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(ライラside)
窓を開けたその途端。
ドンッー!と、何かに突き飛ばされ…
というよりも、見えない突風に体が掬われるような感覚で。
「うっ…!?」
体を守るようにシーツを掴んだままの腕を後ろへ伸ばし背を丸めながら、瞬時に受身を取る。体はそのままベッドまで飛ばされて、マットレスが強く跳ねながら俺を受止めた。
「っ…なんだ…」
幸いベッドに飛ばされたお陰で怪我は無い。
直ぐに前を見ると…
「あら…。良い男。窓を開けてくれてありがとう」
艶を帯びた女性の声と共に、艶かしい女体が俺の上で四つん這いになっていた。
「っ…なっ…!?」
とりあえず目に飛び込んできたのはその豊満な乳房だった。顔を赤くしながら、思考停止したまま谷間を数秒間凝視し、ハッと我に返る。咄嗟に胸元から顔へと視線を上げた。
「こんばんは。男前さん」
妖しい紫の瞳で俺へ色っぽくウインクをして、赤いルージュが輝く腫れぼったい唇が妖艶に微笑んだ。
彼女の背後には小さな悪魔の羽がパタッパタッと風をゆっくりと切りつつ、扇情的にくねらせた腰の辺りからは黒い尻尾がウネウネと揺れているのが見えた。
すぐに警戒心を強める。しかし辺りには甘いフェロモンのような香りが漂い、まるで思考が溶けていくようだった。
「お前…っ…悪魔だな…?」
甘い香りに誘われるように体が熱くなっていくのを感じつつも、冷静さを保とうとする。
「アナタ…この香りに当てられても冷静ね…。イイわ、堕としたくなる…」
悪魔はそう言うと、艶めかしく地を這うようにして俺へさらに体を近づけた。
「っ…やめろ…!離れろ…!お前…俺が誰か分かってんのか…」
「知らないわぁ。欲望の匂いが強かったからココに来たの。欲求不満、って…部屋の外まで漏れ出すくらいに…」
悪魔が耳元でそう囁くから、ゾクリとして、悪魔の肩を押しのける。悪魔の言葉を聞いて、羞恥心で顔が真っ赤になってしまう。
「チッ…!止めろ…。今すぐ祓う…!」
「ちょっとちょっと〜、祓うですって…?まさか…エクソシストかしら…?」
「そうだ…。もしかしてお前の仕業か…?最近様々な地域で、罪のない人々に契約印を残し、精神を崩壊させているのは…!」
教皇庁で司祭から聞いた話を思い出していた。悪魔憑きではなく、悪魔の印が残された事件が多発しているという、あの話だ。
この夢魔が人間の欲望を使って契約を結び、契約者から精気を奪っているのかもしれない…。
悪魔はニヤリ、と妖しく微笑んだ。
「…あらぁ、バレちゃったわね。まぁ、隠す気も無いけど。悪いのは人間よ、欲に塗れてる。私がその欲望を叶えてあげてるだけ…」
悪魔はそう言うと、俺から体を僅かに離しつつも誘うように脚を広げる。腕を胸に寄せ、豊満な胸元を見せつけるようにして腰をくねらせた。
「アタシのような悪魔は、招かれた部屋でないと入れないのよ。だから…アナタが窓を開けてくれたおかげで、飛び込むことができた…。楽しみましょう…?濃密な時間を…」
悪魔はさらにそう続け、妖しく口を開く。真っ赤な舌を出しながら、官能的で悩ましい表情を俺に向けて煽ってくる…。
彼女は眉を上げて高飛車に俺を見つめ、視線を集めるようにしつつ…濡れた舌先はペロッとその下唇を湿らせていた。
クソ、見るつもりもないのに、何故か目が離せない!
この甘い匂いのせいか…?
「っ…恥を知れ、悪魔め。どんな姿を見せられようと、俺のようなエクソシストは誘惑されんぞ…!お前が薄汚い悪魔だと見抜いているからな…」
誘惑を振り払うように吐き捨てるが、甘い香りが一層強くなるのを感じる。頭がボーッとしてくる。息が勝手に上がって…
でも、惑わされてたまるか…!
俺は、枕元に置いてあったロザリオをすぐさま手に取る。悪魔は俺のその動きを見て、挑発的に微笑んだ。
「エクソシストと言っても、タダの男よ。あんなに欲望の匂いをさせていたアナタは、すぐに堕ちる…。アタシの本気で…魅せてあげるわ…」
「…黙れっ。お前など今すぐに祓う…!」
即座に祝詞を唱え始めた、目の前の悪魔は苦しみ始める。
低俗な悪魔め…。俺の正体を知らずに襲うとは。しかしコイツを祓えれば、あの事件も解決できる。
すぐに祓ってくれる…!
しっかり苦しんでいるな、頃合いを見て、名前を聞き出そう。そのまま悪魔祓いを完了させてやる…。
しかしその時、抵抗を見せる悪魔が不敵に笑う。
「う"ぅ…っ、…エクソシスト…。今に見てなさい…っ、アナタの欲望を…アタシが…映し出す…」
悪魔は呻きながらそう言うと、悪魔の体は突如として紫色の煙に包まれていく。まるで宝石を細かく砕いたかのような、キラキラと煌めくような紫色の粒子が広がり、悪魔の姿を掻き消していく。
なんだ…?何をする…?
いや、この悪魔が何をしてこようが、俺には関係ねぇ。
俺は惑わされず、言葉を紡ぎ続けていた。
途端に、紫色の煌めきがふわりと弾けるように消えていった。
「ぐ…っ……やめてくれ…その言葉、苦しい…っ」
そんな声が響いて、俺は目を見開いた。
「は…?」
それは確かに、ベルブの声だった。さらには目の前にはベルブの姿がある。ベルブは辛そうに表情を歪めていて、苦しそうな彼の唸り声が耳に届く。
俺はハッと目を見開き、祈りの言葉を思わず飲み込んでしまった。
するとベルブが顔を上げ、辛そうに汗を流しながらも優しく微笑む。
「…やめてくれるのかい?苦しかったんだ。ありがとう」
そう言って、ベルブが流れるように自然と、俺の上へ覆い被さる。美しく白い髪がふわりと広がり、俺の肌に垂れてきた。妖艶に微笑むベルブが俺の顔を覗き込むのを見て、息を飲む。
相変わらず…綺麗だ…。あぁ…やっと会えた…。
好き…。
ベルブ…。
って、違う違う…!!
コイツはさっきの悪魔だろ…!?
悪魔が俺の欲望を利用して見せている幻覚だ…。
分かってる…分かってるのに…
あの悪魔の甘い匂いのせいなのか…?
ベルブの顔を見ていたら、一人で慰めようとしていた熱がぶり返してくるようだった。
体が熱い…ベルブのことしか考えられなくなる…。
「はぁ…っ…はぁ…」
体の奥底が疼いて、息が浅くなる。
欲しい…ベルブに触れられたい…
そんな想いが溢れてきて、胸が苦しくて切なくなる。
その時突然、ベルブが俺の手を握った。体が強ばる。力強くて大きな手のひらも、ベルブそのものだった。
そのまま、チュ、と手の甲にキスされ、俺の顔は真っ赤になっていく。
「っ…!」
「俺が欲しい…?」
耳元で囁く低い声に、ゾクリと肌が粟立った。ベルブの声だ…。
必死にロザリオを握りしめる。
ベルブが顔を覗き込んできて、彼の赤い瞳から目を離せない…。なんて綺麗な目だ…。
って、俺はまた魅せられてる!違うだろ、コイツはあの悪魔なんだ!
「っ…違う…、お前は違う…っ…アイツじゃねぇ…」
必死にシーツを手繰り寄せ、視界からの情報を遮断するように顔を覆った。
「隠さないで…。俺に見せてよ。」
今度は甘く優しい声が響き、奴の白い手がシーツを強引に引き剥がす。
「っ…!」
思わず顔を背ける。ベルブの手が、俺の内股を撫で上げた。局部が大きく腫れ上がり、身体は期待で震えている。
だめだ、だめだ…!流されるな…!
目を逸らしたまま、再び祈りを唱えようとする。
その時、不意にベランダのガラスが俺たちの姿を反射している様が視界に飛び込んだ――。
俺はその光景を見て、目を見開く。
ガラスに反射する俺の上には、ベルブとあの女性の悪魔の姿が交互に映し出されるかのように見えている…。
そうだ、反射して確かに映ってる、ベルブに化けている悪魔の正体が…。見えて隠れてを繰り返していて、それはまるで幻と現実が滲み合うようだった。女性の悪魔とベルブの姿、それぞれの姿が霞むように映し出されている。
そうだ、コイツは…
「お前はベルブじゃねぇ…っ!」
シーツの中から脚を上げて、ベルブの幻影を思い切り蹴り飛ばした。
「くっ…」
ベルブの姿で悪魔の体が後ろへ飛ばされ、悪魔はベッドの足元で手をつく。そして、ベルブの顔のまま、驚いたような表情を俺に向けた。
「べ、ベルブ…だと…?」
「あぁ。お前はベルブじゃねぇ!」
「待て、エクソシスト…なぜその名前を…」
悪魔はそう言って、ベルブの姿のまま、何かに怯えるような表情で後ずさる。悪魔は自分の体を確かめるように、ベルブの白い腕を見る。さらには慌てたように、壁にかけられた鏡を覗き込んだ。
「はっ…こ、これは…この姿は…」
悪魔が覗き込んだ鏡には、本来の悪魔の姿と、偽りのベルブの姿が交錯するように映っている。
「…どういうことだ、エクソシスト…。なぜベルブ様を知ってる…」
「ベルブ…様…?」
不意に、耳にあの音が鳴り響く。何度も聞いた音だった。
「…そうだ、あのお――ッ…」
悪魔の言葉を遮るように、奴が現れる。
「…ライラ。浮気かな?」
そんな声と共に本物のベルブが、偽物のベルブの口を塞いでいた。
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