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3 (ライラside) 俺は地面に倒れていた例の男を唸りながら背中に担ぎ、路地裏からえっちらほっちらと運び出す。 「…ライラ、俺が背負うのに…」 ベルブはすっかり人間の姿に戻っていて、申し訳なさそうに眉尻を下げて呟いた。 「いいんだよ。エクソシストとしての最後の仕事だ…」 ゼェゼェと息を上げながら呟き、ベルブの方をチラリと見る。 「最後の仕事…。」 ベルブは俺の言葉を復唱し、その重みを反芻するかのように目を伏せる。しかしそれでもベルブは右手を伸ばし、俺の方からその男を受け取ろうとした。 俺はそれを拒否するように半身ほど下がり、ベルブの手の行方を自分の体で塞ぐ。 「ダメだ…。俺がやる…」 「ライラ…。俺なら簡単に運べる…」 「嫌だ…」 俺は聞き分けなくそう伝え切って、背負った男の革靴のつま先をタイルに引き摺るようにしてしまいながら、路地裏の先を目指す。 「ねぇ?息上がってる。辛そうだから代わりたい…」 「しつこいな…。鍛えてるんだ、平気だ…。それに…」 俺は顔を背けながら目を逸らす。 「…うん?」 「俺以外に触れてほしくない…」 ポツリと呟くと、ボッと顔に熱が集まるのを感じた。 そうだ、コイツが他人に触れるのが気に食わない。抱えるだと?俺にしたようにお姫様抱っこなんてしやがったら… 「…そんな理由もあったの?ライラ、こっち向いて?」 そんな声がして、俺は赤面した顔をゆっくりと上げる。 ベルブは優しく笑っていた。 その笑顔でドキリと心臓が跳ねて息を飲む。あぁ…綺麗な顔だ。 「車でここへ?車に戻ったら、キス、しようね」 「っ…」 さらに顔が赤くなるのがわかる。背中に担いだ男を落としそうになった。 嬉しい… ベルブからのキス、早く欲しい…。 さっきまであんなに俺は泣き崩れて、ベルブは悪い悪魔とやらになっていたのに、いつの間にか当たり前のように会話している。戸惑いを感じつつもベルブの甘い雰囲気に絆されて、離れたくない。 「わ、わかった…」 ふぃっと顔を直ぐに逸らして、再び踏ん張って男を運び始める。 それにしてもコイツはどうしてわざわざ来んな大男を選んだんだ…。俺くらいの身長があって、なんだかゴツゴツしてて筋肉量も無駄にあるし、ズッシリと重い…。 うんうんと唸りながら路地裏を抜けると、ナイトクラブの横の道路に慎重に寝かせた。 「はぁ…重い…。腰痛ぇ…」 汗を流しながらボソリと呟くと、不意にポン、と肩に手を置かれる。心臓の音が途端にドキッと乱れて、振り返ってベルブを見つめる。 「ありがとう、ライラ。」 「あ…あぁ…。コイツ…大丈夫なのか?」 「気を失ってるだけ。すぐに目を覚ますよ。大丈夫」 ベルブがそう言うから、俺は納得したように頷いた。そんな会話を続けてるうちに、男が呻くような声を漏らし首を傾け始めた。 ほう、たしかに。まさに目を覚ましたらしい。 コイツがまたベルブに反応したら面倒だ…。こっちは早く2人きりになりたいって言うのに。 慌てて男の体を建物の壁に横たえながら座らせた。 「目を覚ましたらしいし、早く行こう…」 そう言って腰を上げると左手でベルブの右手をしっかりと握る。しかしベルブは「ライラ…、いいの…?」と、呟き、躊躇うように動かない。 …そうか。 ふと、以前までの俺を思い出す。 人前ではベルブと手を繋いだり、必要以上に近付くこと避けてしまっていた。教皇庁の奴らに見られたらどうしようとか、俺の顔を知ってるやつに見られたら、だとか…。聖職と妻に縛られた俺は、こうしてベルブを無意識に傷つけてきたんだ。 でも、今の俺には、もう、周りの目なんてどうでも良かった。 「…余計な心配するな。もう…俺はお前のものなんだから…」 そう言うと、ベルブはその瞳を驚いたように開いた後、いつかの記憶のように、その白い頬に薄い紅色をふわりと滲ませた。 「…ライラ。嬉しい…」 ベルブはそう言ってふにゃりと優しく笑う。美しい悪魔の顔は柔らかく破顔して、甘ったるい、まるで恋人のような表情になっていた。 その微笑みで、俺の胸はどうしようもなく高鳴る。 心臓の音がベルブに聞こえてしまいそうなほど大きくなって、恥ずかしくて目を伏せた。 夜の街を出歩く人々の群れをすり抜けながら、ベルブの冷たい手のひらを強く握りしめていた。 …もう離さない、と。そんな想いを込めながら。 車を停めている駐車場の方へ向かいながら、ベルブからの久しぶりのキスを期待して胸が熱く疼く。 「ねぇ、そんなに急がなくても…。俺からのキスは逃げないよ」 ベルブはクスリと笑い、片方の眉を吊り上げて悪戯に妖しく微笑む。全て見透かしたかのような赤い瞳が俺を見つめてくるから、ドキリと心臓が跳ねて、真っ赤になった顔を慌てて背けた。 「うるせぇ…早くキスしたいんだよ…」 ベルブとは反対の方へ顔を背けたまま小さく呟く。 するとベルブは繋いでいた手をグッと強く引っ張り、不意にその唇を俺の耳元に寄せた。 「…そう。じゃあ、期待してて…。ライラの腰が砕けそうになるくらいの…甘くて熱いキスをあげるから…」 そんな台詞を、耳元に吐息を吹きかけられながら低い声で囁かれる。 「っ…はぁ……やめろ…もう、それだけで…」 媚びるような熱っぽい視線をベルブに向けてしまう。離れている間に乾ききってしまったこの身体に、ジュッと勢いよく燃え上がる油を注がれたかのようだった。 「…ライラ、おいで…」 そう言ってベルブが俺の腰を引き寄せる。密着する体が火照って、はぁはぁと息が荒くなってしまう。 「…ねぇ。やっぱり見えなくしていい?」 「っ…なんでだ、俺は手を繋がれてても平気だ、この近い距離も、別に誰に見られてもいい…」 「……俺が平気じゃないんだよ」 ベルブが呟くから、え?、と短く聞き返す。 「…ライラのその顔、俺以外の奴に見られたくない。蕩けた顔して、物欲しそうな…厭らしい顔……俺以外に見せないで…」 ベルブは低い声でそう言った。 「っ…そんな顔…してない…」 「してるよ…耳まで真っ赤にして、瞳を潤ませて…その唇も……身体も……震えてる。もう、周りから見えなくしたからね…」 ベルブはそう言うと、息つく暇もなく、突然俺の体を抱えあげた。逞しい腕がヒョイと俺の体重を力強く支え始める。 「〜っ!…お姫様だっこは…恥ずかしいって…」 何度目だよ…! 羞恥心に耐えきれず、顔を両手で覆う。 「…その可愛いらしい反応も俺だけに見えてるよ。これだけ賑わってるなら会話してても平気そうだね」 そう言ったベルブは、クスッと妖艶に微笑んで俺を見下ろす。それを指の間から見つめてしまいながら、「…早く…車に行けよ…」と、小さく抗議の声を挙げた。 ベルブは確かな足取りでズンズンと通りを抜ける。時折愛おしそうに俺へと視線を落とすから、耐えきれなくて視線を逸らす。しかしベルブが前を向けば、俺は盗むように視線をその顔へと戻した。 そして車に辿り着くと、ベルブはゆっくりと俺の体を地面へ降ろす。革靴をコンクリートに付けながら、手の触れる位置にある運転席のドアノブへとキーを差し込み捻る。 そわそわと目線を泳がせてベルブの動きを伺った。 車に入ったら…キスされる… 期待を隠しきれなかった。でも期待しろって言ったのはこの悪魔だ…! 一方でベルブは、薄らと意味深な笑みを浮かべながら、その長く美しい白い髪を夜風に靡かせ、車を挟んだ反対側へと向かう。奴は助手席のドアを開けて優雅にシートへ腰掛けた。 だから俺も慌てて追いかけるように運転席へと座る。 ハンドルを握り、何も無いフロントガラスを見つめて…昂る気持ちが落ち着かず、瞳をキョロキョロと動かした。でも、ベルブの方は向くことができなくて、息が詰まりそうだった。 「ライラ…」 右側、助手席の方から俺を呼ぶ声が聞こえると、ハンドルを握りしめる手に力を込めながら、なんとかベルブの方を向こうとした。しかしその途端―― 「っ…!?」 俺の腕にベルブの手がかかり、しっかりと握られた。そしてその手はグッと強く引き寄せられていく。 「ぁ……ベルブ…っ…」 顔を真っ赤にさせながら、引っ張り寄せられた視界が揺れて、ハッと気づけば、ベルブの整った顔立ちが俺の目の前にある。 「はぁ……はぁ……」 俺の乱れた呼吸だけが車内に響いて、異様に耳に残る。ベルブの美しく妖艶な顔立ちに見とれていた。その真っ赤に透き通った瞳は、情熱な濃い色を浮かべ… その熱い眼差しが俺の目元と唇を上下に行ったり来たりする。 そして遂に、奴の熱っぽい眼差しは、俺の震える唇に釘付けになったかのように、じっとりと俺の口元は狙われている。 美しい赤い花弁のような唇が、湿った溜息混じりに動き… 「……キス、するね…」 ゾクリと背筋が栗立つような低く甘い声で、ベルブは呟いた。俺は息を飲み、ベルブと至近距離のまま、動けなくなる。そのまま受け入れるように目を閉じると、温かく柔らかな膨らみが俺の唇に押し付けられた。 「んっ……」 ピク、と肩が跳ねて、閉じていた瞼が震える。 ベルブからのキス… また、キスしてもらえるなんて… 嬉しくて死にそうなほどに… 時が止まったかのように感じながら、優しく重なり合う唇の感触に酔いしれていた。ベルブは次第に角度を変えながら唇を何度も短く押し付けてきて、チュッ…と音を立てていく。 「んっ…、はぁ……」 もっと… もっと欲しい… ベルブのシャツをギュッと握りしめた。閉じていた唇の力を自ら緩めて開いていく。するとそれに応えるかのように、ベルブの舌が押し割って口の中へと入ってきた。 「ぁ……、…ふ……っ…んぅ…っ」 ベルブの服をもっと強く握った。鼻から抜けていく甘ったるい声を抑えきれない。絡め取られる奴の舌の動きに合わせて、自分も必死に舌を重ね合わせる。 体の奥底から熱が籠るように疼く。思考までも虚ろに、絡み合う舌の感触に溺れていく。 そして漸く、ちゅぷ、と濡れた水音と共に、時間を忘れるほどに吸い付きあっていた粘膜が離れていく。 「はぁっ…はぁっ……」 肩を揺らして荒くなった呼吸を繰り返し、ゆっくりと瞳を開ける。未だ鼻先が触れそうなほど近い距離だ。 あぁ、やばい… 体、熱くて… ベルブが欲しくて、変になりそうだ… 潤んだ瞳でベルブを見つめ返し、必死に奴の黒いシャツを握りしめていた。 「…可愛い。ライラ、もう我慢できないって顔だね…」 クス、と妖艶に笑うベルブが首を傾げながら、そんな風に呟く。もう、恥ずかしくて顔が熱い。同時に、欲望は抑えきれない。カラカラに喉が乾いていくかのような感覚を覚えながら、逃げるように視線を逸らす。 「…ベルブ…っ…」 「うん…?どうしたの、勃っちゃった…?」 ベルブが悪戯な笑みを孕んだ声色で耳元で囁くから、ゾクゾクと敏感に全身が震える。 「はぁ……勃った……勃っちまった…」 「…そうか…。でも…。…ライラだけじゃない。俺もだよ…」 「っ、…ベルブも…?」 ベルブは熱っぽく俺を見つめ返して、優しく微笑んだ。いつも余裕ぶっているくせに…俺で興奮してくれてる…。その事実が嬉しくて、ふっ、と微笑む。 「ココじゃ…続きできないね。早くライラの家に行こう?」 「わ、分かった…」 勃起したせいで熱くて違和感しかない下半身から気を逸らすように、姿勢をモゾモゾと動かして背筋を伸ばし、車のエンジンを掛けた。 「…じゃあ、帰るぞ…ベルブ…」 「…うん、帰りたい。ライラの家に」

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