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第十五章:『契り』

【第十五章:契り】 1 (ライラside) は? どういうことだ? ベルブの父親が…魔界の王…? 待てよ待てよ、情報が追いつかない… 魔界の王…悪魔の王…ええっと、ええぇ〜 「サ、サタンか!?」 聖書の知識が頭のなかで駆け巡り、思いついた言葉がそのまま口から飛び出る。既に家に辿りついた車を乱雑に駐車し、ベルブの横顔を食い入るように見つめながら尋ねた。 すると、ベルブは、肩を竦めながらクスッと笑う。 「まぁ…父はそう呼ばれることもある。あの悪魔にも正式な名前はあるけどね…。」 ベルブの父親がサタンと呼ばれる存在だと…?名前は別にあると言うが…いや待て、俺は…教皇庁にもエクソシスト協会にも何処にも顔向けできないようなことをしてるぞ…!? …いや、そうだ! もう聖職は辞めるから奴らに後から何と言われようが知ったことか…! それより、ベルブはつまり… 「…っ…おい、ならお前は…その跡継ぎなのか…?」 「…あぁ。そうだね…。恥ずかしながら、向こうでは第一王子と呼ばれてるよ…」 ベルブは目を伏せながら、躊躇うようにそう言った。 王子…? ベルブが魔界の王子…? 俺はなんて奴を好きになってんだ…! 「っ…王子…。お前が王子…」 呟きながら、ベルブの王子という肩書きに畏怖の念がゾクゾクと湧き上がる。 いや、冷静になれ…。 悪魔を統べる王の息子で…『魔界の王子』だから何だって言うんだよ…。 この俺はそんな肩書きで簡単に心が動くほど軽い男じゃねぇぞ…! 「…そうだよ、王子、一応ね。でも、その辺の悪魔と変わらないさ」 フッ、と鼻を鳴らし、自分で自分を嘲笑うようにベルブが呟く。 なんだよ、コイツは王子って肩書きを嫌ってるのか…? クッソ…。こういう選ばれた立場にある奴の、ド典型的なタイプじゃねぇか…。お前はどれだけ凄いことをサラリと言ってのけてるのか分かってるのかよ…。 何故か顔が熱くなって、慌ててベルブから視線を逸らそうとする…でも、魔界の王子だという言葉を思い出しながらその顔を見つめると… いつもと変わらない筈の、奴のズバ抜けた圧倒的な美しさと妖艶な微笑みが、さらに神々しく、そして艶やかに、恐怖さえも感じるほど存在感を増してこの目に映る…。 魔界の王子に見初められ、選ばれた自分… コイツ…王子とか呼ばれてるくせにこんな俺なんかを欲しがって…俺にベッタリ執着してんのかよ… あぁ、なんでだ、恥ずかしいのに… 随分と贅沢な堕落を、神は俺に与えたらしい…。顔を赤らめながらも恍惚とした表情を浮かべてしまっていた俺を見て、ベルブは呆れたように溜息をついた。 「…ライラ。あのね、俺は王になる気もないんだよ、親父の跡を継ぐ気も無いんだ。」 「…え…?そうなのか…?」 はぁ?なんでだよ、王になればいいのに… いやいやいや、さすがにマズイか?最強のエクソシストだと呼ばれていた俺が…魔王の側に付いたなんて国や教皇庁に知られたら… 「…なんでちょっとガッカリするのさ。そもそも俺が魔界の王になったら…魔界に縛られて自由にライラと過ごせないかもしれないんだよ。」 「そ、それは困る…」 「そうでしょう…?だから、魔界の俺の立場なんてどうでもいい。弟が跡は継ぐだろうし。ライラは、俺に…今まで通りに接して欲しい…」 「そ、そんなん…無理だろ…」 この野郎… 普通に接しようと思ってんのに、コッチは勝手に王子様フィルターかかってんだよ… 俺は、魔界の王子に今まで好き勝手されてたのか…?アイツの存在や肉体から離れられないほどに依存して、その相手は魔界の王子だったって言うのかよ… エクソシストとして生き続けてきた俺にとっては、とんでもない反逆罪に近い行為かもしれん… なのに、その背徳感のようなものが込み上げてくると… 「…どうしたの、ライラ…。俺の正体を聞いて…怖くなった…?」 「ち、違う…怖くなった…わけじゃ…」 そう返すと、ふぃっと顔を背けて心の声を悟られまいとする。しかしベルブは何か見透かしたように、フッ、と鼻を小さく鳴らして笑った。 「チッ…。なんだよ…」 「……うぅん。俺はね、この事実はライラに拒否される要素かと思ってた。ライラに知られないように伏せてきたことだったんだ…。なのにライラは……」 「っ…なんだよ……」 「俺が魔界の王子だと知って……興奮してるのかな…?」 ベルブはそう言って、俺の頬をゆっくりと撫でながら顔を覗き込んでくる。妖艶な笑みを唇に乗せて、真っ赤に熟れた妖しい果実のような瞳が、俺を見透かしたように射抜く… ニヤリと笑う美しく艶やかな微笑みから目を反らせなくて、ハァハァと息を荒くしながら息を飲んだ。 「…ち、違う……興奮とか、そんなわけ……っ」 赤くて熱くなっているのが自分でも分かるこの顔を俯け、逃げ場を探すように身を捩る。しかしベルブは俺の頬をゆっくりと撫で下ろしながら上半身を近づけ、俺の耳元に唇を寄せた。 「ライラが良い様に受け取ってくれるなら、王子という肩書きも悪くないかも…。ライラ姫…」 「〜っ!」 コイツ、また姫って呼びやがった… いや待て、俺って本当に姫ポジション……? 「王になる気は無いけど……俺はちゃんとまだ王子だよ…」 ベルブはそう言うと、俺の背中を妖しい手つきで撫であげる。ヒクッと背筋が伸びて、途端に芯まで熱くなった身体が小さく震えた。 チュッ…という音とともに、耳元へ優しくベルブの唇が触れる。ゾクリと全身が粟立ち、抱き寄せられるその腕の力に抵抗できなくなる… 「ライラ。暫く離れていた分まで、で、王子の寵愛を受ける準備はできてるかな…?」 熱っぽい吐息と共に、奴の低い声が耳元で響く。 「よ、夜通しっ…?そんなの…っ……」 荒くなった呼吸をハァハァと途切れさせながら、甘く疼くような期待と恐怖が胸の奥で弾ける。 ベルブのシャツを握りしめ、コイツの温もりに身を預けることしかできなかった。

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