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コンビニの灯りと傘の下で6
「日本のコンビニってなんでもあるよね。プリンもあるし、団子もおでんも傘まで」
「韓国には傘売ってないの?」
「どうだろう。気にしたことない。ないんじゃないかな? あっても、なんだろう、こう急に雨が降っても大丈夫って思える安心感はないと思う」
「そんなものかな」
「でも、今日は明日海が傘を持っていたから買わずにすんだ。ありがとう」
そう言ってイジュンは笑った。その顔を見て、イジュンには笑っている方が似合うなと思った。
「明日海に恋人がいないなんて、ほんとに不思議だ」
日韓のコンビニの話しをしていたのに、急に話題が変わり、俺はびっくりしてまた足を止めてしまう。
「確かに明日海は女の子より綺麗っていうのはわかるし、大学生って思ったより忙しいよね。中には遊んでるのもいるけど、普通はそれどころじゃないと思う。でも、明日海を放っておくのが理解できない」
イジュンは理解できないって言ってくれたけど、それだけ魅力がないんだろうと俺は思ってる。そんな話しをしているとホテルの明かりが見えてきた。
「あ、ホテルここ」
イジュンが指をさす。道路の向こう側に少し古びたビジネスホテル。駅から近い割には静かで落ち着いた立地だった。ここなら静に寝られるだろうし、観光をするにも駅が近いから便利はいいだろう。
「いいホテル見つけたな」
「ああ。うん。外観はちょっと古びてるけど、中はそんなことない。清掃も行き届いてるし、夜寝るだけだから十分だ」
「そっか」
「あのさ。今日はほんとにありがとう」
「こっちこそ。楽しかった」
それは本音だった。居酒屋で食べて飲んで、コンビニで団子とプリン、フルーツサンドを食べて、濡れながら歩いて。なにか特別なことがあったわけじゃない。居酒屋は安さは断トツだったけど、普通のどこにでもある居酒屋で、コンビニもどこにでもあるコンビニで、特に品揃えがいいとかそういうわけじゃなかった。なのになぜか印象に残った。なんでだろう。
「明日、会える?」
ホテルの前でイジュンが訊いてくる。俺は傘をさしたままイジュンを見た。髪が少し雨で濡れていて、顔に張り付いてる。視線は真っ直ぐで、ちょっとだけ不安そうな顔をしている。約束をしていたのに、今日ダメになってしまったから不安にさせてしまったんだろう。だから俺は言った。
「会えるよ。今度は課題もないし、授業が終われば時間はある」
俺がそう言うとイジュンの表情はパッと明るくなった。こんなに表情がくるくると変わる人を俺は初めて見たかもしれない。うん、やっぱりイジュンは笑った顔の方がいい。
「明日授業が終わったら連絡するから」
「うん。俺はアメ横を見てるよ」
「わかった」
「お休み、明日海」
「うん。お休み」
お休みの挨拶をすると、イジュンはさらに笑顔になり、背を向けると駆け込むようにホテルの中に入っていった。その背中を見送り、なんだか立ち去る気にならなくて、しばらくホテルの中のイジュンの背中を見ていた。そして、イジュンは俺に気づくと大きく手を振ってきた。その顔が笑顔のままなのに安心して俺はホテルに背を向けて歩き出した。気づけば雨は止んでいて、俺は傘を畳んだ。空気は少し澄んでいて、足元の水たまりにホテルの明かりが反射して揺れていることに気づいた。さっきイジュンに触れていた肩がまだ温かい気がした。もう隣にイジュンはいないのに。そこに確かにイジュンが隣にいたという証がある。それは何故だろう。気になるけれど、その理由は今は考えてはいけない気がした。そう。考えるのはもう少し先でいい。そんなことを思いながら駅へと急いだ。
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