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2階の部屋にライラを連れ込むと、ライラは直ぐに眉間に皺を寄せながら俺を睨みつけた。
「ベルブ…!どういう事だ…?なぜ妻がここに居る…?」
ライラは眼光を鋭くさせて額に汗をかき、俺の胸倉を掴む勢いだった。
「…呼んだんだよ。ライラのために。」
ライラの瞳を見つめ返しながら静かな声色で告げる。ライラはさらに深く皺を寄せ、俺に食らいつくかのように睨み返してきた。
「俺のためだと…?何を考えてるんだ…!まさか、俺とお前のことを、妻に伝えたのか…?」
ライラは息を荒らげ、怒りと焦燥感で肩を震わせる。
帰ってきたら、自分の妻と、自分が体を許した悪魔の男が、仲睦まじげに談笑していたんだ。そんなふうに疑われるのも無理はないだろう。
あぁ、ライラの口から妻という言葉が出るのにさえも嫌悪感を隠せない。しかし俺は、冷静であろうとした。これは救済なのだから。
「何も言ってないよ。ほら、俺はライラの弟子のエクソシストと伝えた。身の回りの世話をしながら教育を受けている、とね」
そう言って、纏っていた自分のスータンを指し示すようにその襟を摘む。
「っ…何を適当なことを…。妻を呼び寄せて何するつもりだ…?随分と仲良さそうに話していたが、まさか、妻にも手を出すつもりか…?」
ライラはそう言って、ついに俺の服の襟をグッと強く掴む。
ライラがそう尋ねた意図は分からなかった。やはり俺が悪魔だから、ライラの妻にまで手を出すような悪魔に見えたのだろうか。
「違う。ライラにしか興味は無い…。俺はライラの妻にまで手を出すような下劣な悪魔に見えるかい…」
ズキリと胸が痛みながら尋ねると、ライラは必死に声を荒らげた。
「…違う!そういう意味じゃない…!お前は…俺だけだろ…?」
ライラはそう言って表情を苦しげに歪ませる。ライラは不仲の妻を突然家に招かれた怒りと焦燥感に駆られつつも、俺への執着を滲ませるように尋ねてきた。
ライラの言葉の意図を理解すると、俺の胸の痛みは和らいでいく。
「…そうだよ 、ライラだけ…」
「じゃあなんで妻を…!」
「…ライラ。あの女と俺、どちらを選ぶ…?今日ここで…はっきりさせようよ」
俺は静かに告げた。
ライラの瞳はみるみるうちに大きく開かれ、その呼吸は追い詰められたかのように浅く速くなる。
「何を言ってるんだ…そんなこと…!」
「選べない…?」
「っ…やめろ、お前と妻を天秤にかけるなんて…俺の仕事にも関わるんだぞ…」
「…俺を失っても?そう言うのか…?」
「ベルブ…やめてくれよ、そんなこと言うな…」
ライラは青ざめながら震え、俺の肩を縋るように握った。
「…ライラ…。離婚すればエクソシストで居られなくなる。そうすれば厄介な悪魔からも狙われなくなる。俺はライラを守れる…。ライラから愛してもらえる…」
そう呟く俺の声は低く掠れ、暗い部屋の中にポツポツと響いていた。
「ベルブ…お願いだ、冷静になってくれよ。そんな事を迫るなんて、俺を苦しめたいのか…?」
ライラの言葉で、俺の胸は再びズキリと痛む。あぁ、もちろん苦しめたいわけじゃない、これはお前のための救済なんだ。その痛みは一瞬だ。
「違うよ…。分からないのかい?ライラを縛り付ける柵とやらを、俺が、取り除いてやるんだよ…」
「だめだだめだ、そんなこと望んでない…エクソシストを続けないと…!」
「ライラ…俺を選べない…?」
「おい、待てよ、そうは言ってないだろ…!お前を選ぶとか選ばないとか、そういう話じゃないじゃなくなってくるんだよ…」
ライラはそう言って、必死に俺の顔を覗き込む。俺は静かに首を横に振った。
「いいや、そういう話だよ…ライラ。俺を選ぶのか?それとも、教皇庁のものでありエクソシストであり、尚且つ、あの女のものであり続けることを選ぶのか?」
「っ…やめてくれ…!お前のことは好きだって言ってるだろ…。俺が悪いのは分かってるよ、でもそれだけじゃ…許してくれないのか…?こんな答えを出したくないが、俺には…捨てられないんだ…何もかも…」
ライラはそう言って、苦しそうに表情を歪ませた。
あぁ、そうか。
それがライラの答えなのか?俺の事を愛しているというのはその程度か?
俺よりも、命を晒してエクソシストであり続け、冷めきった妻との夫婦関係を望み、苦しみながら生きることを選ぶのか?
俺が悪魔だから信じられないのか…?
いや、違う。ライラは身体だけじゃなく、心まで俺を、こんな悪魔の俺を、想ってくれてるはずなんだ。
「お、おい…ベルブ…。落ち着け…」
「…ライラ、愛してる…こんなにも想ってるのに、どうして伝わらない…?お互い同じ気持ちのはずだろう?」
腹の底からグルグルとドス黒い感情が煮え立ってきて、抑えきれなくなる。愛憎や嫉妬や怒り…その全てが複雑に入り乱れ、絡み合い、俺の奥底の本性を暴いていくかのようだった。
悪魔としての欲望や本能が掻き立てられていくかのようで、強く拳を握りしめる。
「っ…お前、また…悪魔の姿に…」
「…あぁ、そうだよ…。これが俺の本性だよ…」
露わになった漆黒の翼を広げながら、ライラの肩を掴み壁に押し付ける。真っ赤な瞳でライラを覗き込み、身体中に忌々しく魔力が滾った。
「っ…やめろ…、その目…っ…何する気だ…」
「…ライラ、俺のものだよね…?」
「うぅ…はぁ…っ…体が……熱い…」
ライラはあっという間にだらしなく口を開けて、涎を垂らしながら恍惚を浮かべる。頬を赤く染めあげて、蒸気して汗をかいた肌がその服を熱っぽく湿らせていた。ガクガクと震え始めた膝は次第に力が抜けて、支えを求めるように俺の方へしがみついてくる。
「ベル…ブ…やだ…っ…やめてくれ…妻が…」
「…あぁ、そうだね。むしろ聞かせてやろう。ライラが毎晩、どんな声で喘いでるか…」
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