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(ライラside)
マーレに案内されるまま、宴の会場へ向かう。城の中を歩いていく途中で数匹の悪魔と合流した。
彼らは兵士のような甲冑を身につけており、男性の姿をしている。屈強な男たちだ。背中には黒く薄い膜を伸ばしたような鋭い翼があり、臀部には刺々と角のような突起がいくつも生えた尻尾が伸びている。いかにも悪魔らしい悪魔たちだった。
「ライラ様、こちらの階段から上へ。お足元、お気を付けてくださいませ」
マーレがそう言うと、背後にいた1匹の悪魔が1本踏み出し、蝋燭の灯りのあるランタンを掲げる。
「ありがとう…」
マーレと、足元を照らしてくれた悪魔に声を掛ける。石造りの階段は幅が狭くて暗い…。ゴツゴツとしていて少し歩き辛かったが、足袋のような、素足に近い靴…これもマーレが用意してくれたもので、そのお陰か革靴よりも断然歩きやすかった。
「こちらは言わば裏口です、会場へ繋がっており、招待している者たちと鉢合わせないようにしている通路なのですよ」
そうなのか…。
こうして通路を分けたりと……この城の構造が複雑な訳も納得だ、と思いつつ。
マーレの説明を聞いながらひたすらに階段を登り続けた。普段から鍛えている俺の息が少し上がってしまうほど……つまりは、結構な高さまで上がってきた。
「随分と…長い階段だな……」
ポツリと呟くと、マーレが涼しい顔で微笑む。
「えぇ。もう着きますよ、こちらへ」
そんなマーレの言葉通り、階段の終わりが見えてきた。闇の中から少し開けた踊り場のような場所がランタンの漏れた灯りに照らされる。
「この先か…」
踊り場にたどり着くと、その壁にドアを見付ける。マーレの柔らかな微笑みが闇の中に浮かんでいた。
「えぇ。お食事をお楽しみください。ただ…魔界のお酒は、人間界のものよりも度数が高いようで。飲み過ぎには注意です。そして、坊っちゃまは、時間になったらお越しになりますから……先に会場へお入りなって、もう少しお待ちくださいね。私は傍におりますからいつでもお声かけを…」
マーレはそう言うと、再び蝶の姿になってしまう。ヒラヒラと舞うその翅は闇の中へ消えていった。
控えていた悪魔がドアを引く。するとその先には深い赤色のベールが垂れ下がっており、もう1匹の悪魔がそれを腕でそっと捲る。
「ありがとう…」と、呟きながらそのベールを潜った。
そして、目の前に広がった姿に、俺は息を飲む…
「…あぁ……すげぇ……」
率直な感想が、思わず口から零れていた。
赤いベールの先。
俺の立っている場所は、宴会会場よりも上の階にあるテラスのような場所だ。そしてこの場所から、眼下に宴の様子が一望できた。
宙にはユラユラと怪しげに蝋燭を立てた黒いガラスのシャンデリアが所々に舞い、円卓のテーブルに悪魔たちが行き交っている。広い会場を沢山の魔物たちが行き交う姿に圧倒された。
彼らはドレスのような装いをしていたり、スーツのような正装や、魔法使いのようなローブを身にまとっていたりする。彼らの服装は黒で統一されていた。その背中には様々な形の黒い翼を持っていて、頭がライオンのような造形をしていたり、トカゲのような鱗や尻尾をもつ姿もある…
テーブルクロスや床に広がる絨毯まで黒い。所々に金の装飾が施され、シャンデリアからの灯りを反射させて煌々と輝く。壁には石を重ねてアーチ状に形を作った大きな出入口が一定間隔に空いており、外からの赤い月明かりが妖しく室内へ差していた。
その景色に見とれるように数歩踏み出し、テラスの手すりの石壁に手をかける。
ザワザワと賑わう会場で、悪魔たちが赤いワインのような液体が入ったグラスを片手にして、交流を楽しむような様子が広がっている。
こんなに悪魔がいる…
全員、高位の悪魔なのか…?
すごい世界だな……
フェイスベールの下であんぐひと口を開けてその様子を見ていたその時。
「いいご身分だな、そのような装束まで…。醜い人間のくせに…」
そんな声がして、ハッと振り返る。
「ルゼブ…」
「なんだ?悪魔の餌食め。僕の登場に圧倒されたのか?」
ルゼブは片方の眉を上げてニヤリと笑いながら、腕を組んで俺の背後に立っていた。恐らく、俺が先程出てきた階段と入口からこの場所へ入ってきたのだろう。
高い位置で結ばれた白い髪をフワリと揺らし、ベルブのような美しい顔の…その唇を歪めて高飛車な笑みを浮かべている。真っ赤な瞳が俺を蔑むように見ていた。
彼は騎士の正装のような装いにその身を包んでいた。黒を基調としながら、肩から流れるマントは首元で高く立ち上がっている。胸元には金の装飾が連なり、赤い手袋がコントラストになっている。長靴も黒く、曇りなく磨きあげられている。それは血筋と位の高さを象徴しつつも、忠誠を感じさせる装いだった。スラリとしたそのシルエットは……間違いなく、とても彼によく似合っている。
俺は彼がベルブに似ているからか…
少しだけ……ほんの少しだけ、その姿に見とれた…。
絶対にベルブにバレたらマズイ事実だな…
城の案内をベルブから受けている時、俺はベルブから、ルゼブとは双子であることも聞いている。
あまりにもそっくりだ……
髪型を結んでいるか、ホクロの有無、加えて尻尾が二股になっていること…そのような点が彼らを見分ける術だ。確かに声も似ているが、ベルブの方がより低い声だろう。
「ふん、返す言葉も無い様だな。この気高さ、僕によく似合っているでしょう?」
フェイスベールに隠されていない目線で、ルゼブをまじまじと見つめていたからか、ルゼブは胸に手を当てながら顎を上げて自慢げに尋ねてくる。
俺は左手を後頭部に当てながら、困ったように笑う。
「あぁ、良く似合う。君に合ってると思うよ」
そう返すと、ルゼブは自慢げだった笑みを消し、プィッとそっぽを向いた。
「当たり前でしょう。僕に似合わない服などないのですよ…」
「あぁ、きっとそうだろうな。ベルブと同じでスタイルも良いし」
ルゼブの容姿の良さを素直に認めてそう返すと、ルゼブは何故か、たじろぐように体を斜めに向け、結んで束になっている白い髪を何度か掴むように撫でる。
「っ……そんな…兄様と同じように評価されるなど…。まさかお前…僕を褒めて、僕に気にいられようとしているのだな…!?」
ルゼブがそんなことを言い出すから、思わずクスリと笑ってしまう。
「違うよ、本心だ。嘘つけねぇんだよ俺は。悪魔ならそう言うの分かるだろ?」
「な…!先程の褒め言葉が本心とは……」
そう呟いたルゼブは腕を組みながら、俺を訝しむようにその赤い瞳をこちらへ向けている。しかしながら臀部から伸びる尻尾はウネウネとゆっくり左右に揺れていて……
その尻尾の動きは……ベルブと同じく、まるで感情がそこに出ているかのように見える。つまり彼は、俺の言葉にどうやら悪い気はしていないらしいな…。
ルゼブは俺に対しての言葉は強いこともあるが…彼もベルブの弟だ、きっと性根から極悪に染まったような悪魔では無いように思えた。
その時、ルゼブはふぃっと顔を背け、宴会会場を見下ろすように数歩前に出た。
「……どうです、見事でしょう。僕が兄様の為に用意した会場は…」
ルゼブは突然話題をガラリと変えるようにそう呟き、得意げに眼下の景色へ向かって右手を広げる。
「そうだな、ベルブも気に入ってるはずさ。アイツの好きそうな雰囲気を作ったんだろ?」
ベルブの好きな色が取り入れられ、派手すぎず、しかし、ベルブの威厳を示すような豪華さがある。だから俺は、一目見た時にその様子に圧倒された。
この悪魔が用意したと言うのなら、素直に凄いと感じた。
「…そうですよ。僕が全て選んだのです。1から僕が指示して、僕の魔術も使って、このように仕上げたのです。兄様のことをよく知っている僕だからこそできるのですよ!」
「おぉ、確かにな。ベルブも満足だろ。さすが弟だ」
うんうん、と頷きながらそう告げる。兄貴のことを慕っているのだな、と思いながら微笑んだ。
しかしルゼブは何故かまた、まるで意表を突かれたかのような表情を浮かべ、俺の方を振り返って睨み付けてくる。ルゼブは眉を顰めながら下唇を噛みつつ、フン、と鼻を鳴らした。
そして、俺を観察するかのような鋭い眼差しをチラリと向けている……
戸惑って首を傾げつつも、俺は偽りなく接しようと心がけた。ルゼブはその間も、片方の眉を釣り上げ、値踏みするように高圧的な眼差しを向けてくる。
「ところで…。元エクソシストとあれば多少なりは悪魔の正式な名前くらい知っているでしょう?この場では姿形を偽らず悪魔たちが集まっている」
ルゼブにそう言われ、俺は彼の隣に立ちながらもう一度会場を上から覗き見る。
「例えば…あのテーブルの端の悪魔…。さすがに分かりますよね、元エクソシスト…」
ルゼブは目を細め、意地悪そうな微笑みを浮かべていた。その表情を気にもとめず、指さす方向を見つめる。
あぁ…
本当だ…
あの、海蛇のような姿…
まさか…あれは…!
「リ、リヴァイアサン……!?でっけぇ海蛇だ…!」
「ほう。これは簡単でしたね。ほら、あそこの長い髭を生やした悪魔。アレは……そう、ベルフェゴール。羊の角に、行商人のような装束ですよ…」
「おぉ、マジだ…!古い悪魔の辞典に載ってた挿絵に似てるぜ…」
なんだ…
よく見たら…
どっかで見た事あるような悪魔ばっかりじゃねぇか…!
「あのような悪魔たちには独特のオーラがあるでしょう。逆に目立たない悪魔達もいますねぇ。彼らは高位の悪魔たちに仕えている魔族たちですよ。雰囲気を見れば分かるのです」
ルゼブはそう言った後、突然咳払いをして背を向ける。ボソッと、「喋りすぎか…」などと呟き、襟元を整えるような仕草をするから、俺はもう一度戸惑いの眼差しを向ける。
「…まぁ、せいぜい観察してみるといですよ。では、そろそろ兄様が会場に入られるので、僕はこれで」
ルゼブは唐突にそう言うと、途端にサッと身を翻す。長いマントの丈を揺らしつつ、その場から颯爽と立ち去ってしまった。
「あぁ…?行っちまった…。なんだったんだ…」
呟きながら、再び宴会会場の方を見下ろそうとした。その時、次は突然マーレが現れる。不意をつかれて「わっ…」と、思わず驚きの声を上げながら……マーレが差し出したグラスを受け取った。
「ライラ様……どうぞ」
マーレは穏やかな笑みを浮かべ、視線を伏せていた。彼女は俺のグラスへと、赤い液体が入ったデキャンタを傾ける。その赤ワインのような酒を注ぎ終わると、片手に持っていた黒い布でデキャンタの口をそっと押さえながら視線を上げる。
「こちら乾杯酒……人間界のお酒で近いものを挙げるとすれば、その見た目通り、赤ワインですね。魔界の果実を使った、こちらでは主流の品です。悪魔たちがこの世界で嗜むものは主にこの果実酒にございます…」
「そうか…美味そうだ」
グラスを僅かに傾け、深いガーネットのような色味が照らされ揺らめくのを見つめながら呟く。確かに、葡萄とベリーのような甘い香りが鼻をくすぐった。
そう言えば…魔界の酒は度数が高いと、先程マーレが忠告してくれてたな。飲み過ぎには注意か…。
「では、グラスを片手に、広間のあの扉をご覧くださいませ。中央の階段の先にございますよ」
マーレにそう言われて、俺は数歩踏み出しながら下を覗く。中央にある、上の方へと伸びてくる階段の先には、黒く重厚な大きな扉があった。ザワザワと騒がしかった魔族たちもいつの間にやら談笑を止め、扉の方へ注目しているようだ。
扉の両サイドに立っていた悪魔、甲冑を身につけたガーゴイルのような悪魔が、その重そうなドアをそれぞれ引いていく。ドアの向こうに見えた闇から……
あぁ、あれはルゼブだ…
先程身にまとっていた騎士の正装のような装束で、ルゼブが凛とした表情で現れた。黒い羽は折り畳まれて、鋭い眼差しで眼下の悪魔たちを見つめている。
「よくぞお集まりいただきました。今宵は次期の王位継承が決まった祝いの席だ。父に継いで魔界の王となる兄様に、ひれ伏し、従い給え。その頭を垂れよ」
ルゼブは、真っ赤な瞳を静かに輝かせながら、低い声でそう言い放った。階段の下に居る広間の悪魔たちが、僅かにザワつく…
そこに不穏な空気を察した…
思わず、もう一歩、前に出る。
「兄?アイツは同胞殺しだ……」
「人間を連れて来たとか…?」
「裏切り者…」
「父のようにはやれねぇさ…」
「あの放蕩息子に頭を下げろだと…?」
「弟が王になるんじゃなかったのか…」
コソコソと囁き合う魔族たちの声が、どこからとも無く耳に入ってくる。
グラスを持つ手が震えた…
緊張感と焦燥感に駆られて、唾を飲む。ルゼブの耳にもその声は届いているはずだろうが、ルゼブは依然として厳しい眼差しを崩さなかった。そして寧ろ、その陰口の囁きに応戦するかのような悪い微笑みを浮かべる。
「異を唱える者は焼き尽くしてくれる…その醜い頭を深く垂れよ…!」
ルゼブの威圧的な態度に、反抗的だった様子の魔族達のうち数匹が屈するように頭を垂れるが…
しかしながら、まだ不満を唱えるような者たちも残っていた。空気がさらに沈み、喉が渇くような重い緊張感が肌に張り付く…
「…ルゼブ様。私共はルゼブ様が王になることを期待していたのですよ。ベルブは魔界のことを知らん。あのような悪魔に任せられるものか」
「そうだぜ…あんな悪魔がこの世界を仕切れば魔界も終わりだ!俺は従わねぇぞ!」
ヤンヤヤンヤと数匹の悪魔が騒ぎ出すから、俺は奥歯をギリっと噛み締めて眉間に皺を寄せる。好き勝手言いやがって…。
しかし俺にはどうすることもできず、苦い表情でルゼブの反応を待った。
「ほう……兄様を侮辱したな?」と、呟いたルゼブの瞳がさらに赤く、危険な眼光を宿していく…。
おい…
マズイんじゃないか…?
ルゼブのやつ、今にも怒りをぶち撒けそうな雰囲気で…
一触即発の気配を感じて、思わず手すりに手をかける。ルゼブが右手を掲げるように構え始め、その背中の翼を威嚇するように広げていく。
慌ててマーレを振り返った。
「マーレ…!これ…良くねぇだろ…。ルゼブを止めねぇと…!」
今にも広間へ駆けつけたい気持ちに駆られて、マーレに訴える。額に汗が滲み、呼吸が早くなる。
しかし、マーレは冷静だった。マーレは静かに俺を見つめ返す。
「ライラ様。口出しは無用。あの兄弟を信じなさい。この場を納めることができずして、ベルブ坊っちゃまに王になる素質はありません…」
マーレは冷酷に厳しい口調でそう言った。俺は思わず拳を握りしめる。
マーレの言う通りだ、正論だ…。
そんなの分かってるが…なんとかしなきゃ…
このままじゃ…ルゼブが用意したこの宴も台無しになるし…。
しかしその時、騒然としていた場の空気が、突如としてシン…と静まり返った。
…なんだ…?
咄嗟に振り返って、階段の先の扉の向こうを見る…
「あぁ……あれは…」
言葉に詰まり…思わず息を飲む……
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