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第22話

 少し二人で話をしましょうかと誘われると、緋桐は素直に雛菊について行った。ただ別室に移る間際まで、分離不安の仔犬のように桂樹を振り返っていた。 「どうして連れてきた?」  別室の扉が閉まる瞬間まで見送っていた桂樹は、突然背後から質問を投げかけられびくりと姿勢を正した。  振り返ると、連理が作成した報告書に視線を落としていた。 「質問の意図がよく理解出来ません」  『(リュス)』の内で起こった出来事だ。それを報告したことを問われているのだろうか。緋桐を連れ来たことを問題にされているのだろうか。  桂樹には、連理の質問の意図が見えなかった。  正直な返答に連理は報告書を机に戻し、顔を上げる。 「そうか?」  端正な顔立ちに圧倒的すぎるほど強い紫の瞳で見られると、思わずたじろいでしまう。まるで自分に非があるように思われ、桂樹はぐっと拳を握った。 「緋桐を連れて来たことが問題ですか?」  困惑は声音となって現れた。ぐっと低く固い声が落ちる。相手が『シンクタンク・ユグドラシル』総帥でなければ怯んでしまうほどだった。だが連理は鋭くなった群青の瞳にすら気付かないように、淡々と質問を続ける。 「問題……そうだな。お前、緋桐をどうするつもりだ?」  どん! っと胸を押されたような衝撃に、桂樹はぐっと返答に詰まった。 「……どう、っ……て……」  言い淀む桂樹を、連理の濃い紫の瞳が射抜く。  強い視線は反論を許さないようで、桂樹は押し黙るしかなかった。  『森』の中で起きた出来事を、その当事者を連れて報告に帰る。桂樹の中で当然の任務であり、今更疑問を向けられるまでもないことだ。まして連れて来た人物をどうするか聞かれるなどと。  普段無表情が常の男の珍しく戸惑っている様子に、連理は面白そうに片頬を緩めた。 「いつから思考することをやめたんだ、お前」  口元に笑みを浮かべているのに、総帥の紫の瞳は射るようで、思いの外強い批判の色を語気に含んでいた。 「まぁ、いいだろう。お前の言うことは確かに道理だ」  ぐっと唇を噛み締めた桂樹を見届け満足したのか、連理は一転口調を和らげた。しかし口元に浮かぶ笑みはどこか含みがあり、じわりと桂樹の胸に不安を落とす。 「お前の仕事は採取同様、緋桐を引き渡したここまでで終了だ。ご苦労だったな。戻っていいぞ」  身構えた桂樹に、連理は何事もなかったようにそう言い渡した。  瞬間意味が理解出来なくて、桂樹は口を開くことさえ出来なかった。問い返すことも声を出すことも出来ず、ただ呆然と連理を見つめた。 「え……?」  充分な一拍後、小さく漏れた声に、連理の変化のない声が最終通告を告げた。 「聞こえたな? 任務完了だ。戻っていいぞ。次の行程は追って指示するが、そうだな、せっかく戻ったんだ。数日はのんびり休暇を楽しめ」  上司の言葉を全て理解する前に、桂樹は追い出されるように箱庭を出された。全ての言葉にようやく理解が及んだのは、『シンクタンク・ユグドラシル』本部の門をくぐって外に出てからだった。

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