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2 (ライラside) 「いってぇな…クソ…」 呟きながら血の混じった唾をピッ、と吐き出す。 悪魔の憑いた中年男性を羽交い締めにして取り押さえ、背後に居た神父の方を勢いよく振り返った。 「お前、ラテン語で祈れないのか…!」 さっきからずっと気になってた、悪魔祓いでラテン語を使うのは常識だ。 「ラ、ラテン語は無理です…っ」 「チッ…全く…。この状況でも祈れる祝詞、なんでもいい、早く唱えろ…!」 怯えた神父に叱咤を入れながら、腕を振りほどかれそうなほどに暴れる男性をギッチリと押さえつづける。 恐怖の余り途切れ途切れに祈りを捧げる男、このアダムというこの神父、はつい最近、教会側から公認のエクソシストに認められたらしい。 エクソシストと認められたばかりだとは言えども、ラテン語も勉強してない奴を悪魔祓いに派遣にするなんて、有り得ない。 ところでなぜこのアダムという男がここにいるのかと言うと… 先日枢機卿と司祭に俺が話した、エクソシストたちを鍛錬すべきだ、という話が生きていて、今回この悪魔祓いに新米エクソシストを同行させることとなったのだ。 このような状態でエクソシストとして悪魔に立ち向かえば、たちまち悪魔の餌食になる。そしてまさにこの悪魔はこの神父を狙って、聖職者を貶めようとしていた。悪魔はアダムを挑発するような罵倒を繰り返している。 とりあえず早く祓ってしまおう、時間をかけるほどアダムは足でまといだ。 「さぁ悪魔よ、…苦しくなるぞ…早く名前を言った方がいい…」 暴れ回るせいでまともに語りかけられなかったが、悪魔を取り押さえながら耳元で祈りを唱える。 苦しみ始める悪魔が体をちぢこませて、肢体が痙攣するように伸びていった。 「神の御名のもとに、私に従え…!名前を言うのだ…!」 金切り声を上げながら暴れ回り、赤黒い血を吐き出す。左手で十字架を取り出し、額に押さえつけた。 白目を向きながら咆哮を上げる。その勢いに押されずに、祈りの言葉を紡ぎ続けた。 悪魔の口から出た名前を復唱し、最後の言葉を突きつける。 「地獄へ帰れ…!」 ようやく悪魔が消え失せたのを感じながら、男性の顔を覗き込む。穏やかな寝顔に戻っていた。 「おい、アダム。悪魔は消えた。手伝え、ベッドに運ぶぞ…」 「は、はい…!」 アダムとともに彼をベッドに寝かせると、悪魔祓いで使った道具を回収していく。 「いいか、このような案件のほとんどが精神疾患であることが多い。しかし、今回のように本当に悪魔が憑いているケースもある。見極めるためには、家族やその周りの人間、本人との対話から始めるのを忘れるな。」 「分かりました…。」 そう答えたアダムはまだ震える手で、肩に掛けていたストラを折りたたんでいる。 分かりました、か。相当ビビってたようだが…辞めます、とは言い出さないのか…。 アダムの表情を伺いながら、聖水の入った小瓶をバッグにしまう。 「…続けられそうか?」 アダムを見つめ、尋ねてみる。アダムのブラウンの瞳は、震えながら俺を見つめ返した。 「…続けます。できるかできないかじゃなくて、私は続けたい。」 アダムの眼差しは真っ直ぐで、俺は少し驚いたように目を開く。 「そうか…。腰を抜かしてた割には、根性があるらしい。」 ふっ、と笑いながら呟き、口の中のどの場所から血が出ているのかを確認するように、指を下唇に当てる。 「ライラ神父、これを…」 アダムはポケットから綺麗なハンカチを取り出し、俺に渡してきた。 「あぁ…ありがとう」 それを受け取って唇に当てながら、「どうしてエクソシストに?」と、アダムに尋ねた。 すると彼は乱れていたオールバックの黒髪を手で撫でつけて直しながら、目線を落とす。 「ライラ神父の評判を聞いて、憧れたのです。ただ、カッコイイと思って。私も経験を積んで、貴方のように悪から善良な人を救える良いエクソシストになりたい。」 そんな風に言われて、俺はアダムをハッと見つめ、直ぐに、不敵に微笑んだ。 「そうか…。そのように思う聖職者も居るのだな。経験と知識が物を言う。まずはラテン語を学ぶところからだ、アダム神父。」 そう告げると、カバンを抱え、ドアノブを握る。 「依頼主には無事悪魔が祓われたことを伝えておく。これ、下ろしたばっかりだから、さっき貸してくれたお礼に。またどこかで会おう、アダム神父。」 伝えながら、ポケットから綺麗なハンカチを取り出し、アダムに渡す。アダムは偽りのないような透き通った瞳を俺に向けながら受け取る。その眼差しには、まるで俺への尊敬の念が込められているようだった。 なんともむず痒い感覚になり、その視線から逃れて冷たく背を向ける。 なんだ、小っ恥ずかしいが、悪くない気分だ…。 アダムの視線を背後に感じながら部屋を出た。その足で依頼主に状況を伝え、俺はさっさと帰路に着いた。 今回も依頼主の屋敷が遠方だったため、現場から近場に借りた宿へ向かう。その道中で、ふと物思いに耽る。 俺が誰かの手本になったり、憧れを向けられたりすることもあるのだな…。 アダムはまだまだ未熟だが…彼が立派なエクソシストになれるよう願いたい。 そしてベルブは…アイツはまだ魔界から戻ってこないな…。 あの悪魔に早く会いたい…。 何日も待ってるのに。 いつになったら帰ってくるのやら。 思っていたよりも奴の戻りが遅くて、寂しさが募る。 「はぁ…なにやってんだか、俺は。」 アダムのようなエクソシストから道標と思われているのに、俺は…。 悪魔に身も心も奪われているだなんてな。 悪魔のことを好いていることを、もちろん他人に知られてはいけないし、隠し通さねばならない。 神に仕える者にあるまじき行為ばかりを積み重ねている。でも俺は、多くの禁忌を犯しても、ベルブの手を握っていたかった。

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