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(悪魔side)
「ん、んめぇ…」
ライラは俺の向かいの席で、デザートのパンケーキをモグモグと食べている。ライラが俺を連れて食事に行くと言い出したから、俺は嬉しかった。
恋人らしく、居れる気がして…。
「ライラ。甘いもの、食べるんだね。」
「あぁ…?まぁな。甘いモンは結構好きだぜ」
ライラはそう言って、アイスコーヒーに刺さったストローへ唇を当てる。
思い返せば、そうか、ライラのことを、あまり深く知らない。甘い物なんて嫌いな男かと勝手に思ってた。意外と甘党なんだな。
「それにしてもよく食べるね…。」
「良くねぇのは分かってんだけど、仕事やってると食事もすっぽかすことが多くてよ。飯食う時に一気にエネルギー溜めてる感じだな。」
「そう。確かに、悪魔祓いの途中にランチなんて行けないよね」
「そうだな」
困ったようにライラは笑いながら、パンケーキをペロリと平らげる。ライラの私服も、寝る時の格好以外では、あまり見かけたこともなかった。
私服と言ってもライラはシンプルな白いシャツと黒いパンツスタイルだ。首元までキッチリと止められたボタンは、聖職者のそれらしく、見える肌色は最小限。
「…なぁ。見すぎだよ。なんか顔についてるか…?」
ライラは急に顔を赤くして、ナイフとフォークと置くと、目を伏せながら紙ナプキンを口に当てた。言葉遣いは荒いが、こういう所作やマナーは綺麗だ。きっと、育ちも悪くないのだろう。
「可愛くて、つい。ただ眺めたかっただけだよ」
そう言って微笑むと、ライラは更に顔を赤くする。
「っ…やめろ。恥ずかしい奴め…」
ライラが、俺を祓うべき悪魔という扱いをせずに、まるで1人の男として接してくれている。そんなふうに感じられる瞬間に、幸せを感じた。
「ライラ。帰ったら…一緒にお風呂に入りたい。」
「ふ、風呂…だと…?」
「そう。一緒にシャワーを浴びよう。湯船に浸かってもいい。」
「…わ、分かった…。でも…先に、準備しねぇと…」
「準備…?あぁ、準備ね。ヤル気だね、期待してるの?」
「っ、俺をはしたない奴みたいに言うな…。お前が風呂で何もせんわけないだろ…」
「ライラがすぐ欲しがるから…俺だって我慢できなくなるんだよ。準備、手伝うよ。準備のときからイチャイチャしよう」
「ばっかやろう…恥ずかしいからアレを手伝うのは止めろ…」
茹で上がったタコのように顔が真っ赤になってる。可愛いな。
きっと回りから見れば、野郎が二人ではしゃいでいるようにしか見えない。ライラは周りの目を気にする、エクソシストとして、神父として、既婚者として。
でも、ライラは、何も無いように思えるような2人のこの出で立ちが、カモフラージュになるのだろうと思ってるんだろう。
だから、この男は2人で出かけることも厭わない。きっと恋人のような距離感でライラに詰めれば、ライラは、恐らくそれを嫌がる、周りの目を…気にするから…。
「…ベルブ。どうした」
「…いや、なんでもない。また一緒に過ごせると思うと、嬉しいんだよ」
そう言って微笑むと、ライラはまだ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、顔を赤くしている。
その時。不意に、足音がドタドタと近付いてくる。ふとライラの横を見れば、小さな子供が彼の方へ駆け寄ってきていた。
直ぐに俺は警戒した。いや、まだ小さな童。害は無いはずだが…。慎重にその子供の動きを見守った。
「ぁ…!」
その子供はライラの元まで来た時、何か圧を感じた様に俺の方をハッと見つめ、怯えたようにライラの脚を掴みながら、椅子の影に隠れた。
「おい、ベルブ…。そんなに怖い顔しなくても…」
困ったようにライラはそう言って、その子の頭を撫でる。ライラは優しい笑顔をしている…。
そのガキはなんだ…?まさか、ライラの子供…?何を馴れ馴れしく触ってる。
急速に感情が昂って、テーブルの下で握りしめた拳が、ミチッと音を立てる。
嫉妬…?
そうだ、嫉妬だ。
悪魔にとっては、危険な感情だ。
「ライラ神父。お久しぶりです。こんなところでお会い出来るとは。その節はありがとうございました。神父様のお陰で、この子もこんなに元気なりました。」
そんな声がして、我に返ったように顔を上げる。若い夫婦らしき男女がライラの前に立っていた。
「それは良かった。神からの祝福を」
ライラはそう言うと、服の下に隠していたロザリオを取り出し、左手に握る。そして小さなその子の左手を掬い上げるように持つと、手の甲にキスを落とした。
祝福を与える行為だと分かっているが、ライラは次々にその夫婦の手にもキスを落とす。
複雑な心境だった。
しかしながらその子供がライラの子で無かったことには安堵していた。ライラには子供がいなかったはずだ。
「…悪魔祓いで関わった人々かな?」
子供と夫婦が去っていくのを見て、ライラに尋ねる。
「あぁ、数ヶ月前にな。あの子に悪魔が憑ていたんだ。かなり衰弱してて命も危なかったけど、すっかり回復して。今は元気そうだ」
ライラはそう言って、安心したように微笑む。かつての依頼主と接したのもあってか、ライラの表情は少し引き締まって、堅苦しい雰囲気を出し始めていた。
「祝福ね。あんなに優しいキス、俺にはくれないのに」
揶揄うように伝えると、ライラはすぐに顔を赤くする。
「何言ってんだ…。さっきのは神聖な行為だぞ…。それに、キスは…いつもしてるだろうが…」
「そうだっけ…。じゃあ、家に着いたら、してもらってもいいかな?」
「っ…お前は…ホントに…」
恥ずかしそうにしているライラを尻目に、椅子から立ち上がる。髪を片手で掻き上げながら、ライラに微笑んだ。
「約束ね。キスと、お風呂。早く帰ろう」
「〜っ!」
ライラは分かりやすく顔が真っ赤になる。あぁ、期待してくれてる。嬉しそうだ。
すごく分かりやすくて、愛おしい。
「ベルブ…ニヤついてんじゃねぇよ。つーか…お前こそ…。ソレ、置いていけよ…」
ライラはそう言って、テーブルに置かれていた数枚のメモ帳へ目線を向ける。あぁ、この紙の切れ端は――…、
その途端、背後から、話しかけられた。
「あ、あの…お兄さん…。コレ…!」
振り返ると、紙ナプキンを渡そうとする女性がいた。必死に目をつぶりながら、俺に白い紙を突き付ける。白い紙には、名前と電話番号と…愛を綴るようなメッセージが添えられている。
「…ありがとう」
ふっ、と笑いながら、とりあえず受け取った。テーブルの上の、ライラが指摘していた数枚のメモとともに、紙ナプキンを重ねて、片手に持つ。
ライラの方をチラリと見ると、ライラは顔を赤くして前のめりで立っている。
「他の奴に手ぇ出さないんだろ…。んなもん置いていきやがれ…。他人の連絡先なんぞ、俺の前でホイホイ受け取るんじゃねぇよ…」
「断るのは気が引けるだろう。貰うだけだよ、何もしない。こんな所に置いていったら個人情報の漏洩だし…」
「っ…悪魔め…。こういう時はソレっぽい言葉使いやがって…」
「ほら、帰ろう。ライラ」
レストランを出ると、ライラは不機嫌に、俺の少し後ろを歩く。
「ライラ。怒ってる?」
「…別に。」
「ねぇ、見ててよ。」
ライラの方を振り返り、片手に持っていた、あの数枚の紙を掲げる。
「なんだよ…見せつけてんのか…。お前がモテるのは分かってるよ…俺だって…」
ライラはそう言って、なんとも悔しそうに表情を歪める。
「そうだね、見せつけてるよ…。ライラにしか、興味がないってこと」
そう伝えると、不敵に微笑む。手の中の紙切れに、ボッと勢い良く火がついた。それはブワッと燃え上がり、即座に燃え屑となって夜風に溶けていく。
「ベルブ…、燃やしたのか…?」
「うん、必要ないもの。…どうしても人間は俺に吸い寄せられてくる。でも、俺は…ライラのことしか見てないから」
ライラは再び顔を真っ赤にして、口元を左手で覆っている。
あぁ、分かりやすいな。すごく嬉しいって表情だ。
「…ライラ」
呟きながら、手を伸ばす。
「…だ、だめだ…。見られたらどうする…」
「…家までだよ。直ぐそこだ。ダメなの…?」
「家が近いからマズイんだろうが…」
「…なら、見えなくする。手、繋ぎたい」
「…わ、分かった…」
胸の奥がズキリと痛くなる。それなのに、そのすぐ側にライラの愛情を感じ、幸せが痛みさえも痺れさせて、感覚を麻痺させた。
傍に居たいという気持ちが変わらないのなら…それでいいのだと思おうとした。
ライラの手をキュッと握りしめる。
「…」
何も言わずに、ライラは恥ずかしそうに俯いている。だけど、ライラは、同時にしっかりとこの手を握り返してくれた。
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