67 / 77
第62話 幸せの隙間
キスをして、手を繋いで眠った夜。
それ以上のことはなかったけれど、
それでも確かに、日比野は幸せだった。
高村の体温。
指を絡めたまま眠りに落ちる感覚。
恋人になった実感。
――それなのに。
あれから1ヶ月。
二人で過ごす休日のキスは、触れるだけのキスのままだった。
それはもちろん嬉しいし確かに幸せなのだけれど、胸の奥に引っかかるものがあることは隠せなくなってきた。
その先を、ほんの少しだけ期待している自分がいることを、否定できない。
(……俺、欲張りなのかな)
付き合う前。
まだ気持ちを確かめ合う前のほうが、
もっと距離が近かった気さえする。
くっついて、
何も考えずに触れて、
それでもどこか余裕のある高村がいた。
今は――
触れられるたびに、どこか慎重で、
線を引くみたいに、そこで止まる。
高村の腕に包まれるたび、自然と安心に包まれる。
唇が触れれば、それだけで胸が温かくなる。
だけど。
「……それ以上は、ダメ、なのかな…」
そう言われたわけでもないのに、
いつも自然と、そこで終わる。
(俺だけが……先に進みたいって思ってるのかな)
考えれば考えるほど、
胸の奥がじわじわと落ち着かなくなる。
高村は、優しい。
日比野が嫌なことは、絶対にしない。
だからこそ、
この距離感は、高村なりの“配慮”なのかもしれない。
(……それでも)
恋人になったんだ。
好きだって、ちゃんと伝え合った。
もっと触れたいって思うのは、
おかしなことじゃないはず。
次の休日。
いつも通り、テレビを見ながらソファに座る。
日比野は、高村の胸に背中を預ける。
後ろから回される腕は、相変わらず優しい。
でも。
その腕が、それ以上動かないことに、
日比野は気づいてしまった。
(……やっぱり)
胸の奥が、きゅっと鳴る。
嫌じゃない。
不満を言いたいわけでもない。
ただ、
このまま何も言わずにいたら、
自分の中のこの気持ちが、
少しずつ、形を変えてしまいそうな気がした。
(……ちゃんと、話したほうがいいのかな)
そう思いながらも、高村の腕の中で、
日比野は何も言えずに目を閉じる。
話すことで何かが変わることも少し怖くて。
臆病な自分に辟易して少しだけ息をはく。
幸せなのに。
満たされているはずなのに。
その隙間に生まれた、
小さなモヤモヤを抱えたまま。
ともだちにシェアしよう!

