67 / 88
2ページ目
2
(悪魔side)
目を開けた途端。俺とライラの首筋へと、おびただしい量の剣が向けられていた。
「いっ…!?ベルブ…どうすんだよ…。随分と手厚いもてなしだぜ…」
ライラはボソリと呟き、俺の方へとその身をさらに寄せてくる。俺はしっかりとライラを腕に包みながら、剣を俺たちに向ける魔族たちをギロリと1匹1匹、睨みつけながら視線を移動させていく。
「ほう…。お前たちの顔、全員覚えたぞ。俺に刃を向けるとは…」
唸るように告げると、魔族たちは恐れ慄いたように剣先をガクガクと震えさせ始める。
数が多すぎるが…
残りの魔力量を考えればコイツらを一気に吹き飛ばすこともできる…
しかし弟が厄介だ…
先程弟を無理に縛り付けて魔界へ飛ばそうとしたせいで、俺の魔力も大分削られている。
それに、ここには父親も居るはずだ…
視線をふと上げれば、あの部屋のベッドと共に転送されてきたルゼブが黒い影から解放され、ふぅ、と一息つきながら立ち上がる所だった。
彼は髪を結んでいた髪留めを解き、フルフルと頭を横に数回振る。バッサリと短くなっていた長い髪が元の長さに戻るように生え揃った。頬の怪我は既に回復し血も止まっているようだが、なぜか傷跡を残している。
「…兄様。僕の体に……兄様が傷を……」
ルゼブはうっとりとした表情で笑いながらそう呟き、コツコツと足音を立てながら近づいてくる。
「おい、お前の弟……なんか、あの、個性的だな。えっと、凄く兄貴想いで…」
ライラはゾッとするような表情を浮かべて、まるで言葉を選ぶように躊躇いながら呟く。
「…アイツはいつもそうなんだよ」
呆れたように溜息と共に呟き、近寄ってくるルゼブを見つめ返す。
「ルゼブ。ライラは渡さんぞ。全力で抵抗させてもらう」
「僕だって、兄様を渡せない。兄様は僕の兄ですから。僕だけの……」
弟には久しぶり会ったが…。
相変わらず、まるで会話が続かない…
「彼は俺の大切な存在なんだ。もちろん、お前のことも大切だ。弟は俺にとってお前だけだからな」と、ルゼブの熱烈な想いに理解を示すように伝える。
ルゼブを宥めつつ、ライラのことも少しは理解してもらわなければならないだろう…
「兄様…!やっぱり僕の兄様は、よく分かっている…。ほら、その男を今すぐに地獄へ送るべきですよ。僕が王になりますから、僕とここで暮らしましょう…?」
あぁ、駄目だ…
全くもって一方通行過ぎる会話だ…
「ライラに手を出すなと言ってるだろ。それに、王座の件だが……」
俺はそこまで呟くと躊躇うように、小さく息を飲む。準備を終えて、万全の状態で魔界に乗り込む予定だった。しかし、逆に魔界に連れて来られてしまった…。ライラと共に魔界を目指していたのは、俺が王位を継ぐためだ。そうすればライラを守ることができる。
王座の話が出た今、ルゼブにハッキリとつたえておくべきだろう。
「…兄様?どうされました…?」
口を噤む俺の顔を、ルゼブが覗き込んでくる。
…弟に譲ると言ったものを、やっぱり返せなどと言うのは正直気が引けた。
それに、王になるはとても億劫だという気持ちも残っている…
威張り続けるのも疲れるし、この野蛮で低脳な魔族たちをコントロールし続けるのも面倒だ。地獄の責任者の立場まで付属してくるなんて、もっと最悪だ。あそこの管理は激務だし……
「おい、ベルブ…」
ライラの言葉で、ふと我に返り、彼を見つめ返す。ライラは自信に満ちた表情で握っていた俺の手へにギュッと力を込め、ニッと笑った。
俺を信じて宣言しろ、と。ライラの瞳が俺を強く覗き込み、まるで勇気づけるかのような眼差しだった。
そうか…
決断の時だな。
覚悟はしていたが…ここまで来れば、手段は他にない。
俺がこの世界のルールになって、全て掌握する。
「…俺が王になる。ルゼブ、お前に譲ると言った王座を、兄に返してくれないか」
…弟は継承権を簡単に返してくれないだろう。しかし交渉するしかない…
ルゼブの魂胆は見え透いている。
弟はきっと、俺をこの魔界に縛り付けたいのだ。
王になって、父親よりも厳しく、徹底的に、その重すぎる執着心で、この俺を逃さんとしているはずだ。
「…兄様……そんな……」
ルゼブはその瞳を見開き、唇を震えさせた。右目の下、涙ボクロの辺りがピクピクと震えている。
これはコイツの癖だ。
嘘をついていない時、自分の感情が本音の時、その場所が痙攣する。表情に嘘はない、ルゼブは俺の発言に驚愕している。
弟は、直ぐにそれは出来ないと反抗するはずだ…
「ルゼブ、頼む。兄の願いだ…」
もう一度そう伝えた俺の声は震えていた。
するとルゼブは突然顔を伏せ、その肩を小刻みに震わせ始める。笑っているのか、泣いているのか分からない。
無意識にライラの手をもっと強く握り返す。ルゼブが突発的にライラを狙うかもしれない、と警戒を強め…
「…ルゼブ」と、問いかけながら、額に汗が滲む。ルゼブの一挙一動を機敏に目で追った。心臓がうるさくなって、張り詰めるような緊張感が刺すように肌にまとわりつくのを感じている…
事情を知っている魔族たちもブルブルと震え、この兄弟の間に流れる重い空気に飲み込まれてしまい、尻尾を丸め自らの脚に絡めて隠していた…
「っ!」
突然、ルゼブがバッと顔を上げるから、ライラを庇うように腕の中へ押し込んだ。
「兄様ぁッ!!!」
弟の白い髪は乱れるようにブワッと広がり、ルゼブが突然口を開く。俺を呼ぶその言葉は…背筋が冷たく震えるほどに、とんでもなく甘ったるい声だった。
ビクッと肩が揺れた。戸惑っている間に、ルゼブは再び口を開く。
「もちろんですッ、兄様!!!兄様は王にふさわしい…!そして兄様が王になれば、僕は兄様の傍で仕えることが出来る……それは僕が1番望んでいたこと…!!」
ルゼブは恍惚を浮かべながら気味悪く笑い、うっとりと俺を見つめ返していた…
な、なんだと…
予想外の答えに、俺は動揺を隠せない。
「…ルゼブ…?いいのか…?」
「えぇ!喜んで…!兄様が魔王となる姿……。きっと、この世のものとは思えないほどに美しくて……そのお姿を拝めるだなんて、考えただけで…僕、ゾクゾクしますよ……」
はぁはぁと息を荒くしたルゼブがそう言って、興奮を隠しきれないようにその尻尾は激しく振り乱れている。
「はっ…。良かったな、お前の弟…賛成してくれてるじゃねぇか…」
胸を撫で下ろしながらライラはそう呟き、汗を流したまま微笑む。
「…お前ら、剣を降ろせ」
ふぅ、と息をつきながら、俺たちを取り囲む魔族達に伝える。兄弟のやり取りを聞いていた魔族らは、俺に王座の継承権が再び戻ったことを理解しており、慌ててその剣を下ろし始めた。
「…しかし、兄様。問題はお父上ですよ…。その男…」
ルゼブは鋭く、ライラを睨み付ける。
「その男を差し出さなければ、お父上は兄様を王にしないと仰るかと。」
ルゼブは軽蔑を込めた眼差しでライラを冷たく指さす。
「…そうは言われても、ライラのことは譲れない。なんとかしてあの親父を説き伏せられないだろうか…」
「…簡単です。貴様、兄様の腕の中で守られているつもりだろうが…。今すぐ地獄へ…!」
「却下だ、ライラには構うな。それ以外の方法で…」
ライラを自分の背後に隠すようにルゼブの前に立ちながらそう伝える。ライラは困ったように腕を組み、眉を顰めていた。
「……お父上はとても怒っておられますよ。その訳は兄様と…兄様を誑かす汚らわしいその男が、一番よく分かってはずです」
あぁ、この弟は…
ライラを否定する装飾語を付けないとまともに会話もできないのか…
まったく…
一方でライラは冷静だった。弟からの屈辱的な言葉には反応を見せず、寧ろ弟が抱く俺への執拗な態度を冷めたように見ているらしい。
「…全て理解してる。それで、親父はどこだ?謁見の予定を入れてくれ。俺が帰ってきたと伝えてほしい」
「お父上は急遽、仕事のために地獄へ赴いておられます。あの場所とは連絡が取れませんから…。それに、お父上以外に出入りはできませんし…」
「待つしかないか…」と、俺は溜息を付く。弟の口振りからしていつ戻るか分からないのだろう。
ルゼブは期待に満ちた眼差しで、両手の指を体の前で組み合わせて微笑む。
「それでは兄様。お父上がお帰りになるまで、僕と過ごしましょう?」
ーーーーーーーーーー
「おい、ベルブ。良かったのか?弟とは久しぶりに会ったんじゃねぇのか?」
ライラはそう言って、部屋の隅に置かれた椅子に腰掛けた。魔王城の一室、俺の部屋の内装を物珍しそうに見渡しながら、落ち着かない様子で腕を組んでいる。
「大丈夫だよ、魔界でライラを1人にするのは危険だ」
そう伝えながらライラのほうへ歩み寄る。その頬に優しく触れた。すると、ライラは僅かに緊張が解けたように柔らかく微笑み、俺を見上げる。
「…そうか。でも、お前の部屋なら他の奴らも簡単に出入りできなくて安全だろ。俺はここで待ってるから、弟と少しでも話してきたらどうだ」
「…弟のことを気にかけてくれてありがとう。でも、今は……」
ライラの方へ身をかがめ、耳元で囁く。
「ライラのそばに居たい…」
…ライラが無事で良かった。
俺は僅かに顔を離し、ライラを愛おしそうに見つめる。
顔を赤くしたライラが微笑み見返す。
「…ありがとうな。助かった…」
ライラはそう言って、俺に腕を伸ばしてくる。その手に触れながら彼を引き寄せた。
「ライラ、キスしたい…」
そう伝えると、ライラは恥ずかしそうに目を逸らす。照れてる姿が愛おしい。
「…わ、分かった…。でも、こんな状況だし、少しだけなら……」
ライラは眉を顰めながらも顔を真っ赤にさせてそう言うと、俺の方をチラリと見た。
ともだちにシェアしよう!

