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4 (ライラside) ーーーーその数時間後ーーーー 「どう?この城の造り、理解できたかな?」 コツコツと複数人の足音を響かせながら石造りの回廊を歩く。城の中をベルブと、数人の召使いが後ろに控えながら歩き回った。あちらこちらを案内された。が、しかし…… 「広すぎる…絶対に迷う…!」 「まぁ、そうだよね。どこも似たような作りだ…。俺の部屋や寝室、そして食堂の場所、あとは王座の広間くらいを覚えてたら問題ないよ。判断のつかない部屋には入らないほうがいいし。これから慣れてきたら多分、自然と覚えてくる」 「そうだな…」 広すぎるし、迷路のように複雑な城だった。外からはずっと赤い月明かりが差している。この場所、魔界には、恐らく朝が無いんだろう…。 怪しげな蝋燭の光が続き、豪華な額縁に入れられた絵画が続いている壁を照らしている。 「ライラがもし1人になるときは、専属の従者をつけようね……」 ベルブはそう言って、考えるようにその右手を顎に当てた。だが、その思案の表情は5秒も経たなかった、直ぐに再びベルブが口を開く。 「…ライラが接した、マーレはどう?さっき、服を仕立てくれた悪魔だよ」 「あぁ、彼女か。良いとか悪いとかあんまり分からねぇけど…信頼できそうな悪魔だと思ったよ。お前にあそこまでズバズバと話す悪魔ってのは珍しいんじゃねぇか?」 そう聞き返すと、ベルブは困ったように笑う。 「まぁね、彼女くらいかもね。実は……俺も唯一、召使いの中で彼女を信頼してる。幼い頃から俺とルゼブの世話係であり、教育係だったんだよ。何百年も、ずっと俺の家で仕えてるらしい。昔は人間界でも王族に仕えて人間の文化にも触れた経験があるそうでね」 「そうなのか…。じゃあ、ガキの頃のお前を知ってるんだな…」 クスッと笑いながら尋ねると、ベルブは目を逸らしながら微笑む。 「そうだね。恥ずかしいからあまり聞かないでよ?マーレによく反抗して、怒られた記憶ばかりだな」 ベルブは照れたようにそう言って、表情が柔らかくなる。美しく整った顔立ちがふにゃりと緩み、優しく笑う笑顔が眩しい… ドキッとして、その表情をじっと盗むように見つめた。 しかしその時、突然、ベルブが視線をこちらに向ける。バッチリと目が合ってしまい、慌てて赤くなった顔を背けた。 「…ふふ、ライラ」 悪戯な声色が響き、その右手が突然俺の左手を掴む。ぎゅっと手を握られて、さらに顔が赤くなる。 「なんだよ……」 「…うぅん、なんでもない。ただ、…愛してる」 甘い声で囁かれ、さらに鼓動がドキドキと早鐘を打つ。 「お、お前…っ……周りに居るのに…」 俺たちの後ろには、衛兵のように傍で待機している悪魔達がいる。 気になって、チラリと背後を見た。知らんぷりをした様子でこちらから目を逸らしている……。 恥ずかしい… こんなところで… 皆聞いてるし見てるじゃねぇか… 不意に、魔族たちと俺らの間を、美しい羽を持った蝶がヒラヒラと舞って、どこかへ飛んでいく… 「…関係ある?ライラに愛してるって伝えたかった」 「っ……お前、王になる予定なんだろうが…もう少し振る舞いに気をつけた方が……」 「そんな寂しいこと言わないで、ライラ。どこでだって傍に居たいな、こうして…もっと近く…」 そう言ったベルブが俺の腰に腕を回し、強引に体を密着させてくる。急に顔が近くなって、慌てて逃げるように藻掻いた。 「っ…馬鹿…♡…やめ…っ!」 あぁ、召使いの悪魔たちがさっきよりもっと、凄く気まずそうにしてる…!しかし、彼らはその好奇な眼差しをチラチラとコチラへ向けてきていた。 恥ずかしい…顔から火が出そうになる… 「坊っちゃま。ライラ様のおっしゃる通りですよ、こんなところで、ベタベタと…。みっともないからお止めなさい」 突然、マーレの声が響く。ハッと顔を上げると、俺たちの目の前にマーレがちょこんと立っていた。マーレは冷ややかな視線をベルブに向けている。 「…うるさいな、邪魔をするな。……ところで、俺がライラの傍に居られないとき、お前がライラを見ててくれ、いいな」 ベルブは、突然現れたマーレに驚くような素振りも見せなかった。まるで彼女が傍で待機していたことを察していたかのような口ぶりだ…。 「承知しました。悪魔遣いの荒いご子息だこと。ですが、坊っちゃまから頼りにしていただけることは……冥利に尽きますね。光栄にございます…」 マーレはそう言って、フフ、と小さく微笑む。柔らかく細められたその紫の瞳には、優しげな光を宿していた。 「…当たり前だ。俺がこの城で頼りにできるのは…お前かルゼブくらいだろう…」 ベルブはツンとした態度でそう告げるが、そこには2人の確かな関係が見て取れた。マーレ自身も、ベルブから信頼されていることを自覚している様子だ。 ベルブが心を許している悪魔…それがマーレか。なるほど、ベルブの言ってた通りだな。彼女なら、魔界のことを何も分からない俺のような人間でも、正しく導いてくれそうな悪魔だ。 「左様ですか…。しかしながら、坊っちゃま。私以外にも、信頼の置ける魔族を生み出していくこと……尊敬、期待、信頼…その深い念を、悪魔たちに抱かせることが必要です」 マーレは真剣な目付きでそう言った。しかし、ベルブは呆れたようにため息をつく。 「…下級の魔族どもにそのような念など醸成できるものか」 そう言ったベルブの口調は諦めたような響きを持っていた。しかしベルブのそのような態度を前にしても、マーレの毅然とした姿は崩れることはない… どこか、期待を込めた眼差しで、ベルブを見つめ続けている。 「……そのような認識を持ったままだから……で支配する統治に傾くのです。坊っちゃまは人間界での暮らしが長い。魔界に留まり続けるよりも、多くを経験できたのでは…?井の中の蛙ではないでしょう。その経験を活かすことができれば……今の王とはまた違う世界に、ここも変わるかもしれませんね」 マーレはそう言った後、咳払いをしながら、姿勢をさらに伸ばすようにして、僅かに顎を引く。 「…これは年老いた悪魔の独り言です。長く存在し続けると、口を開けば取るに足らない小言ばかり、あれこれと口を出したくなるのですよ…。では、ライラ様、よろしくお願いいたします。邪魔にならぬよう傍におりますから、必要な時にお呼びください」 マーレはそう言うと、頭を深く下げてくる。ベルブに抱きしめられて身動きが取れなかったが、とにかく挨拶だけでもと、よろしくお願いします、と伝えようとしたそのとき… 「あっ…」 マーレの姿が突然、グルグルと円を描くように縮んでいく…まるで、コーヒーの中に注いだミルクを掻き混ぜた時のように、渦を描いてその姿がみるみる小さくなり…… なんと、紫色の翅を持った蝶の姿に変わってしまった。 あっ、さっきの蝶…! あれは…マーレだったのか…! マーレが突然現れた時、ベルブは驚かなかった。あの時、確かに俺たちの傍であの蝶が飛んでいた。ベルブは分かっていたのだ、マーレが俺たちの傍に居たことを。 「ライラ、部屋に戻ろうか」 「あぁ、分かった」 そんな短い会話を交わし、ベルブの腕は相変わらず俺の腰に回されていた。歩きづらいほどに密着されながら、ベルブの部屋の方へと歩き出す。 ーーーーーーーーーー 部屋に戻ってくると、ベルブはそのドアを開けて俺を中へと通した。そして不意に足を止め、俺に向かって微笑む。 「宴のことで、弟の所へ行くよ。弟から呼ばれててね。もう少ししたら、着替えて会場へ向かって欲しい。マーレを外で待機させておくから、何かあったら彼女を呼んで」 ベルブはそう言って、俺の頬を優しく撫でる。宴までの時間、ベルブと離れることになるのか…。少し心細く思えたが、マーレが居るなら安心だ。 ベルブの赤い瞳を見つめ返しながら、「また後で」と伝え、ベルブに向かって微笑む。 ベルブは俺を見つめて頷いた後、躊躇いなくその唇を俺の方へ近付けてきた。 「ん…」 そっと唇が重ねられ、頬を赤くしながら目を伏せる。ゆっくりと顔が離されて、僅かに赤くなったこの頬を向けた。 ベルブの整った顔立ちが柔らかく微笑む。名残惜しそうに俺へ視線を残しながら……奴は、後ろ髪を引かれるように振り返りながら立ち去っていく。 薄暗く静かな城に1人残されると、急に寂しさが込み上げてきた。 「…はぁ。1人か…。いや、マーレも居るんだっけか…」 ポツリと呟く。その声さえも、廊下の奥へと続く仄暗い闇に吸い込まれ、消えていくようだった。俺の左手が、無意識に胸元辺りをぎゅっと握る。掴んだのは身にまとったシャツだけだった、くしゃりと手の中で押されて形を変えていく。 何をしているんだ… 胸の中に広がった孤独感や心許無さを消すために、長年染み付いた習慣的な行動を取ってしまう。それは、首からいつも掛けていたロザリオを探す動きだった。 そんなもの、もう俺には必要ないのに。どうしても、不安になると…こうして胸元にあるはずのロザリオを握りたくなる。だが、勿論、その場所にロザリオの感触は無かった。 仕方なくドアを締めて部屋に戻ろうとしたその時。 「…ライラ様。時間を潰すのにいかがでしょう?」 突然、マーレの声が響く。その声とともに、目の前にマーレが静かに立っていた。 「マーレ…さん……」 思わず安堵の声が漏れる。小さく微笑みながら呟くと、マーレはそれを拒否するように首を横に数回振った。 「マーレ、と、お呼びください。ライラ様。ライラ様は私たちのような召使いに敬称を付けるお立場ではありません。上下関係はハッキリさせておかねばなりませんよ」 「あぁ…つい…。すみません、どうも慣れなくて…」 「それもまた、良いのです。私と接する中で慣れてください。敬語もお止めくださいね?よろしいですか?」 マーレは声を張るようにして俺に伝えながら、厳しい視線を俺へ刺してくる。 「あ、あぁ…分かった……」 戸惑いながらもそう返すと、マーレは途端に優しく微笑む。 「そうです。それで良いのです。さぁ、このようなものはいかがです?ライラ様」 マーレはそう言うと、ローブの長い袖を揺らめかせながら右腕を大きく振る。すると右腕の袖で隠れていた左手の上に、布で覆われた何かを持っている。 「どうぞ、お気に召す物がありましたら…」 マーレはそう言うと、彼女の手の上にある深い紫の大きな布を捲るように俺へと促す。俺はそっとその端を左手で摘み、緊張しながらも捲り上げた。 「す、すげぇ…これは……」 覆っていたその布をはぐると、その下には金色の大きなトレイがあった。その上に、1冊の新聞、チョコレートが入っていそうな包み紙が数個、そして煙草や、書籍も数冊乗っていた。煙草は俺がいつも吸ってる銘柄のものだった。 「これは……人間界から?」 煙草と新聞に手を伸ばしながら尋ねると、マーレは頷く。 「えぇ。用意させました。坊っちゃまから、色々とお聞きしております。好みはある程度、把握しておりますが。何かほかに必要なものがあれば、なんなりと」 そうか、ベルブも、マーレも、俺のために…… 「ありがとう…。これ、いただくよ。新しいものなのか?」 そう言って煙草と新聞紙を手に取る。 「えぇ、人間界から今朝持ち帰ってきた朝刊のようですよ。火はこちらに」 そう言ってマーレが差し出した、黒塗りのゴツゴツとした重いジッポを受け取る。あぁ…なんだか、いかにも魔界のソレっぽいかもな…。 「良い趣味のジッポだ…」 フッ、と笑いながら受け取ると、マーレはクスリと笑う。 「えぇ、とても。悪魔に人気のデザインですよ」 マーレは俺の冗談に応えるようにそう返し、「何かあれば、外におりますから」と、告げ、また直ぐに姿を消してしまった。 俺は早速新聞を広げながら、部屋のテーブルにそれを乗せて椅子に腰掛ける。左手の中で弄ぶようにジッポを弄りつつ、新聞の一面へ視線を流した。ジッポを握ったまま、煙草の封を解いていく。 「…へぇ」と、唸るように呟きながら、箱から取り出した煙草を1本、口に咥えた。 "高速道路でトラック横転"と見出しの書かれた記事に目を通す。この事故のせいで数時間、通行止め…。深夜に発生した事故のため、巻き込まれた車は無かった。しかしトラックの運転手は行方不明。周囲は何かの血液と見られる液体が数十メートルも広がり、荷台に積まれていた物はまだ判明していない、警察が調査を進めている……か。 「妙な事故だな…」 そんな独り言を呟き、久しぶりの煙草に火をつけようとする。ずっと吸いたかったんだ…だが、ベルブと過ごしてると、不思議とそんな欲求も忘れていたことに気づく。 「ぁ……」 待てよ… 俺…煙草吸っていいのか…? そんな疑問が生まれ、乾いた煙草が湿った唇に張り付くのを感じながら、そっと咥えていた煙草を口から離す。 ベルブとの子供…産むんだっけか…。なら…禁煙したほうがいい…? 「…チッ。マジか……」 ベルブとの子供のことを考えて、勝手に顔が赤くなる。俺…煙草、辞めておくべきか…。ヘビースモーカーの俺が、禁煙だって…? あぁ、照れ臭くて、恥ずかしいな。こんな考え方をするなんて…。 「…やろうと思えばできるんだよ、俺だって……」 万が一、酒は辞められても、煙草だけは無理だと思ってた。だが……今の俺なら…できそうな気がする。 そんな事を思いながら、煙草をまた箱の中へと戻した。 「あぁ…新聞、読も……。チョコレート貰えばよかったな…」 そう呟きながら、新聞をペラリと捲った。

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