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(悪魔side)
ーーーーー現在(裏路地にて)ーーーーー
ライラは汚い地面に膝をつけ、その背中を丸めて震えさせながら、ぐちゃぐちゃになった泣き顔を俺に向けていた。まるで俺に縋るかのような表情だった。
どうしてだ…?
愛しているこの男を…手の中に収めているようなこの感覚が、堪らない…
必死に泣きついて縋るライラを見ていると、もう手が付けられないほどに暴れていた衝動が、甘く深く満たされていくかのようだった――。
――その感覚に、俺自身がゾッとする。
いいや、ダメだ、違う…
俺はライラを支配したいわけじゃない。
…なのに、悪魔らしい囁きが頭を過ぎる。
このままこの男と契約してしまえ、と。
彼の何もかもを手に入れることが全ての望みだったはずだろう?、と。
あぁ、もう…
頭がヘンになりそうだ…。
違う、違うんだ。
俺はライラに愛されたい、認められたい、悪魔でもいいからと言ってほしい。隠してきた本性をさらけ出した今、こんなに醜い悪魔の俺でも、受けて入れて欲しい。
何もかもを奪おうとする俺さえも赦してくれるお前のそばに居たい。ライラを護り、ライラを全ての苦しみから遠ざける存在になりたいんだ。
俺の悪魔の部分も、隠せない本性も、何もかも認める。
今ここでお前に自白しよう。
「…神父様。俺は悪魔だよ。強欲で…、嫉妬深くて…、全て手に入れられないと気が済まない…。…我慢なんて…できなかった…。」
眉間に皺を寄せ、振り絞るような声で呟いた。
ライラは…その涙に濡れた瞳をしっかりと開き、俺を真っ直ぐに見つめ返している。俺の表情を見て、まるで慈しむかのように眉を寄せ、それはまさに俺の痛みを理解したような表情だった。
「それでいい…。悪魔だろうがなんだろうが関係ない――…」
そこまで言葉を紡ぐとライラはふと一息つく。赤く潤んでいた瞳が途端に、揺るぎないような決意の色を滲ませた強い眼差に変わる。そして、再び口を開いた。
「全部やるよ…俺の全て、全部やるから。お前の望むものを叶えてやりたい…」
ライラのその言葉に息を飲む。
胸の奥から打ち震えて抑え込んでいた感情が昂り、歪み切っていた欲望が優しく甘く満たされていくかのような感覚だった。同時に、僅かな罪悪感が胸を掠める。全てを手放すという決断を彼にさせてしまったのだ。
しかし、それはきっと、ライラも自ら望んだことでもあるのだろう。ライラは、俺を選んだんだ。
「…ライラ」
安堵の溜息と共に彼の名前を小さく呟いた。
自然と顔が熱く火照って、赤く染った顔を隠すように目を逸らして顔を伏せる。
「なんだよ…。俺を見ろ…。俺だけ見てろよ…。好きだって言ってるだろ…。お前無しじゃ…俺は壊れちまう…」
ライラはそう言って、再びグズグズと泣きながら呟いた。
好きだと言われて、俺だけを見ろと言われて、嬉しくて、震えながら一歩踏み出す。
この男、離れたら壊れてしまうのは、自分だけだと思っているんだろうか?
俺も随分とボロボロだ。たった一人の男に、それもエクソシストに、こんなに何もかも振り回されてしまうなんて…。
ライラを見つめ返しながら、そっと手を伸ばした。背中の翼も威厳なく下へ萎えるように垂れている。
「…傷付けたくないし、苦しめたくない。そう思ってたのに、全部欲しくなった。俺だけのものにしたくて、我慢できなかった。俺が俺じゃなくなるみたいだった…。信じていいのか…?俺は…ライラのそばに居て良いのか…?」
俺という存在がお前を苦しめるのも怖い、でも、離れるのはもっと怖い。護りたいと思いながらも、全て自分のものにしたいという、百数十年染み付いた本能的な衝動も抑えられない。
どうしていいのか、もう分からない…
でも、そばに居たいのは確かだ。
悲痛な表情を浮かべた俺を見て、ライラは下唇を噛み締めながら咄嗟に立ち上がる。そして次の瞬間には、俺はライラの腕に抱き締められていた。
とても強く、抱き締められる。背中が小さく震えて、懐かしい匂いと体温に包まれていく。身体も心もふわりと軽くなっていくような感覚だった。
ライラは俺の背中を優しく撫でる。
「…当たり前だ、信じてくれ。俺はお前さえ居れば良い…。お前が居ないと、俺は何も出来なくなっちまった…。まともな生活さえ送れないんだぞ…。最期まで…こんな俺の責任を取ってくれ…」
ライラはそう言って、どこか温かくも甘く、自嘲を含んだ声色で呟いた。そしてもう一度グズっと鼻を鳴らす。耳元で言い聞かせるように響く彼の声が心地よかった。
「…あぁ。責任取るよ。飽きるくらいにそばに居たい。ライラ…」
悪魔のくせに…
この幸福感はなんだ…?
胸の奥からじんわりと広がっていく。
ライラの広い背中にそっと腕を回すと、それに応えるようにもっと強く、ライラの腕にギュッと力がこもった。
ライラの肩へ、その白いシャツに顔を埋める。煙草の香りとライラの匂いが混ざって、それは俺がずっと求めていたものだった。
その時、ライラが再び口を開く。
「…また家の中、汚くなってるけど…。俺の家に帰ろう?ベルブ…」
そう言ってライラは少し体を離しながら背を屈めて首を傾げ、俺の顔を覗き込んだ。恥ずかしそうに赤くなった頬には涙の跡が残っていたけれど、その表情は明るく優しげだった。
チラリとライラの瞳を見つめ返しながら、ふふ、と笑みを漏らす。
「…また汚してるのかい?全く…俺がいないと駄目だね、ライラ。」
かつてのように彼を揶揄うように話すと、ライラは耳まで赤くして俺の肩へ顔を埋める。
「…うるせぇ。誰のせいだと思ってやがる…」
あぁ、愛おしい。
抱きしめあったまま、もう一度僅かに体を離す。
ライラはまた瞳を潤ませていた、嬉し泣きでもしてくれているんだろうか。その彼の瞳には俺の姿だけが映っている。
俺はクスクスと笑いながら、彼の頬を指で優しく拭った。
「泣きすぎ。可愛いね…」
「っ…やめろ…。…でも、……嫌じゃない…。」
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