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第十章:『欲望と愛情』
【第十一章:欲望と愛情】
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(悪魔side)
ーー翌朝ーー
「っ…また…こんな…屈辱を…!」
顔を赤くしているライラが、俺の腕の中でそう言った。俺の腕に抱えられたライラの体勢は、いつぞやの朝と同じ、お姫様抱っこだ。そうしてライラを車へ運び、後部座席へと優しく横たえる。
「ごめんね、久しぶりだったし、激しくしすぎた。…おや、この状況…デジャブだ、また俺の運転でドライブデートかな。」
笑いながらそう伝えると、ライラは、フンっ、と顔を背ける。
「…デートでもなんでもいい。お前と…居れるなら…。」
ライラはチラッと俺を見た後にそう言って、照れ臭そうに目をそらす。急にライラがそんなこと言うから、不意を突かれた。
ポッと顔が赤くなるのを感じて、すぐさま俯く。
「…もう。ライラはいつも、不意打ちが過ぎる…」
顔を伏せたままそう告げて、優しく車の戸を閉める。運転席へと回って、車のエンジンを掛けた。
あぁ、ビックリした。胸がキュンっと苦しくなった。この人は、いつもツンケンしているくせに、急に甘い台詞を吐く。悪魔の心臓ももたないな。
「おい、お前まで照れたらこっちはさらに恥ずかしくなるってんだ…。」
「ライラのせいだろう。でも…こういうのは…悪くないね。嬉しいよ。」
そんなふうに返して、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
流れる景色を見つめながら、車を走らせ始め、ふと物思いに耽る。
今まで、恋とか、恋愛だとか。そんなものよく分からなかった。俺のような悪魔に、そんなものは必要が無いと思っていた。
ライラを想うと、この心臓は早鐘を打つ。時に締め付けられるように苦しくなることもある。溢れ出すような感情が止まらないことがある。
きっとこの気持ちが、人間のよく口にする愛だとかそういう類いのものなのだろう。
…でも、俺にはこの気持ちとの向き合い方がよく分からない。
好きになった相手を、俺はどうすればいいんだ?
そうだな、この人間を、傷つけてはいけないし、傷つかないように守ってやりたいと思う。
そして相手に何かを望んでしまうのも、好きだという気持ちのせいなのか?
ライラの特別な存在、何にも代えられない何かになりたいと、俺は望んでいる。
この感情が正常なのか…?
これが恋なのか…?
「ライラ。」
バックミラーをチラリと見たが、ライラは後部座席で横になっているせいでその姿は見えない。
「…なんだよ」
返事をするライラの語尾は強いが、その声色は柔らかかった。
「俺たちは恋人か?」
そう尋ねると、寝っ転がりながら器用に煙草を吸っていたらしいライラが、途端にゲホゲホと噎せた。
「…お、お前な…。恋人か、だと…?」
「違うのかい?俺たちはお互いに好いている。これって恋人ってことだよね?」
「っ…そ、そう言われればそうかもしれんが…。普通、告白とかしてから…恋人だって認め合うんだぞ…」
「告白…?どうすればいい?ライラの恋人にしてくれ」
「〜っ!そ、それが告白なんだよ!」
ほう、どうやら告白できたらしい。悪魔なら、自分のモノだと宣言して奪うようなやり方だが、やはり人間とは色々と様式が異なる。
「どう、ライラ。返事は?」
「っ…たく、こんな状況で…そんな告白しやがって…。俺だって…お前のことは好きだ…。恋人にして欲しいって言われて…嬉しい。だがな…」
「うん…?」
「俺は既婚者だぞ…。いやそもそも悪魔のことが好きな時点で駄目なんだが…。あぁ…もう…俺ってマジでクソだな…。」
ズーンと落ち込んだようなライラの雰囲気が伝わってきた。
「…それは、恋人だって認めてくれないってことなの?」
そう伝えた唇が震える。俺はライラの特別にはなれない…?
「…どうしていいのか…俺にも…正直分からねぇ。恋人だって認めちまうのは、筋が通らねぇだろ…。」
「筋?そんなもの要るのか?ライラは俺が好きだ、俺もライラのことが好きだ。俺たちは愛し合ってる」
「…っ、そうなんだけどよ。まぁつまり、それが全てだよ…。恋人とか、そういうのを持ち出されると…」
「…そう」
胸がズキッと痛くなる。でも、好きだって、言ってくれている。
それだけで満足だと思えばいいのか?
ライラとの関係を壊したくない。
そうだ、だから、恋人だとかなんだとか、そういう枠組みに2人を収めようとするのは、ライラを苦しめる。
ライラのことが好きだ。恋人だと認めてもらうかどうかなんて、きっと…大した問題じゃない。
「…俺はライラ以外に手を出さない。恋人だって、認めてもらえなくても。俺は恋人だと思って接する。嫌かな?」
…せめて、恋人らしい、関係を築きたい。
「…嫌なわけねぇだろ。すげぇ嬉しい…」
ライラはそんなふうに小さく呟いた。嬉しいなら、良かった。
認めてしまえばいいのに、俺を恋人だって。でも、それができないのは、ライラの言っていた、柵 というやつか。
俺が細かなことに拘るのは辞めよう…。認めるか認めないかなんて、どうでもいい…。でも本当は、俺がライラにとって何者なのか…特別だと証明されるものを欲している。
我慢…?
この俺が…?我慢だと…?
ライラのためなら、欲望を我慢することさえも、受け入れよう。
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