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第60話 触れているのに

付き合い始めてから、二人で土日を一緒に過ごすのは、まだ数回だった。 仕事が忙しく、平日はどうしてもすれ違う。 だから休日は自然と、どちらかの部屋に行く流れになる。 今日も何も特別なことは、起きていないはずだった。 昼前に待ち合わせをして外で一緒に昼ご飯を食べて、高村の部屋で映画を一本選んで、途中からは内容も曖昧なまま、なんとなくソファに身を寄せる。 高村の腕は、日比野の背中に回っている。 包むような、慣れた仕草。 映画が終わるころには、日比野はうとうとしていて、 高村の肩に額を預けたまま、ほとんど意識が途切れかけていた。 「……寝てもいいよ」 耳元で低い声がして、日比野の頭を軽く撫でた。 その手つきは優しくて、変わらない。 (……今までと、なにも変わらないんだな……) 日比野は、ぼんやりとそんなことを思う。 嫌なわけじゃない。 むしろ、この空気は好きだ。 付き合う前と同じように、近くて、穏やかで、無理に何かを求められることもない。  ただ。 自分が「好きだ」と言う前のほうが、 肩に寄りかかるだけじゃなくて、 もっと無遠慮にくっついて、 意味もなく触れていた気がする。 今は、触れているのに、 どこか線を引いているみたいで。 高村は変わらず優しい。 抱きしめてくれるし、頭も撫でてくれる。 でも、その先はない。 高村の肩辺りに顔を埋めたまま、日比野は小さく息をはいた。 もう少しだけ。 本当に、もう少しだけ。 触りたいと思うのは、 この距離を、少しだけ越えたいと思うのは——  (俺だけ、なのかな) 高村の腕の中は、相変わらずあたたかい。 安心できる重さで、日比野を包んでいる。 そのぬくもりに身を委ねながら、 日比野は、答えの出ない感覚を胸の奥にしまい込んだ。 急ぐ必要はない。 壊したいわけでもない。 ただ、ほんの少しだけ。 今のままじゃない“先”を、考えてしまっただけだ。 高村の呼吸に合わせるように、目を閉じる。 穏やかな休日は続いていく。 それでも、胸の奥に残った小さな違和感だけが、消えなかった。

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