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第63話 話す前の沈黙
付き合ってから、しばらく経った。
穏やかで、静かで、
忙しい仕事の合間にやっと取れる休日。
今日は久しぶりの日比野の部屋で相変わらず一緒に過ごしている。
それなのに。
(……あれ?)
高村は、ふとした瞬間に引っかかりを覚えた。
並んで座っている時。
日比野はいつも通り胸に寄りかかってくる。
でも、以前より少しだけ――
身体が、前に傾いている。
背中を預けきらず、
どこか、待つような姿勢。
(……気のせいか?)
高村は腕を回す。
日比野の肩に触れる。
その瞬間、
日比野がほんのわずかに、息を詰めた気がした。
――期待して、がっかりしたみたいな。
そんな風に見えたのは、
自意識過剰だろうか。
(いや……)
最近、こういう瞬間が増えた気がする。
キスをしたあと、
すぐに目を逸らすこと。
手を繋いでいても、
指先に、少し力がこもること。
離れるとき、
一瞬だけ、何か言いたそうにすること。
何も言わない。責めない。
それなのに、
「満たされていない」空気だけが、
確かにそこにある。
高村は、それに気づいてしまった。
(…ちゃんと、話し合わないとダメだ)
もう、あの時みたいに
勝手な思い込みで距離を取ることはしたくなかった。
ちゃんと話さないといけない。
日比野と、向き合わないといけない。
同性と付き合うということ。
その現実。
触れたら、欲が出ること。
欲が出たら、止められなくなるかもしれないこと。
そして何より――
日比野に、怖がられたくない。
(……でも)
その結果、
今度は日比野を不安にさせているのかもしれない。
ソファの上。
映画のエンドロールが流れている。
日比野はまだ、高村の腕の中にいる。
でも、どこか落ち着かない。
高村は、意を決したように、
日比野の頭に頬を寄せる。
ほんの少しだけ、距離を詰める。
日比野の肩が、ぴくりと揺れた。
高村の胸が、きゅっと痛む。
「……日比野」
名前を呼ぶと、
少し遅れて、返事が返ってくる。
「なに?」
いつもと同じ声。
でも、微妙に緊張している。
言葉を選びながら、
高村は続ける。
「…ちゃんと、話、しようか」
日比野の身体が、はっきりと固まった。
(……やっぱり)
高村は、ぎゅっと目を閉じる。
この先を言うのは、怖い。
でも、ここで黙ったら、
もっと大事なものを失う気がした。
日比野がゆっくりと息を吸う気配だけが、
確かに伝わってきた。
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