ろす。
誰もいない画面に映る、仮のカット。
柏木と日比野から生まれた修正案。
“迷いを抱えながらも前に進む人の光”。
理屈では理解している。
いい案だ。強い。間違いない。
そして、この企画が終わったあとには、日比野からの答えが待っている。
(終わったら、全部終わる、なんてことは……)
考えないようにしても、悪い結末ばかりが先に浮かぶ。
「ごめん」と言われる場面。
目を逸らされる瞬間。
高村は小さく息をはいた。
(まだ何も決まってない)
自分に言い聞かせるように、立ち上がる。
仕事のことだけ。
今は、それだけを考えよう。
⸻
一方、日比野は自宅のダイニングテーブルに、香盤表を広げていた。
撮影当日の流れ。
入り時間。
カット割り。
ペンを持つ手が、自然と止まる。
カフェでの高村の顔が思い浮かんだ。
中途半端なまま向き合いたくなかった。
この仕事の途中で気持ちを決めるのも、なんだか違うと思った。
この企画は、自分の感覚や気持ちがかなり反映されている。
「好き」という言葉の重さも、怖さも、全部詰まっている。
成功させたい。
ちゃんと、形にしたい。
そして――
(終わったら、ちゃんと話そう)
高村と。
日比野は香盤表を閉じ、スマホを手に取る。
画面には、連絡しようと思って結局送らなかったメッセージの下書きが残っている。
少し迷ってから、画面を伏せた。
「……明日だな」
自分に言い聞かせるように呟いて、立ち上がる。
同じ夜の、それぞれの場所で。
二人は同じ明日を待って眠りについた。
⸻
翌朝。
まだ空気の冷たい時間帯。
スタジオ前に、スタッフが集まり始める。
機材車が止まり、扉が開く音。
朝の挨拶が交わされる。
高村は少し早めに現場に入り、周囲を見渡した。
日比野は、少し遅れてエントランスを抜けてくる。
目が合う。
言葉は交わさない。
でも、ほんの一瞬だけ――互いにわずかに息を吸った。
撮影当日が、始まる。
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