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第十一章:『パラダイス・ロスト』
【第十一章:パラダイス・ロスト】
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(ライラside)
ーその数日後ー
ベルブは魔界から帰ってきてからというもの、俺の家に住み着くようになった。遂にこうして、エクソシストと悪魔という、なんとも妙な同棲が始まっていた。
俺が仕事に行っている間、ベルブは家の中に居たり、街をうろついたり、自由に過ごしている様子だ。そして、ベルブはあの宣言――他の人間には手を出さない――を守っているようだった。
これに関しては俺も驚いた。悪魔は元来、人間を唆して堕落させ、それを悦びとして生きる存在のはずだ。そのような本能のよりも、ベルブは…俺に夢中らしい…
決して浮かれているわけじゃない。浮かれてるわけじゃねぇけど…。奴は悪魔と思えないほどに一途過ぎて、俺は凄く…嬉しい…恥ずかしくてこんなことはアイツに直接は言えないが…。
ニヤケてしまう顔を引き締めて、背筋を伸ばしながら依頼先へ向かう。
その場所は現在、博物館として使われている歴史の深い建物だった。
こんなところに悪魔憑き…。珍しい…。
館長から話を聞きつつ、悪魔が憑いているという夜間警備員のもとへ向かう。その男性は博物館から出そうとすると大層暴れるのだそうで、館内にある倉庫の一室に簡易ベッドを用意して匿い、周囲の人間たちは最低限の接触で被害を留めているらしい。
憑依初期に男性が暴れるせいで既に怪我人が数名出ており、その訳があって危険だという判断が成され、結果、俺に回されてきた依頼だった。
「…ん?」
館長に案内された倉庫へ入る。男性は確かにベッドに縛りつけられていた。違和感を覚え、首を傾げる。
悪魔が放つ、特有の威圧感が無い…
ゆっくりと、男性に近づいていく…
「…なんだ。まるで悪魔を感じねぇ…」
ボソ、と呟き、静かに眠る男性の額へと、清められたオイルを塗ってみる。
うんともすんとも言わねぇ…
こりゃあ…憑いてないな…
ま、まさか…
「ベルブ…またアイツか…」
ーーーーーーーー
玄関のドアをドンッ!と荒々しく開けて、声を張る。
「おい!ベルブ…!」
「ライラ?早かったね。」
ベルブはそう言いながら、いつも通りの人間の姿でリビングから顔を出した。
「早かったね、じゃねぇよ…。お前なぁ…また勝手に悪魔追い払っただろ…」
「…はて。どの物件のことかな…?」
ベルブは苦笑いをして、顎に手を当てる素振りを見せる。
「どの物件だと…?お前…俺の仕事を奪う気か…?何軒やったんだよ言って見やがれ…」
ベルブの腕を掴みながら睨みつけると、ベルブは困ったように笑う。
「えっと…覚えてない…」
ベルブはそう言って、照れ臭そうに頬を指先で掻いた。
優しく微笑む笑顔が目の前にある…
か、顔が良い…
じゃなくて…!
「ベルブ…危険な悪魔祓いから俺を守ってくれてんのは分かってるよ、危ない相手だからそうしてくれたんだろ…。でもな、お前も危ないかもしれないんだぞ…。危険な所だって判断したなら、二人で行こうって話しただろ…」
そう伝えると、ベルブは申し訳なさそうに俯く。
「…大丈夫。ちゃんと悪魔同士で…交渉してるんだよ」
「…交渉…?嘘つけ…。お前がどれほど高位の悪魔か知らねぇが…あの廃教会のときも、相手を脅してただろ…。あんなことしてるとお前が目をつけられるんじゃないかって…。俺は心配なんだよ。一人で行く前に、俺にも相談しろ…!」
真剣な瞳を向けてベルブに伝えると、ベルブは小さく頷いた。
「分かったよ、そうする…」
反省したようにベルブは呟いた。俺は心から、ベルブを心配していた。
廃教会のときのような、あんなふうに悪魔のベルブが、同胞の悪魔を無理矢理、取り憑いた人間から離すなんて…
ベルブのことが心配になる…
あのような行為がタダで済むはずが無いと俺は危惧していた。
もしも、ベルブに危険が迫るなら、俺だって力になりたい。だからこそ、強力な悪魔を相手にするのなら、ベルブが1人で処理をしてしまうのではなくて、俺もその場に立ち会いたい。足でまといかもしれないけど…俺だってコイツを守りたい。
「…ありがとう、ライラ。気をつける。だから怒らないで。ね?」
「分かりゃいいんだよ…」
ベルブの首に腕を回し、優しく抱き締める。お互いに頼りあえる存在になりたいじゃないか。守られてばっかりだなんて、性に合わない。
「よし。ならこの話は終わりな。…で、飯は?」
「うん、今日も作ってみた。ライラの口に合えばいいけど…」
「楽しみだぜ、ありがとな…」
素直に気持ちを伝えると、カッと顔が赤くなるのを感じた。でもベルブが微笑むから、恥ずかしくても、本心を伝えたいと思える。
俺のプライドや強がりも何もかも、優しく溶かしていくようなこの悪魔のことが、やっぱり好きだと感じた。
「そう言えばライラ、書斎整理した?」
「あぁ…いやまだだ…」
「ゴミ溜めになってるでしょ、早く片付けてほしいな。」
「いいだろ、俺の書斎だ…」
「あんな書斎で仕事が進むはずないよ。書斎も綺麗になって、報告書だって早く仕上げてくれたら、俺との時間が増えるだろう?」
「っ…分かってるよ…。今度やるから…」
ーーーーーーーーー
数日後。俺は報告書の提出のため、教皇庁に来ていた。
「そういえば、教皇選挙 の時期ですね。」
「そうか、もう4年経ったのか…」
報告を終えて教皇庁の廊下を歩いていると、他人の世間話が聞こえてくる。
そうか、選挙か…。
俺たちのこの宗教国家のトップ、教皇は、4年に1回の選挙によって決められる。
「恐らく今年はオセ枢機卿とラグエル枢機卿の一騎打ちだな…」
「オセ枢機卿にすんなり決まりそうじゃないか?」
「どうだろうな…ラグエル枢機卿も侮れん。選挙が長引かなければいいがな…」
そんな声を聞きながら、俺は頭を抱える。ラグエル枢機卿というのは、少し前に報告書の内容につっかかってきた枢機卿だ。
あの枢機卿は悪魔を信じてない…
あんな奴が教皇になれば…世も末かもしれん。
極端だが、エクソシストを廃止するだなんて言い出しかねない。
教皇選挙には、この国に住む全ての聖職者に選挙権があった。俺はオセ枢機卿に投票すべきか…。
そのような事を思いながら廊下を出て、豪華な中庭を抜けていく。出口の門へと向かって早足に歩いていた、そのとき。
「ライラ神父。」と、呼び止められ、俺はすぐさま振り向いた。
「ライラ神父…お会いしたかった…。」
そう言って、初老の男が俺の方へ歩いてくる。朱色の服を見て、彼の役職が分かる…枢機卿だ。
その男は黒々とした短い髪をオールバックにして、ポマードで撫で付けたような艶が髪の上でテカテカと日光を反射する。もみ上げは白髪混じりで、髭はなく、柔和な微笑みを顔に貼り付けていた。
「私はオセ。ライラ神父の評判は伺っておりますよ」
「オセ枢機卿…」
あぁ、さっき話題に上がってた、時期の教皇候補の1人ってことか。
俺は真摯な態度を務めつつも、自分が投票すべきこの枢機卿がどのような人物なのか、探ろうとした。
正直に言って、俺はエクソシストの仕事ばかりであまりココには来ない。そのため、自然と教皇庁で箱詰めの枢機卿らの情報はあまり持ち合わせていなかった。
いい機会だ、投票のための判断材料にさせてもらおうか。
あのラグエル枢機卿のことは、やたらと俺に毎度、報告書の内容を詰めてくるから知っているが…
このオセという枢機卿のことはほとんど知らない。たしか祖父が教皇を務めたことがあり、由緒ある聖職家系の生まれだと聞いている。
「ライラ神父。報告書はいつも拝見していますよ。素晴らしい活躍です。私はエクソシストという仕事は重要だと思っている。悪魔という存在は人々の心を蝕むのです。祝福を…。」
オセ枢機卿はそう言って、目を伏せながら俺の手を取り、顔を近づけて祝福を施した。
…なんだ。ちと、ワザとらしくないか…?
エクソシストたちの票が欲しいのか…?
そんな感想を抱きながら、頭を下げる。
まぁいい…。彼の相手は悪魔を否定する枢機卿だ。どっちにしろ俺には、このオセ枢機卿に投票をするしかないだろうからな。
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