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3 その後、点滴が終わった俺はケロリとした表情で医務室から帰った。点滴袋から直接体へ必要な養分を送られて、打たれ強く体が丈夫なお陰だろうか、ベルブを探さなければという想いに駆られ、その効果に応えるように十分な体力を取り戻していた。 そして俺が倒れてから数日後のことである。教皇庁へ報告に行った俺を司祭が追いかけてきて突然呼び止めた。 「ライラ神父。少しよろしいですか…。」 司祭は深刻そうな表情でそう言って、建物の中でも人気の少ない場所へ俺を案内する。 「どうしました?」 俺が尋ねると、司祭は唸るようにしながら言い淀みつつも、モゴモゴと喋り始める。 「ライラ神父。教皇選挙も近いので、早急に対応してもらいたい案件がありましてな…。しかし先日倒れたと聞いて…お願いしていいものか…。」 「あぁ…。ご心配をおかけしてすみません。私はもう平気ですから。」 そう告げた俺は、司祭から悪魔の話が出ることを期待していた。しばらくの間、取るに足りない下級の悪魔ばかりを相手にしていて、あの悪魔に繋がる収穫は全くもって無かった。切羽詰まったような司祭の顔からは、なにか重大な、強力な悪魔に関する依頼が仄めかされているかのように見えた。 「あぁ、ライラ神父。この件は早めに対応できなければ色々と混乱を招くやもしれません。まだ悪魔の仕業だとはハッキリ分かってはいないのですが…」 司祭の言葉で、俺は片方の眉をピクリと釣り上げた。悪魔の仕業かどうかを疑うのに、俺にこのような話を密かに持ちかけてきて、さらには教皇選挙の話も絡めるのか…。面白い。 「…なんでもいいですよ。私にやらせてください。」 そう言って冷静な声色を保ちつつ、司祭の瞳を覗き込んだ。司祭は僅かに躊躇うように視線を泳がせる。恐らく、枢機卿たちからは、このことを俺に伝えるなと言われているのかもしれないな。 「実は…最近、東の街で多くの人々が昏睡状態に陥るという事件が…。」 「あぁ…。そういえば数日前に、新聞で小さな記事になっていたのを見かけた気が…。あれが悪魔の仕業だと?」 そう尋ねると司祭は眉間に皺を寄せて、周囲を確認するように首を左右へ振り、視線を鋭く動かす。そして周りの様子を確認した後、俺と距離を詰めるようにぐっと上半身を傾けてから、さらに小さな音量で話し始めた。 「…口外を禁じていることですが…。公表しているのは被害者の一部に過ぎないのです…。実はもっと、何倍もの被害者が出ております。選挙の混乱を避けるため、数字を偽っているのですよ…」 そんな言葉を聞いて俺は呆れたように笑う。 「そうですか。ココは相変わらずやり口が汚い…。」 「ライラ神父っ…!そう仰いますな…。お気持ちは分かりますがどうか口を慎んでください…。教皇庁や枢機卿らはこの問題を公にしないでしょう…。しかしながら、いつまで隠せるのかは…時間の問題です。警察は動いてますが一向に原因も分からない…。何か怪しいのです。これが悪魔の仕業では無かった、と分かればそれはまた有難いことですが…。確証が得られるよう、秘密裏に動いてただきたい。」 「…分かりました。お受けします。現場を確認してみます、悪魔なら、痕跡があるはずですから。」 「頼もしいですな…。資料はこちらに…」 司祭から密かに封筒を受け取る。 それほど被害が出ている事件が、もしも本当に悪魔の仕業だと言うのなら…。きっと裏には強い悪魔がいるはずだ。 高位の悪魔なら危険だ…しかし、あの悪魔の行方を聞けるかもしれない。あるいは…こんな俺を葬ってくれるかもしれない。ベルブの元へ…。 「…やってやる…。むしろ悪魔の仕業だって願いたいな…」 ボソリと呟き、封筒を握り締める。車に乗り込むと、早速その書類を広げた。昏睡状態に陥った人々が見つかったというその場所へすぐに向かうつもりであり、場所を確認すると車を走らせる。 「あの辺は大きな繁華街だよな…」と、思案を巡らしながら煙草を咥えた。繁華街なら確かに、悪魔が魂を奪ったり契約をするための"ターゲット"を探す場所としてはピッタリかもしれない。 しかし、あまりにも人目に付くはずだ…。どうやって人の目を欺く…? そんなことを思いながら暫く車を走らせると遂に目的地に到着する。 昼過ぎのその繁華街は閑散としていて、昨夜の賑わいの跡を残しているかのようにゴミ屑が散らばっている汚い歩道が続く。 夜になれば華やかに色づくはずの店の看板も、今は明かりを失って鮮やかさも無かった。 「ここか…」 ビルが犇めき合う路地裏を見つめながら呟いた。どうやらこの繁華街の路地裏で意識の無い人達がよく見つかるらしい。 まずは、悪魔がターゲットを探す際に使えそうな場所…例えば、広いバーやクラブだろうか…。 もし自分が悪魔だとしたらどうだろうか…。狭い空間はターゲットを絞りやすいが、人間を誘い出す、あるいは、連れ去るのだとしたら、あまりにも目立つ。だから、広い空間のほうが、外へ連れ出しやすくなる。 思いついたように大きなクラブハウスの前に立ち、その店の裏にある路地裏に入ってみる。建物と建物の間にある狭い路地は、反対側の通りへと抜けられるような作りでありつつ、ビルとビルとが複雑に交差している。ちょっとした迷路のような造りだった。 ここまでどうにかしてターゲットを連れてくることができたのなら…人を襲うこともできるかもしれない。 「ここから調べよう…。」 早速悪魔の痕跡を探すことにした。路地の壁に触れながら、慎重に探索する。当てずっぽうだと言われればそうなのだが、俺は直感も大切にしている。 嫌な感じがする。 そんな曖昧な感覚でしかないが、空気が重いような、澱んでいるような…。 俺はポケットに入れていたケースから、銀の小さな針を取り出した。清めた糸で括ったその針には、マチの部分に繊細な技術で聖句が刻まれている。それを垂らして、針の動きを確かめた。 悪魔の残穢が針の動きに現れ、ユラユラと怪しげに揺れる。 「やはり…悪魔が居た痕跡だな…。悪魔が通って…ここに留まり、魔力を使ったはず…」 人が殺されている訳ではない、昏睡状態に陥っているんだ。たまたまこの繁華街に来た人たちが何人もそんな状態になるだろうか。警察が動いていたとしてもお手上げだろう。 そしてここに悪魔の残り香があるということは…。 これは確実に、悪魔の所業に違いない。 そんな確信を得ながら、取り急ぎ司祭に報告をする。 「ライラ神父…。あとは頼みましたぞ…。」 司祭はあまり驚きもせず、やはりそうだったか、と納得したような声色だった。俺を頼みの綱にするような司祭の言葉を受け止めながら、次の作戦を考え始める。 教皇庁のため?教皇選挙のため? …いや、違う。 俺の目的はそんなことのためではない。 「ベルブ…見つけ出してやる…」 あの悪魔に繋がる情報を得られるのなら…。そんな一縷の望みにかけて、抑えきれない衝動に突き動かされていた。 ーーーーーーーーーーーーー 「賑わってるな…」 日が暮れて夜が深まると、そのナイトクラブの前はアリが砂糖に集るかのように、沢山の人々で賑わい始めていた。 これだけの人じゃ中に入っても…混乱しそうだな。ターゲットを絞った後は犯行現場の路地裏へ連れ出すはずだ、隠れて見張っとくか…。 そんな風に考えて向かいのパブの隅の席、窓際に隠れるように座る。スータンも纏わず、シンプルな白いワイシャツを纏っていた。 パブの席にはアルコールの名前が乗ったメニューが置かれており、今やかつてのように酒に助けを求めて依存している俺は、その誘惑と密かに戦っていた。 「…チッ、終わったら飲むからな…。」 ノンアルコールのドリンクを飲みながら、煙草を咥える。なかなか姿を表さない悪魔に苛立ちながら机を指で叩いていた。 「まだか…なかなか出てこない…。」 それから数時間待っても、クラブハウスの入口には不審な動きがなかった。 ダンスホール自体は地下にある作りで、客向けの入口と出口は1階にあるドアの1箇所だけだ。 従業員が使える裏口も1階にあり、路地裏の方へ設置されていて、常に開けっ放しで解放されている。裏口からはたまに従業員がゴミ捨てのために利用している光景が見えるが、それだけだった。 「…おかしいな」 そう呟き、建物の横にある暗い路地を睨んだ。 他に出口があるのか…?それとも今日は悪魔は来ていないのか。いや、あるいは、このナイトクラブでターゲットを探すだろうと読んだ俺の見当違いだったか。 「…確認しておこう。」 胸の奥に嫌な予感が掠めて、席を立ち上がる。数時間前に人々がその入口へ吸い込まれ、入場待ちの列が消えたクラブへと近づく。 そして、静かに路地裏を覗き込んだ。

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