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第61話 同じ距離、違う夜

夜、寝室の灯りだけが部屋を照らしていた。 高村はベッドの端に腰掛け、考えごとをするように視線を落としている。 その隣に、日比野はわざと肩が触れるほど近づいて座った。 少しだけ間を置いてから、高村の肩に頭を乗せる。 「……」 一瞬、高村の体が強張る。 驚いたように目を見開いてから、ゆっくり息をはいた。 日比野は、その反応に少し照れたように視線を落とし、ぽつりと話し始める。 「……高村は覚えてないと思うけど…前にも、 こうやってした日があってさ……」 「…覚えてるよ」 被せるように返ってきた声は、静かで、迷いがなかった。 「忘れるわけない」 その一言に、日比野の胸が跳ねる。 思わず顔を上げて、高村を見る。 寝室で、キスしそうになったあの夜。 今も、あの時とほとんど変わらない距離にいる。 「あの時……俺」 日比野は少しだけ言葉を探してから、続けた。 「キス、してほしい……って思ってた」 高村は、何も言わない。 「だからさ、その時に、ちゃんと分かったんだ…高村のこと、好きだって」 言い終えると、日比野は照れたように視線を逸らして俯いた。 その頬に、そっと触れる感触。 高村の指先は、少しだけ冷たくて、 日比野は反射的に顔を上げる。 「……なにそれ…」 小さく笑って、高村が言う。 「可愛すぎるでしょ……」 揺れながらも、はっきりと日比野を映す瞳。 触れて温まった指が、ゆっくりと頬をなぞる。 あの時と、同じ距離。 でも、あの時とは違う気持ちで。 二人はゆっくりと顔を近づけて、 そっと唇が重なった。 触れるだけの、やさしいキス。 その柔らかさと温かさに、日比野の胸がきゅっと締めつけられる。 やっともらえた、ぬくもり。 日比野がぼんやりと高村を見つめる。 高村は、これ以上触れてしまいそうな自分を抑えて、日比野から目を逸らした。 「……そんな顔、しないで」 どんな顔なのか分からなくて、日比野が首を傾げると、 高村は少し困ったように笑った。 「……じゃあ、もう寝ようね」 そう言って、優しく頭を撫でる。 あえて、いつもの撫で方で。 それ以上は、踏み込まないと決めるみたいに。 少しだけ子ども扱いされたような気もしたけれど、日比野は何も言わずに頷いた。 二人で布団に入り、 指と指を絡めて手を繋ぐ。 キスできたことの満足感を胸に、 日比野は幸せそうに目を閉じて眠りに落ちていった。 日比野の寝息を聞きながら、高村はそっと目を閉じた。 触れた温もりが、まだ指先に残ったままで。

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