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第15話

 翼竜は青銅色の鱗に似た硬い皮膚と、四本の鋭い鉤爪を持つ。獰猛な獣が持つ独特の瞳は金色に光り、その巨軀がさらに凶暴さを思わせた。  つんざくような鳴き声に、緋桐は玩具を見つけた子供のように目をキラキラとさせた。見上げるほどに大きな空を飛ぶ生き物に、竜使いが止めるのも聞かず駆け寄り、その硬い皮膚に触れる。鱗と言うほど硬くない皮膚は、しっかりと生き物の血潮を緋桐に感じさせた。  振り返って満面の笑顔で桂樹を呼ぶ。言葉などなくても、早く乗りたいと全身で物語っていた。  翼竜は普段目にかかる機会が少ない。その獰猛さと見上げるほどの巨軀、つんざくような鳴き声に、あるいは怯えるかもしれないと思っていた桂樹の杞憂は不要のものだった。竜使いと簡単な打ち合わせを済ませ、桂樹は手綱を受け取った。早く早くと緋色の瞳をキラキラさせる緋桐を鞍に押し上げ、自身も腰を落ち着ける。  桂樹の指示で空へと舞い上がった翼竜に、落ちないようにと腰を抱かれた緋桐の声のない笑い声が広がる。  四方をぐるりと見渡し、緋桐はある一点で目を止めた。すっと手を伸ばし、その方向を指差す。  真っ直ぐと東。向かうべき東の森都ヴェルドジェーリュがある方向を緋桐は指差していた。 「あぁ、向こうだ。行こう」  振り仰いだ緋桐の銀糸の髪を整えるように梳き、桂樹は東へと進路を取った。  空の旅は殊の外快適だった。天候に恵まれたこともあり、桂樹が翼竜の扱いに慣れていたこともあり、その彼女と相性が良かったこともある。そして何より、緋桐が上空で怯えることなく、揺れる鞍の上で酔うこともなかったことが旅を楽にさせた。  日が沈む前に適当な場所を探し、天幕を張って夜を過ごす。野宿するのは初めてではないが、緋桐の意識が戻ってからは初めてだ。だが緋桐は不満を浮かべることもなく、それどころか仔猫のように桂樹にまとわりついて手伝いをしたがった。  樹術師は基本一人で『(リュス)』を巡る。それが常で一人であることに疑問も不満も抱かなかった桂樹は、誰かと同道することが楽しいものであると知った。決して口をきくことはなくとも、緋桐の表情は以前が嘘であったようにくるくるとよく変わった。嬉しい時、楽しい時、腹が立つ時、その歪みのない容貌に様々な色を浮かべた。その様変わりを桂樹は胸が温かくなる思いで見つめた。  燦々と降り注ぐ太陽よりも、皓々と静寂に照る月よりも、何よりもその笑顔が美しいと思った。 「緋桐、火を消してくれ」  夜が更けきる前、桂樹は周囲に人避けの細工を施す。樹術師は一人で旅をし、その行程の大半が野宿だ。天幕を整え、いくら快適な空間を保ったとしても、そこで周囲を警戒して就寝しなければならないのでは意味がない。翌日の体調に障りがあってはならないと、樹術師は周囲を人為的に『森』の周辺と同じ状態にすることがある。人はもちろん、危険な生き物を寄せ付けなくするのだ。小さな空間にしか作用しないものだが、天幕を張る分には十分な空間だ。  緋桐は言われた通り火を消し、天幕へと入る桂樹の後を追う。就寝の準備をする桂樹を待ち、当たり前のように桂樹の腕の中に身体を預けた。  するりと、まるで本物の猫のように緋桐は桂樹に身を寄せる。アルベでの一件以来、桂樹の腕の中で眠るのが当たり前になってしまった。ここが一番安全であると、全幅の信頼をもって緋桐が桂樹に身を委ねる。  緋桐の薄っぺらで華奢な身体は妙に腕に収まりよく、その温もりが深い安堵と安眠を桂樹にもたらした。本来ならば抱き合って眠ることに幾らかの不信を覚えるところだが、それに気付くことなく、ゆっくりと意識は夜に溶けていった。

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