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コンビニの灯りと傘の下で7
ホテルの中に入ってふと外を見ると、明日海がこちらを見たままなのに気づき、俺は大きく手を振った。そしてしばらくすると、背を向けて歩き出す姿を俺は少しの間見ていた。そして明日海の姿が通りの角を曲がり、見えなくなるまで俺はそこで明日海を見ていた。すっかり見えなくなってからエレベーターに乗り、部屋へと向かう。10階のその部屋はごく普通のビジネスホテルのシングルルームだ。建物は結構古く見えるけれど、部屋の中はそんなこともなく、掃除が行き届いていることもあって綺麗に見える。
着ていたセーターを脱いでみると、片側だけ濡れていない。そちら側は傘の中だったからだ。明日海の肩と触れていた場所。そう思うと胸が熱くなった。服を脱いで熱いシャワーを頭から浴びながら今日のことを考える。昨日、今日の約束はしていたけれど、ほんとにガイドをしてくれるのかと少し不安になって、朝、メッセージを送った。そうしたらその返事は、課題があるから無理だという返事だった。そのとき、ちょっと落ち込んだ、というか、あんなに綺麗な人が俺なんかの相手をしてくれることなんてないんだ、とひねくれて考えてしまった。きっと通りすがりでお腹を空かせていた俺が可哀想になってお店に連れて行ってくれただけなんだ。それでもまた会いたくて、時間が経ってから「また今度」と送った。
明日海のことは一目惚れだった。明日海に言うと怒られそうだから言わないけど、女性だと思ったんだ。日本の女性は小柄な人が多いけれど、韓国女性は平均的に背が高めだ。だから、明日海のことは背の高い日本女性もいるんだなって思ったんだ。それで声をかけたら男の声でびっくりした。でも、男だと気づいたときには遅かった。だって、もう好きになってしまった後だったから。だから、もう一度会いたくて、ガイドをお願いした。イエスの返事を貰ったときはすごく嬉しかった。また会えるって。そうしたら今朝のことで、つい自分のことを卑下してしまった。だから午前中は、部屋の中でごろごろとして過ごした。でも、短い日本旅行。そんなことをしてるのは時間がもったいないと思って、お昼前にやっと部屋を出た。そうしてスカイツリーに行った。スカイツリーで東京の景色を見たあとはまた浅草の町を歩いた。そして人力車に乗った。要所要所で写真を撮って貰って楽しかった。でも明日海がいたらもっと楽しかっただろうな。そう考えてしまったのは内緒だ。
「あっつ」
シャワーを浴びながら考え事をしていたら逆上せてしまった。ああコンビニに行ったなら飲み物でも買ってくるんだった。でも、あのときは明日海と一緒にいられるのが嬉しくてそれどころじゃなかったんだ。仕方なく、部屋に備え付けの冷蔵庫から水を取り出す。明日は帰りに買ってこよう。
水を飲みながら窓の外を見る。そんなに絶景っていうわけではないけれど、それなりの夜景が楽しめる。その夜景を見ながら、思考は明日海のことへと戻っていく。
浅草を歩いて、上野へ戻って来る途中で明日海からメッセージが来たんだ。課題が終わったから会えるって。それがどれだけ嬉しかったか。もう会えないかもしれない。ちょっとそんな風に思ったりもしていたから、会えると連絡をくれたことがほんとに嬉しかったんだ。昼間は課題で会えないって言ったんだ。だから今日はもう会えないと思っていた。なのに明日海はなんとか時間を作ろうとして、学校が終わったあと、必死で課題をやったって言う。それを聞いて、明日海の優しさに触れて、俺はもっと明日海を好きになってしまった。日本はどうか知らないけれど、韓国ではLGBTQに対する差別が強い。なんなら軍隊では違法行為だ。そんな中で育った俺が男を好きになって戸惑わないわけがない。だけど、明日海が綺麗なのは顔だけじゃないんだと思ったときにはもう遅かった。完全に沼にハマってしまっていた。だから居酒屋ではつい飲み過ぎてしまったんだ。明日海とは明日会う約束をしている。今度はきちんとガイドをするよと笑っていた。それは、今日の昼間ガイド出来なかったことを悪いと思っていたからだ。そんなにまっすぐな人を好きにならないはずがない。でも、あと数日もすれば俺は韓国へ帰る。明日海とは離れたくない。どうしようもないことだけどそう考えてしまう。
「なんで韓国人と日本人なんだろう」
仕方ないけど、ちょっと寂しい。
「やめた! もう寝よう。とりあえず明日は会えるんだから。お休み、明日海」
ここにいない明日海にお休みを言って、俺はベッドに潜り込んだ。
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