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(ライラside)
「運転、意外と上手いな…」
「まぁね。免許証も出せるよ、求められたらね」
「っ…人を騙す行為を俺の前でするのか…」
「仕方ないだろう。ライラが運転できないんだから」
ふふ、と笑うベルブの声を聞きながら、俺は後部座席に横になっている。ベルブの声は低く響いて、聞いてて心地が良かった。
エクソシストとしては有り得ないことなのに、この悪魔と居ると、自然と素の自分で居られるのだと実感する。
もちろん奴の顔を見るとドキドキするが、弱みも何もかも知られた相手の前だ、自分の何かが解放されて、自由になれるような、どこか穏やかな心地がしていた。
「そろそろ着くかな?この辺だろう?」
「あぁ、そこの角の家だ。」
腰の痛みはだいぶ引いていて、体を起こしつつ窓の外を覗きながら答えた。
「ライラの奥さんもココに?」
妻の話題を出されて、ドキッとする。
「あぁ…いや、別だよ。実家の方に帰ってる…」
「そう。ライラと2人きりになれるんだ?」
ベルブの言葉で、再びドキリとする。先程とは違って、胸が高鳴るような気持ちだった。
「…おい、家にも上がるつもりか…?」
「駄目だった?その体じゃまだ俺が必要でしょう?」
「…そ、そうだな」
もう歩けそうな気がするけど…。そういう事にしておこう…。もう少し…離れたくない。
そうして家に着くと、運転席から降りたベルブが後部座席のドアを開けた。
「捕まって?」
ベルブが右腕を伸ばし、微笑む。長いドライブの末、数時間振りに見たベルブの顔にまた心臓を射抜かれながら、おずおずと腕を握った。
「また抱っこしたほうがいい?」
悪戯に笑うベルブに見惚れながら、首を左右に振る。
「い、いや…いい…!もう歩ける…支えてくれたら…」
「そうか。残念だな。でもライラとのドライブデート、実現できたね。」
「デートなんかじゃねぇ…!」
「楽しかったよ。」
ベルブはそう言って、俺の体を支えながら歩き出す。楽しかっただと…!?
俺も楽しかったが…。
ベルブに捕まりながら歩いているが…
うん、やっぱり…もう既に自分で歩けそうだった。
でも…ベルブの肩に乗せた手で、彼の服をキュッと握る。優しく腰に回されたベルブの腕を感じながら、もう少しこのままで居たいと願っていた。
玄関にたどり着くと、車の鍵とともにキーケースに付けられていた家の鍵を差し込む。
「…散らかってるけど文句言うなよ」
「いいよ、気にしない」
エクソシストとして悪魔を家に入れるなんてどうかしてると思ったし、荒れた生活をしているせいで散らかってるのを見られるのも恥ずかしかった。
でも、まだ一緒に居たいという気持ちの方が、もっと大きかった。
「意外と綺麗じゃないか」
「…そうか…?まぁあんまり家に帰ることが無いからな…。ほとんど使ってない」
「1人で使うには広すぎるね、家族向けの一軒家だ」
「社宅みたいなもんさ。家賃とか払ってねぇし。」
「与えられているのに、出張ばかりであまり使ってないなんて、皮肉だね…」
「…仕方ねぇだろ。俺の案件は特別なんだ、国外に行くこともあるし…」
「俺はライラがどこに居ようと見つけ出して会いに行ける」
ベルブはそう言って、スーツケースを玄関に起きながら不敵に微笑んだ。
「そうかよ…」と、呟き、照れながら目をそらす。
思えば出張が多いせいで、妻とも離れることが多くなり、俺も忙しさに追われて、だんだんと話すこともなくなっていった。家に帰っても落ち着くことができなくて、不満を溜めた妻と喧嘩が増えていったっけ。
エクソシストとして、離婚が許されなかった。聖職を失い、公認のエクソシストとして動くこともできなくなる。
だから、俺が彼女を縛り付けているようなものだ。
妻のことをまだ愛しているのかどうかと聞かれたら…正直どうかわからなかった。
まぁ、そんな話はどうでもいい。ベルブといると、ベルブのことしか見えなくなる。何もかも忘れられた。
それだけで良かった。
「ライラ?考え事?」
「いや、なんでもない…。もう少しベッドで休むよ。お前はどうする?」
「…ここに居ていいなら、ここに居たい」
「駄目だなんて言わないさ…。運転ありがとな…。一緒に…」
「一緒に…?」
「少し…休もう…。そばにいて欲しい…」
ベルブの手を握りながら、正直な気持ちを吐露した。
でも、悪魔のコイツを心から信じられるわけではなくて、騙されていてもいいと思った。エクソシストとして、どうしても悪魔ってだけでコイツを疑ってしまう。
悪魔は狡猾に心の闇に付け入る存在だ…。
それでも、俺を本気で思っていると話してくれたあの時の、ベルブの瞳には、嘘がないように思えた。
きっとどこまでいっても、心から信じ切るのは、俺にはできないのかもしれない。
でも、それ以上に、ベルブの存在を、弱い俺は頼るしかなかった。
「…ライラ、ありがとう。そうだね、一緒に休もう」
そう言ったベルブは嬉しそうに笑った。その笑顔に心をまた奪われていく。頭や心の中がベルブのことでいっぱいいっぱいになって、嫌なことも辛いことも忘れられる…。
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