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第十七章:『王族の血』
【第十七章:王族の血】
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(悪魔side)
街角の食料品店に入り、牛乳と卵を探して歩き回ってみる。ライラに頼まれた煙草は無事に買い終えて、残りの買い物を済ませるだけだった。
「…ん?」
ふと、顔を上げて眉をピクリと動かす。
なんだ…?
ライラに、呼ばれたような…
そう思った瞬間、嫌な予感が胸を掠める。
すぐにライラの元へ向かわなければ。
周りの視線など気にしていられず、兎に角ライラの元へ瞬間的に移動しようと、咄嗟にライラの気配を探る。体の周りには魔力を帯びて黒い影が渦を巻き始めた。
そしてそれを見ていた周囲の人間たちは悲鳴を上げ、蟻の子を散らすように逃げていく。
しかし俺は、驚愕した…
「何故だ…ライラの気配が無い…」
どうして?
家にいたはずじゃ…
ライラの居る場所へ瞬時に現れるのいつも簡単だった。ライラが俺をいつも強く想ってくれているから。なのに、その気配が無くて、ライラの元へ移動できない…
冷や汗が流れた。冷静になろうと、頭に手を当てる。
どうする?
ライラはどこだ?
なぜ気配が無いんだ…
探さなきゃ…
とりあえず家の方へ…
ライラの自宅を強く意識して、この体をその場所へと一瞬で飛ばす。
ズズッ…と視界が歪み、地面に脚を着いた時、そこはライラの家の前だった。
なんだ、この匂いは…
なにかが焦げた匂い…?
すぐに周りを見渡した。斜め向かいの家に群衆が集まり、ハッと視線を上げれば、その家は燃えている。
まさか、ライラ、あの中へ…!?
そうだ…絶対にそうだ…
火事を見て、助けに行こうとした…
ライラならやりかねない…
でもどうしてだ、なぜライラの気配を感じ取れない…
「…まさか、結界を張られてる…?」
群衆たちは2階の窓を見つめて騒いでいる。燃え盛る家が異様な雰囲気を放っていた。
自分でもよく分からない、だが、直感的に、そこにライラが居ると思った。
建物に向かって走り、群衆達を飛び越え、2階の窓ガラスへと飛び込む。視界に一瞬だけ、魔力の膜のような歪みが見えた。
やはり結界だ…
結界を張って、外界から内部の全てを遮断してる…!
瞬時に右手に大きな剣を創り上げる。
漆黒の刃に夕陽を反射させながら、その剣をめいいっぱい振り上げ、渾身の力で窓ガラスを切りつけた。
ガラスが砕け散るけたたましい音と共に、何者かが張った悪魔避けの結界までも割れていく。
結界が割れた途端にライラの姿が見えて、瞳を見開く。黒い影に縛られているライラを見て、胸が締め付けられる。
ライラの正義感を弄ぶような方法で誘い出したのか?
有り得ない…
ライラの気持ちを他の悪魔が利用するなど、許せない…
そのまま建物へ飛び込んだ。もはや、燃え上がる炎の熱ささえ感じない。
「ライラッ!!」
腹の底から煮えたぎるように込み上げてくるのは、怒りと、ライラへの強い執着だった。
剣を振り翳し、ライラの体にまとわりつく魔力を弾くイメージで両断する。黒い影はブチブチと嫌な音を立てて一瞬にして断ち切られた。即座に腕を伸ばし、ライラの体をしっかり受け止める。
「ぐっ!」
ライラの体を守るように抱き締めながら地面へ転がり、背中に硬いフローリングの衝撃が走る。腕の中で咳き込むライラを感じて、すぐに彼の顔を覗き込んだ。
「ライラ!しっかり…」
ゴホゴホッ、と噎せるライラをギュッと抱き寄せ、苦しそうに目を開けた彼の頬を撫でる。
「ベルブ…っ…」
辛そうに眉を顰めているが、その瞳はしっかりと俺を見つめ返してくれた。
良かった…
無事だったみたいだ…
ホッとしたのも束の間だった。結界が割れたからか、強い殺気を放つ異様な気配がビリビリと伝わってくる。それはライラへの殺気…。しかも、今までの悪魔たちとは、比べ物にならないほど、大きくて、渦を巻くほどに強大な…
こんなにも強い殺気なのに、結界のせいでなにも感じられなかった。
その異様な殺気から、反射的に視線を上げて前を見た。
「お前、何故ここに…!」
そんな言葉と共に、ベッドに腰掛けていた悪魔を睨みつけた。
「必死になって滑稽ですね、兄様 …」
彼はそう言って、結んでいた白い髪を右手で弄ぶように触り、ニヤリと不敵に笑う。
腕の中でライラがビクリと震えた。ライラはその瞳を大きく開けて、「兄様…!?お前の弟!?」と、素っ頓狂な声を出す。
俺が言葉を返す前に、弟が会話へ割り込むように口を挟む。
「そう。魔界から参りました。魔王の息子、第二王子…ルゼブと申します。どうせ兄様から名前を聞くでしょうから、名乗っておきますよ。神を裏切った貴方に、僕を祓うなんて真似はできないでしょうし…」
ルゼブはそう言って、意地の悪い笑顔をライラに向ける。俺は反射的にライラを守るようにもう一度腕の中へとしっかりと抱き寄せた。
「ルゼブ、彼を侮辱するな…」
腹の底から響くような低い声で静かに告げ、ルゼブを鋭く睨み付ける。
すると、ルゼブは不服そうに眉を顰め、俺の怒りに気圧されるように唇を噛み締める。
「兄様…。これはお父上のご命令です。その男を地獄へ送るのですよ。素直にこちらへ引き渡していただきたい…」
「断る。ライラは誰にもやらん」
「っ…!何を仰っているのですか…。お父上に逆らうのですか…!?その男を一緒に連れて行きましょう、お父上が喜びます!」
「あの親父のためになぜ大切な存在を譲らなければならない。ライラは渡さん」
毅然とした態度でルゼブの申し出を断る。するとルゼブは、怒りとも悲しみとも言えない複雑な表情を浮かべた。しかし彼はすぐに傲慢な微笑みを取り繕い、ベッドから立ち上がる。
「兄様。お言葉ですが…。目を覚ましてください。そのような薄汚れた、取るに足りない、欲望に塗れた人間を庇う必要は無い悪魔の格好の餌だ、今すぐに魂を回収し、お父上への手土産にしましょう。そうすれば兄様がッ…!?」
ドスッ、と剣が壁に突き刺さる音と共に、弟の声は遮られていた。俺が素早く振り投げた剣が、彼の白い頬を掠め、背後の壁にめり込んでいる。パサリ、と渇いた音を立て、何とも煩わしく揺れていた彼の束ねた白い髪が途中で寸断され、ベッドの上のシーツに落ちる。
「侮辱するな。何度言えば分かる…?」
冷静さを保てずこの声は震え、部屋の隅から這い出るように湧き出た影が、一瞬にしてルゼブの体を締め上げていた。
「っ…兄様…!弟に手を挙げるとは…!全てその男のせいですね!?痛い…!兄様、やめてください…!」
ミチミチと体を締め上げる音が響き、ルゼブは泣き顔を向けて喚く。剣が掠めた頬からは赤い血が流れ落ちていた。
「お、おい…ベルブ、弟だろ…!やりすぎだ…!泣いてるぞっ…」
ライラはそう言って、制止するように俺の黒いワイシャツの襟元を握って引っ張る。
「…ライラ、彼はね、悪魔なんだ。ライラの想像が付かないほど、狡猾で…腹黒い…。全部、演技だ」
「…は?」
驚くライラに向かって、黒煙のような闇に縛りつけていたルゼブが髪を振り乱しながら狂ったように笑う。
「兄様ぁ…弟が苦しんでるのに…。演技だなんて、酷いですね……」
「ルゼブ、もう終わりだ。魔界へ帰ってくれ」
「…どうして?僕が素直に帰ってくれないと、困っちゃいますか?兄様が僕を殺せないのは分かってますよ…。弟の僕が可哀想で、これ以上傷つけるのなんてできませんから、ね…?」
ルゼブはニヤリと笑い、長い舌を出して頬を流れる血を舐めとる。
「本気だ。ライラを傷付けるなら、殺す」
そう伝えて、冷静な瞳でルゼブを見つめ返す。しかし、俺の右手は震えていた。察されるな…この動揺を…
「怖いですよ、兄様。でも……。兄様を魔界に連れて帰れたら……また僕を弟として可愛がってくれる。その男は地獄に棄てて…兄様と一緒に、過ごせる。あの頃みたいに、僕だけの兄様に…。兄様に必要なのは、この僕だけで十分でしょう……」
ルゼブのその言葉に、呆れたように溜息をつく。その気は無いと言っているのに、相変わらず物分りの悪い弟だ、親父そっくりで…
とにかく、一旦、弟を退けなければ。ライラを地獄に連れて行かれる訳にはいかない…
汗を流し魔力を込めながら、ルゼブの体を押さえ付けるように集中し、その大きな魔力さえも捻じ伏せるように押し込める。
「っ…兄様…!あぁ……苦しい…」
苦痛の表情を浮かべるのに、ルゼブの声色は艶を帯び、その唇の端は吊り上がって不気味な笑みを浮かべている。
弟とは言えど、同じ王族の血を引く悪魔。相手にしてきた高位の悪魔とは格が違う。
息を切らしながら、無理矢理、魔界へと彼を引き摺り返そうと力を振り絞る。
「ベルブ、大丈夫かっ…?」
心配そうなライラの声を聞いて、彼の手を強く握り返す。
ライラのために、俺は盾となり、剣となる…
ライラを守りつつ、弟をこれ以上傷付けずに帰らせなければ…
「兄様……っ、僕は…、兄様と…一緒に…っ」
ルゼブのそんな声がした。
その時、俺たちの居るこの部屋の足元に、特殊な紋印が赤く光り始める。
「っ…魔界の紋印…!逆召喚…!」
「はぁ!?なんだよ、ベルブ!何が起こるってんだ…!」
「この部屋の足元に紋印が仕込まれてた。魔界だ…魔界に連れていかれる。ライラ、手を離さないで…!」
炎が渦巻く中、紋印からさらに強く光が漏れだし、目を開けていられないほどに眩しくなる。しっかりとライラの手を握りしめて、抱き締める。
そのまま、この部屋の全てが、魔界へと転送されていった。
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