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プリクラの距離7
「日本では最初からわさびが入ってるんだね」
「うん、そうだけど。え? なにか違う?」
「韓国では、わさびは入ってないんだ。醤油をつけるときにわさびを溶いてつけるんだ。でも、最初からわさび入ってたら、子供やわさびが苦手な人はどうするの? それとも日本ではわさびが苦手な人はいないの?」
「そういう場合はさび抜きを頼んでおくんだ。そうするとわさび抜きで握ってくれる。もしかしてわさび辛かった?」
「ちょっと辛いけど大丈夫」
そう言いながらちょっと辛そうにお茶を飲む姿を見て、思わず笑いがこみ上げた。イジュンは拗ねたように「笑うなよ」と口を尖らせる。その姿が可愛くて、大人びた様子もいいけれど、心を許したようなその姿をずっと見ていたいと思った。
次に出されたのは巻物だった。細巻きの中にたっぷりと詰まったきゅうりが覗く。巻物は韓国でも食べられてるからなじみ深いだろうな。そう思っていると、イジュンは箸でつまみ上げ、一口でかぶりついた。
「お寿司にキンパッて出るんだね」
「キンパッって今のだよね?」
「そう」
「かっぱ巻きとかの細巻きは必ず出るよ」
「そうなんだ。回転寿司だとわざわざ頼まないからな。普通の寿司屋はどうなんだろう。そのうち行ってみようかな」
「行ってみて。韓国のお寿司屋さんが気になる」
「そしたら、明日海が韓国に来たら行ってみよう」
俺は韓国に行くなんて一口も言ってない。確かにちょっと興味出てきたし、就職前に行くのもいいなとは思ってる。でも、なんでもう韓国に行くことになってるんだ? それは、明後日韓国に帰国しても、それで終わりではないっていうことでいいのかな?この旅の終わりが2人の終わりにならないということが、なんだか嬉しかった。
「次はなんだろう」
そう言って次を待っていると、いくらが出てきた。
「イジュンが楽しみにしてたいくらだよ」
「なんだかキラキラしてる。これが鮭の卵か。結構粒大きいんだね」
「まぁ食べてみて」
「うん」
そう言うと、いただきますと一言日本語で言ってから、ぱくりと一口で口の中に入れた。そして次の瞬間、目が丸くなった。その表情が面白くて、俺はつい笑ってしまった。
「口の中が花火会場になった!」
面白い表現に俺は笑ってしまう。ぷちぷち弾けた、とは言うだろうなとは思っていた。でも、花火会場っていうとは思わなかった。
「だって、笑ってるけど、ほんとに口の中で弾けたんだ」
「うん。わかるよ。でも、花火会場って表現するとは思わなかった。で、どう? 初めてのいくら体験は」
「これは癖になるね。次にお寿司を食べるときにも頼んじゃうだろうな。って韓国ではないんだけど」
「いくらがないなんて寿司とは言えないよ」
「明日海はいくら好き?」
「好き! 寿司のときは必ず食べる」
「じゃあ韓国の寿司は物足りないかもしれないね」
「回らない寿司屋にもないの?」
「それは行ったことないからわからないな。明日海が来たら行って答えを見よう」
うん。イジュンの中で俺は韓国に行くことになってる。冬休みにでも行こうかな。ほんとに大学生活最後の休みに。
「じゃあ連れて行ってね」
俺がそう言うと一瞬驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑った。うん。イジュンは笑った顔が一番だと思う。
「明日海。連れてきてくれてありがとう。こんな経験、1人だったら出来なかったし、韓国と日本の違いも知らないままだった。それもこれも、明日海と来れたからだ。明日海と一緒だから特別に思える」
穏やかな笑みと、真剣な響きを含んだ声。イジュンの黒い瞳がまっすぐに俺を見ていた。それに胸がくすぐられるようで言葉に詰まる。それにどう返したらいいのかわからなくて、ただ「良かった」と言うしかなかった。
食事が終わり、湯飲みのお茶を飲みながら、2人で満足気にため息をつく。
「ほんとに美味しかった。次に日本に来ることがあっても、また絶対食べる」
「そのときも案内するよ」
自然に口をついて出た言葉にイジュンが嬉しそうに笑う。その笑顔を見た瞬間、胸の奥が甘く締め付けられる。出会ったばかりなのに、なんでこんなに心が惹かれるんだろう。
隣を歩くイジュンの肩が時折触れ、その度に俺の心臓は小さく跳ねる。胸に芽生えたばかりの思いが確かにそこにあった。
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