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第六章:『甘い泡沫』
【第六章:甘い泡沫】
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(ライラside)
モーテルの窓には砂埃がこびり付いていて、鈍い朝日がカーテンの隙間から室内へ差し込んでくる。陽射しを顔に受け始めた時、深い眠りから意識を取り戻した。
「ん…」
まだ眠たい瞳を擦りながら、眩しさに目を細めつつ瞼を開ける。
「おはよう、ライラ」
その声とともに、ベルブの美しい顔が視界いっぱいに広がっていて、俺は思わず声を上げながら顔を赤くした。
「うわぁっ!?」
慌てて口を左手で塞ぎ、ベルブの顔を凝視する。妖艶に微笑むベルブに釘付けになり、息を飲んだ。
「幽霊でも見たような声だ、エクソシストなのにね。」
クス、と笑うベルブが顔を遠ざけた。
「っ…お前が驚かせたんだろうが…!」
そう言って、俺の寝ていた隣で再び体を倒すベルブの方へ、拳をあげながら身体を捩ろうとした。
ズキっ、と腰辺りが悲鳴を上げて、ゔっ…、と低い呻き声が漏れる。
「痛い…腰痛ぇ…っ」
こんな痛み、心あたりは絶対に昨日の夜のせいだ…。そうだベルブと最後までヤッちまったんだ。
昨日の情事を思い出し、顔が一気に赤くなる。
「大丈夫かい?」
ベルブはそう言って、俺の肩に手を置いた。突然のボディタッチにビックリして、ビクッと体が跳ねる。
「チッ…大したことねぇ。こんなの…悪魔祓いに比べたら…」
「ごめんね、ライラがあまりに俺を求めるから、つい激しく…」
「っ…!?何言ってやがる…!激しく求めてきたのはお前だろ、ベルブ…!」
「そうか。じゃあお互い様かもね。」
ベルブは整った顔立ちをこちらに向けて、麗しく艶やかな微笑みを投げかけてくる。
くそう…。朝イチでも整ってんのか、その顔はよ…。綺麗過ぎて見てるとドキドキしてくる…。
「ライラの寝顔、綺麗だった…」
不意にベルブがそんなことを呟くから、俺の顔はさらに熱くなる。
「見るんじゃねぇ…そんなもん…。悪魔に無防備に寝顔晒すなんて…」
「抱き締めてあげたら安心したように直ぐに寝てたのに。寧ろ見せてきたのはライラの方だったよ。」
ベルブは涼しい顔でそう言うと、フッ、と悪戯に笑う。あぁ…!なんでそんな顔も綺麗なんだ…!?
「…黙れ。俺を辱めるな…!」
「どうして?興奮してくる?」
「はぁっ!?どう解釈したらそうなるんだっ」
「そうか、違うんだね」
「違うに決まってらぁ」
本当に調子狂うぜ…。
それにコイツとあんなことしただなんて思い出すと、まともに顔を見ることができない…。
恥ずかしい…。
「ライラ。動けそう?そろそろチェックアウトだよ」
「おい、ナメるなよ。う、動けるに決まってるだろ…。たかが悪魔と寝たくらいで…」
体を起こそうとするけど、腰に走る痛みで力がガクンっと抜けていく。
「〜っ!クソ…ッ。ベルブ…なんとかしろ…。お前のせいだ…」
顔を赤くしながらベルブを睨む。
「そうだね、何とかするよ」
ベルブは困ったようにふにゃりと笑った。ドキッと心臓が跳ねる。
そんな笑い方もするのか…?
あぁ、もう…また…コイツに魅せられて…
好きだ…。心臓がバクバク言ってうるせぇ。
「ライラ…。どうした?」
「な、なんでもねぇ。早く…ここを出なきゃ…」
そう言って、なんとか体を起こそうと努める。
一方ベルブはベッドから優美に立ち上がり、俺に背を向けながら、羽織っていたバスローブをパサリと脱いだ。
朝日を受けながら逆光の中、美しい体が浮かび上がる。長く白い髪がふわりと跳ね、筋肉質でしなやかな身体付きは芸術作品のようだった。
ベルブの様子をチラチラと盗み見してしまいながら、体を横に向け、楽な体勢から慎重に体を起こす。
その時、ベルブの体を霧のような黒い影が一瞬纏ったかと思うと、彼はいつもの黒いワイシャツと細身のパンツスタイルの洋服を身にまとった姿になっていた。
ほう、悪魔ってのは便利だな…
ベルブは少ない俺の荷物をスーツケースに淡々と詰め込むと、なんとかベッドから体を起こした俺に歩み寄る。
「着替えなきゃね。」と、呟き、俺のシャツやスータンを手に持っている。
「自分でできる、着替えくらい…」
羞恥心に駆られながら強がりを呟くが、絶対無理だった…。着替えられる体じゃないと自分でもわかる…!
「俺のせいなんでしょ。甘えてよ、ライラ。」
フッ、と柔らかく微笑み、ベルブが身をかがめながら俺のバスローブを脱がす。恥ずかしさが募るが、それをなるべく悟られないように背筋を伸ばした。
「ほら、頭を通して…?」
シャツを構えながらベルブが微笑むが、まるで子供だ…!
いや、本当は…、優しくされて嬉しい…。とかこんな本音を言えるわけねぇ…!
「上は自分で着れるっ…」
ベルブの手からシャツを掴み、自分で頭と腕を通した。ベルブは少しシュンとした顔をしながら、パンツを手に取って、俺の脚を通していく。
跪いて着替えさせてくれるベルブの姿に見惚れてしまいそうで、目を逸らしながらそれを受け入れる。
「最後だね。」と、ベルブは呟きながら、黒いスータンを広げて、袖を通してくれる。
差し出された手を素直に握り、支えられながら立ち上がると、ベルブは丁寧にそのボタンを一つ一つ留めてくれた。
白いカラーを整えるベルブの手が首筋に触れて、またドキドキしてる。顔が近い…。
「適当でいい…。家に帰るだけだし…」
「駄目でしょう、最強のエクソシストさん。服は整えられているほうが名折れしない」
「っ…お前と寝てる時点で面目立たねぇんだよ…!」
「あぁ、そうだった。」
ベルブは笑いながらそう返し、俺の服を整え終わったのか、体を離した。
「忘れ物は無さそうかな?」
「…大丈夫そうだ」
何だか世話焼きの母ちゃんみたいだな…コイツ…。意外と面倒見がいいんだよな。
そんなことを思いつつ、壁に手をついて歩こうとするが…
「っ…動けん…」
情けなくて、小さく呟く。ベルブはスーツケースを片手に持ちながら、妖しく微笑んだ。
「悪魔のエスコートが必要みたいだね…?」
顔を真っ赤にしながらベルブを見つめる。おい…嫌な予感が…
ベルブが体を広げつつ、俺の背中と膝裏に腕を添える。
「っ…待て…お姫様抱っこは…!」
言い終わる前に、ヒョイ、と足が宙に浮き、俺の体はベルブに力強く支えられながら…
まさにお姫様抱っこされてしまっていた。
あぁ…恥ずかしい…
顔を両手で被った。
「肩から担がれるのは嫌だろう?こっちのほうが痛くないよ」
「名折れだ…!服装の前に…こんな…!」
「顔を隠してれば分からない」
「思いっきりスータン着てるだろ、エクソシストのスータンだ…バレるって…!」
「もう…。困った人間だ。」
ベルブが呆れたようにそう呟くから、指の間からチラリとベルブの表情を伺う。ベルブは再び、ふにゃりと優しく微笑んでいて…
俺は身を縮こまらせながら、うるさい心臓の音と熱くなっていく自分の体を感じていた。
バレちまう…こんなに近い距離で…体が熱くなって…
「…安心してよ。少しだけ姿を見えなくしよう。静かにしてたら分からない。」
ベルブはそう言った後、俺を抱えたまま静かにドアを開けた。モーテルを出て、俺の車の方へ歩き出す。
人は少ないが、チェックアウトを終えた者や、モーテルの管理人が近くを歩いている。
俺の心臓は早鐘を打っていた。何も変わったように思えないが、本当に見えてないのか…!?
でも誰も気づいてないな…
ふと顔を上げると、不敵に微笑んでいるベルブが、タイミングを合わせるように俺の方へ視線を向ける。
バッチリと目が合って、俺はさらに恥ずかしさを感じていた。ベルブにお姫様抱っこされながら外を歩くなんて…!
ドキドキする…。
ベルブの逞しい腕に抱えられて…
落ち着くのに、心臓が高鳴って…
あぁ、もう訳が分からない…
好きだ…
好きってことしか分からん…
そうして、遂に俺の停めていた車の前にくると、ベルブはまた何か魔術でも使ったのか、後部座席のドアがバタン…、と独りでに開く。
ベルブは身をかがめつつ、しっかりと俺を支えながら、この体をそっと後部座席にのせた。
「ここまで来たら大丈夫でしょう?代わりにチェックアウトして、スーツケースも取ってくる。待ってて」
ベルブはそう言うと、ドアを閉めてモーテルの方へ戻って行った。
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