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4 (悪魔side) 家に向かうライラの運転に身を預けながら…先程の甘いキスの感覚に思考を奪われていた。 唇に残る感触を確かめるように自分の下唇へ指を添えながら、ふと窓の外の景色を遠くに眺める。 隣でハンドルを握るライラの存在を意識しながら、こうしてまた2人で過ごす日常に戻れることを思うと、自然と頬の筋肉が柔らかく緩む。 ライラと毎日過ごして、と想像しつつ、未だ頬を赤くしているライラの横顔をチラリと見つめた。落ち着かない様子で運転している。家に帰ってからの時間に期待を膨らませて気が気でないのだろう。 しかしふと、2人に訪れる時間は、きっと穏やかな日々ばかりでないのだと察して、これからの2人を憂う。 ライラと離れている間は周りのことを気にしていられなかったが…親父はしつこくライラを狙いそうだ…。神妙な面持ちで思わず溜息を小さくついた。 するとライラは俺の様子に敏感に反応し、「…おい、ベルブ…。どうした?」と、声をかけてくる。 「いいや…なんでもないよ。それより、駐車場は少し遠かったね。結構遠くから歩いてきたんだ?」 と、当たり障りの無い会話を投げかけた。 「あぁ…。繁華街を歩き回りながら、居場所を探そうと思ってたから…」 ライラは横顔で眉を少し上へ上げながら、思い返すように呟いた。 「そうか…。教皇庁の依頼だったの?」と、尋ねると、ライラは小さく頷く。 「まぁな…。もう、どうでもいいから喋っちまうが……。枢機卿から内密の案件として頼まれて……」 「そうだったんだね…」 返事をかえしながら、俺の声色は自然と沈んでいく。胸に突っかえるように引っかかったのは、罪悪感と悔恨の念だった。 この俺が、自分をコントロールできなかったことが恥ずかしい。奪う必要の無い魂たちを、欲望に塗れた獣のように弄び軽く扱ってしまったのだ。 俺は悪魔だ、しかし、俺には善悪の判断が付く。俺は下劣な下級の悪魔とは違うのだと信じてきた。俺は低脳で悪魔的な欲望のままに振る舞う下級悪魔たちとは違うはずなのに…。 ライラを失って暴走したとはいえ、エクソシストだったライラに想いを寄せる身としては…あのような行為を繰り返した俺に、ライラは失望していないだろうか…。 「…なぁ、ベルブ…」 その時、ライラが躊躇いがちに俺を呼ぶ。ハッと我に返り冷静を装いながら、うん?、と首をかしげつつ顔を向けた。 ライラは、真面目な顔をしながらフロントガラスを見つめている。そして、「…俺のせいで…あんなことを…?」と、一言、喉に何かを詰まらせたような苦しげな声で尋ねてきた。 「……違う。違うよ。ライラのせいではない。俺が勝手に…自分を見失っただけで…」 きっかけはライラから離れてしまったことだ。ライラが俺のものにならない、ライラが俺を選ばなかったから…。でも、ライラのせいにしたくなかった。 そう、全て自分が悪いのだ。ライラに対する想いを抑えきれなかった俺が悪い…。 ライラに少し嫌われていないだろうか。不安になって、もう一度チラリとライラを盗み見る。ライラは悲しそうに眉を顰めていた。 「…ベルブ…ごめんな。苦しい思いをさせて、傷つけて…。その…お前が危害を加えた奴らって……どうにか元に戻すことはできねぇのか…?」 ライラはそう尋ねたところで赤信号に反応し、ゆっくりとブレーキを踏んだ。信号待ちの間に俺の顔を見つめ、真っ直ぐにこちらを見ている。 元に戻す、だと…? 考えてもみなかった…。 手段が無いわけではないが…正直に伝えると、ややこしいことに巻き込まれるのは目に見えている。しかし、ライラは、俺が奪ってしまったあの魂たちを元に戻すことを望んでいるのだろうか。 「勘違いするな、ベルブ。お前を責めてるわけじゃないんだぞ?…お前が辛そうな顔をしているから、罪悪感を感じてるなら、それを拭い去る方法があるんじゃないかと思ってるんだ」 ライラはそう言って、優しく微笑む。そして信号が青になり、また横顔をこちらへ向けながら車を発信させた。 ライラの提案は俺のためだったのか。そう察すると、少しだけ、自信を取り戻したような気持ちになった。 そうだな、確かに。俺は悪魔という種族だが、低俗な悪魔とは違い、俺には罪悪感がある。いつの間にか芽生えたこのような人間らしさを持っていることが、強みでもあり、弱みでもあるのだろうと自覚している。 「…ライラはどう思う…?俺に、あの者たちを元に戻して欲しい、と?」 そう尋ねたら、ライラは頷いた。 「まぁ、な…。戻せるものならそうしてほしいよ。」 ライラは困ったように呟く。 そうか…これはライラの、エクソシストとしての、最後の案件だと、ライラは言っていた。ならば、向き合うべきだろうか…。 しばらく考えるように口を固く噤んだ後…躊躇いながら、呟く。 「……ライラに嘘はつかないよ。…正直に言えば……何とかする方法、無いわけじゃない」 そう返した後、あぁ、言ってしまった、と直ぐに後悔が過ぎる。しかし嘘は付けない。これは勝手な想いだが、ライラの最後の仕事であるならば、尚更だった。 全てを捨てようと言ってくれたライラに、何かを応えて返してやりたい、そんな気持ちに駆られ始めていた。 ライラは、「…本当か?」と、前のめりになるように言葉を返した。 静かに頷きながら、ライラになるべく分かりやすいように、と、話し始める。 「あぁ…。悪魔との契約は、基本的には絶対に解除できない、必ず履行されるもの。そしてその契約は、俺たち悪魔の方から放棄するのも無理だ。……でも、今回、俺が彼らと結んだ契約は、俺が魂を一時的に奪い取り、そして、彼らの命が絶えた時、地獄に回収されるという契約。」 「…ほう…?」 「…つまり重要なのは、地獄を介してる契約ということ、だよ。だから、魂を受け入れる側の地獄がこの契約を受け入れなければ…」 「…よく分からんが…つまり、契約者同士の間にある第三者の地獄側が、契約自体を拒否すればいいってことか?」 「…そう、だね…」 少し俯きながら首を縦に振る。 すると、「そんなこと、できんのか…?」と、ライラは訝しむように言葉を返した。 僅かに言葉を詰まらせていると、ライラは再び追って口を開く。 「…前に、地獄と魔界は別だって話してくれたよな?地獄の方に掛け合うってことか?」 「…そうだよ。…実際、それを本気でやろうと思うのなら、ややこしいことにはなる」 「ややこしいこと…?どうすればいいんだよ」 ライラの質問に、やはり躊躇うように言葉を飲み込む。 「なぁ、ベルブ。教えろ。やるかやらないかは手段を聞かねぇと判断できん。危険なら無理にやれとは言わねぇよ。」 「…いや、危険ではない…かもしれないけど…」 「じゃあなんだよ、どうするってんだ?」 狭い車内でライラの圧に押されたように、小さく呟く。 「俺の親父に…お願いすれば…」 「はぁ!?べ、ベルブの父さん…!?」 ライラが素っ頓狂な声を上げるから、俺は気まずくなって顔を背ける。 …俺は、あの親父にお願いをするなんて真っ平御免だ。 だが、ライラが望むなら、ライラのためになるならば、あの親父にこの頭を下げるくらいは… しかし問題は…ライラのことを親父に追求されることだ。元はと言えば…地獄に悪魔を送り続けている厄介な存在、『最強のエクソシスト』ーライラ、を仕留め、地獄に落とす、という親父からの命令を最初に受けたのが俺だ。 それにも関わらず、俺はライラを愛してしまった。そしてライラが地獄に来る気配も無く… 痺れを切らした父親は、次々と高位の悪魔を俺の代わりに人間界へ送り込んでくるようになった。面倒なことに、俺はライラを護るため、親父が送り込んできた高位の悪魔殺しを数え切れないほど繰り返している… さらには、親父の後を継げという話を断り続け、父親の怒りに油を注ぎ続けるような行為を繰り返しているこの俺の願いを……あの親父がすんなり受け入れるとは思えん…。 もう1度深い溜息をついた時、ライラは深く考えるように顎に片手を当て、唸るように呟き始めた。 「ベルブの父さん…。いや、お前が高位の悪魔なのは察しがついてるが…。そもそも地獄って魔界とどう違う?地獄を総括するような立場がお前の父なのか?それは魔界じゃ普通のことなのか…?」 ライラのその言葉を聞いて、俺は小さく自嘲を漏らす。 いつか伝えようと思っていたことだ。 「…地獄は堕落した人間や処された悪魔を閉じ込める場所だ。悪魔たちが最も恐れる場所…。そして俺の父親は、……地獄の最高責任者」 「さ、最高責任者…?」 「…そう。つまりね……」 俺は一息呼吸を入れると、隣でライラが小さく息を飲むのが分かる。事実を打ち明ける一抹の不安を滲ませながら、ライラに静かに告げた。 「俺の父親は……魔界の王、ってことだよ」

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