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全身の痛みに打ち震えながら、視界が霞んでいく。
もう駄目かもしれない…
あと一歩でこの悪魔を祓えるところだったのに…
意識を手放しそうになったその時、聞き覚えのある耳障りな音が鼓膜にこびり付いた。無数の羽虫が乾いた羽を擦り合わせ飛び回るような音だった。
聞き覚えがあるこの音は…なんだ…たしか、アイツの…
頭が回らずに、何も考えられない、苦しい…
ーーーーーーーーーーーー
「っ!?」
意識が突然ハッキリする。
ガバッと体を起こした。
「ぐ…痛ぇ…」
その瞬間に全身へ激痛が走り、目を瞑るが、すぐに再び周りを見渡そうとする。
悪魔祓いはどうなった…?ここはどこだ?宿?
あの悪魔は…?俺は死んだのか…!?
その瞬間、「おはよう、ライラ――。」と、あの悪魔の穏やかな声がした。背後から聞こえた声にギョッとして、振り返る。
「べ、ベルブ…」
美しい白い髪を垂らしながら、首を傾げて微笑む顔がすぐ側にある。その顔に見惚れながらも、状況を察して顔を真っ赤にした。
俺はコイツの膝で寝てたのか!?
「な、なんだ…!?なんでお前が…!」
「倒れてたから、ここまで運んであげた。ついでに、身体も綺麗にしておいたよ…」
ベルブはそう言って、妖艶に微笑む。ハッと自分の体を見れば、バスローブを纏い、悪魔祓いで汚れていたはずの全身が清潔さを取り戻していることに気づく。
コイツ…俺が気を失ってる間に…俺の裸を…!?
「っ…勝手になにしやがる…!悪魔め…」
「汚れたままだと可哀想だと思ったんだ。いいだろう?ライラの裸なんて見慣れたようなものだ。」
「な、なにを言うっ!見慣れたなど…!」
「実際そうだよ、ねぇ。ライラ…」
そう言って、ベルブは俺の体を後ろから抱き締めてきた。やめろ、と言いたいのに…
どうしてこんなに心地いいんだ…?
こんな風に優しく抱き締められるのは初めてかもしれない。後ろから包み込むように抱きしめられて、先程の悪魔祓いからの恐怖が遠のいていくようだった。
「もう少し寝てるといい。俺がそばに居る…」
「お前なんか…そばに居たって…」
「嫌かな?帰ろうか…?」
ベルブにそう言われると、胸がズクリと痛む。
嫌だ、そばにいて欲しい…
「…帰るな。もう少しだけでいいから…」
そう返した俺の声は震えていた。
あぁ、なんで泣きそうになってるんだ、俺は…。
ついさっき死にかけたからか…?感情が乱れてる。
こんな姿を見せて、コイツにまた弱みを握らせるのか?
「ライラ。体の傷も手当しておいた。痛いだろう?悪魔に傷を治す力が無いのは残念だ…」
ベルブの言葉で、左手を見た。ガーゼや包帯が丁寧に、手や腕に巻かれている。
まさか、ベルブが…悪魔がこんなことを…?
俺の傷の手当てをしたっていうのか…?
急に優しいところを見せて、俺を絆 すつもりか…?
「悪魔が手当てだと…?なんの真似だ…」
そんな強がりを言いながら、素直にありがとうと言えなくて、赤く染まった顔に両手を当てて隠した。
「悪魔祓いで傷付いてたからね。見てられなかった」
「…っ、そうだ…あの悪魔…!どうなったんだ…!?」
「交渉して帰ってもらった。安心して、もうあの屋敷に悪魔は居ない。」
「は…!?お前が、帰らせたのか?」
「…まぁ。そんなところ。同胞同士で話をまとめた、不安ならまたあの屋敷を尋ねればいい。悪魔の影も無いよ」
まさか…あの時、ベルブが、本当に助けに来てくれたのか…?
「俺を助けに来たってことか…?」
「そうかもね。」
「エクソシストを助けるなんて…お前は何考えてる…っ」
疑うようにベルブのほうへ僅かに振り返る。
「…俺がどうしようと俺の自由でしょう。」
ベルブはどこか冷たい口調でそう言って、何かを誤魔化すかのように俺の耳に舌を這わせてくる。ビクッ、と体が跳ねて、俺は身を縮めた。
「んっ…!なに…しやがる…。俺を弄び続けるために…仲間を帰らせ、エクソシストの味方をしたのか…?」
「…どうかな。気まぐれだよ。そんなに気に食わないか?悪魔に命を救われたことが…」
「ち、違う…!そういう意味じゃ…。お前は何を企んでる…」
「企みを聞くなんて、まるで悪魔祓いをしてるみたいだね。俺を祓う気になった?」
「馬鹿、そんなんじゃ…」
ベルブの様子がいつもと違う…
妙に俺に突っかかってくる感じだ。
俺が素直にありがとうと言わないからか…?
でも言えるわけが無いだろう…
エクソシストの俺が…悪魔に礼を言うなど…
さらに顔が真っ赤になっていくのがわかる。どうすりゃいい…
素直に嬉しかったなんて言えば喜ぶのか?コイツは…。
嬉しかったに決まってるだろう…
好きな奴が俺のピンチを救ってくれたんだ、惚れ直すに決まってるじゃねぇか…
「…ベルブ」
「どうした?まだ俺に何か不満がある?」
「そっ、そんな言い方するな…。不満があるなんて言ってないだろ…!」
「じゃあなんなのさ。帰れって?」
「違う…!帰るな…!」
茹でダコのように顔を赤くしながら振り返り、必死にベルブの腕を掴んだ。
「あ、ありがとう…。助けてくれて…」
目を見れないまま、か細い声で呟いた。額や胸元に汗が流れる。ドッドッ、と心臓がうるさい。
こんな悪魔が、俺を助けて、傷の手当までしてくれたんだろう…?
いっその事、冷たい態度ばかり取られ続けて、体を弄ばれるだけのお前で居てくれたら良かったのに。
優しいところを見せるなんて狡い。
あぁ…好きだ…
早く…俺のことをもっと…壊して、分からせてくれ…
素直じゃない俺を、どうにかしてくれよ…
「…ライラに感謝されるのは、悪くないね…」
ベルブはそう呟く。顔色を伺うようにチラリと盗みみれば…
「っ…」
なんだよ…
悪魔のくせに、何照れてやがる――…
ベルブの陶器のように白い肌が、たしかに、薄紅に染まっていた。
呼吸が浅くなる…
ハァハァと息を荒くしながら、期待してしまう…
俺のこと、どう思ってるんだ…?
ただの玩具のように扱ってるんじゃなかったのか?
いや、馬鹿な。悪魔が…エクソシストを好きになるとか、有り得ないだろ…。期待するのはやめろ…危な過ぎる…
その時、俺は既に体の痛みさえ忘れていた。体に緩く回されたベルブの腕の中で、身をゆっくりと捩り、半身をベルブの居る背後へ向ける。
ベルブを想いながら慰めてきた身体が熱く疼く。今すぐに欲しい、求められたい…
好きだと自白できないまま、唇を自ら寄せていく…
ちゅ、と、控えめにキスをする。
「…ライラからキスするなんてね。もっとしてくれるかい?」
ベルブはそう言うと、俺の後頭部に手を添える。
「ベルブっ…」
悪魔のことを、熱っぽく見つめてしまう。疼く体を自ら擦り付け、媚びるように、再びキスをした。
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