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3 (ライラside) ドアの向こうの闇から現れたのは…… あの悪魔、ベルブの姿だった。 ベルブは大きな黒い翼を悠然と広げ、その長く白い髪も美しく広がって揺れる。右手を胸元に当て、纏った装束の襟に添えるようにしながら… その姿は毅然としており、圧倒的なオーラを放っていた。 誰が見ても、この悪魔がこの宴の中心であり、この悪魔のためのものであると分かるほど… その装束に至っても、派手では無い…… しかし、ただ、彼から視線を逸らすことができない――…。 ベルブが纏っていたのは、縫い目のない一枚の布だった。漆黒の一枚布が、ベルブの身体に従うように絡みついている。肩から胸、腰へと巧みに掛けられていて…。 闇を思わせるその一枚は留め具だけで形を保ち……ベルブが一歩踏み出すたび、静かに靡いて流れていく。その美しく赤い宝石があしらわれた留め具だけで、"王の装い"を成しているかのようだ。 纏った一枚布の縁を走る赤と金は、血と王権を思わせる。さりげ無く添えられたかのような装飾品たち……金の首飾り、耳飾り、腕輪……どの1つをとっても、それは飾りではなく…。王であることを疑わせないための、"証"の一部かのように感じる。 そして非の付けどころがないほどに整った顔立ちと、美しく白い大理石のような肌、闇夜に照らされた宝石のような瞳…。悪魔の中でも位の高さを思わせる立派な角と、堕天使を思わせる優雅な漆黒の翼。 彫刻のような肉体美を、一枚の布が織り成す繊細な皺の一つ一つが輪郭を形取る。 瞬きを忘れてしまうほどに…… 至高の美術品のような麗しさを引き立てていた――。 ベルブ… カッコよすぎ……。 ベルブを目の当たりにした俺の感想は、圧倒されすぎて……最早、シンプルな感情しか湧き上がってこないほどだった。 惚れ直してしまうくらいに、美しくて、カッコイイ。寧ろ怖くなるほど……神々しくて、手に触れてはいけないほど荘厳で、眩しく、麗しい…… 気づけば、声を荒らげていた魔族たちでさえ、呼吸をすることを忘れるかのように――……ここにいる全ての悪魔が、ベルブに深く頭を垂れている。それは隣にいたマーレも同じだった…。 俺だけが頭を上げて……あの愛する悪魔を見つめている。 ベルブは静かにぐるりと視線を魔族たちに向けた。そして……その瞳が、確かに、この離れた距離で、テラスのような場所から覗いている俺を、しっかりと見つめ返す。 ベルブは俺に向かって、唇だけを上げて微笑んだ… う、ううぅっ…♡ ま、まぶしい…… 見つめ返せんほどに……っ♡ 胸が苦しくて、フェイスベールの下で顔を真っ赤にしながら…。手で隠す必要も無いのに、さらに顔を隠そうと慌てて左手を口元に当てる。あぁ、心臓の音がうるさい… あの悪魔めっ… も、もう…俺を見るのをやめろ…♡ さらに惚れこんじまって…変になっちまう…… ベルブは漸く俺から視線を逸らすと、魔族たちを静かに見つめた。 「もういい…(おもて)を上げろ。さぁ、宴を始めよう」 その言葉と共に、ルゼブや他の悪魔たちが顔を恐る恐るといった様子で顔を上げ始める。 「み、皆の者…!盃を掲げるがいい…」 ルゼブはそう言って、慌ててグラスを前に突き出すように持つ。 「ベルブ様に乾杯を…」 ルゼブのそんな一言で、魔族たちはグラスを交差し合う。隣にいたマーレをふと見ると、マーレは柔和に微笑んでいた。そして自分のグラスを、そっと俺のグラスに近づけ、乾杯の仕草をした。 「お召し上がりください、ライラ様」 マーレがそう言って微笑むから、ベルブのせいで落ち着かない胸の高鳴りを感じつつも、それを誤魔化すようにグラスを口に持っていく。フェイスベールが邪魔で……一瞬戸惑いつつも、片手でベールを捲りながらそれを飲んだ。 口の中にすぐさま渋みと深い香りが広がる。鼻を抜ける香りを楽しみながら、呟いた。 「この酒…美味い……」 すると、マーレは優しく頷く。 「お気に召されたなら何よりにございますよ」 マーレはそう呟きながら、そっとベルブの姿をもう一度確認するかのように、会場の方へと目を向けた。俺もそれにつられるように、もう一度ベルブの姿を確認してしまう。 すると、マーレが落ち着いた声色で、再び口を開いた。 「私達は悪魔は…。時に忘れてしまう……しかし、いつどこに居ても、この心の奥底には、畏れ、ひれ伏し、抗えない……。この王族が持つ、最高位――大天使ルシファーの血は――……絶対的な力を秘めているのです」 マーレはそう言って、その胸の辺りに自分の右手を当て、目を伏せた。 ーーーーーその頃ーーーーー (悪魔side) 「兄様…!圧倒的な美…!兄様!この世のものとは思えぬほどお美しい…!」 ルゼブはその尻尾を激しく跳ねさせて、俺をじっくりと見つめてくる。ハァハァと息の荒い弟を見つめ返しながら、呆れたように笑った。 なんだか…気が抜けるな… 先程まで…乾杯が始まるまでは緊張感があった。ルゼブが他の悪魔たちを攻撃するのではないかと気が気では無かった。 本当はルゼブの乾杯の合図が終わって、悪魔たちが酒を酌み交わし、一息置いてから俺がこの場に現れる段取りだったのに…。予定は狂ってしまい、乾杯から立ち会うことになった。 まぁ、そのような定められた段取りなど、俺は特に気にしてはいない。その威厳を保つため……それだけのために定められた段取りだ。ルゼブが考えてくれた予定を前後させてしまったことは悪いと思っているが、あのような状況では姿を見せるしか無かった。 しかしながら吉と出た。俺がこの場に現れることで、反抗的な悪魔どもを黙らすことができたのは一安心だ。 階段の上に置かれた黒い革製のソファーに腰掛け、脚を組んで肘掛けに腕を置く。 「ルゼブ、先に来てしまったから下がろうにも下がれんな…」 本当はコッソリ、先にライラの所に行きたかったのだけれど。チラリと斜め上、丁度真反対の遠い場所に見えるライラの姿を見つめながら呟く。 ライラのあの姿…よく似合っている。早く近くで見たい…。 丁度こちらに背を向けて、マーレと酒を飲んでいるらしい。あのスータンのような装束。ライラの身体付きが映えている…その尻を撫でたら怒られるだろうか…。 あぁ…早く触れたいな。似合ってると褒めちぎって、ベールの下で恥ずかしがるその顔を近くで見てやりたい。 「兄様……そうですね。一度お姿を見せてしまったからには…暫くここに居ていただかなくては…」 「そうだな…」 唸るようなため息と共に短い返事を返し、召使いたちが注いだ果実酒に口を付ける。退屈だ。ライラの傍で飲みたい…。 「…面倒だな。奴ら、俺に近付こうとしてる」 広場で行き交う悪魔たちから、こちらへチラチラと視線が投げかけられるのを見つける。これだから嫌なのだ…。先程まで文句を垂れていたくせに…手のひらを返したように媚びへつらう低俗な悪魔共め… 「兄様。お気持ちは察しますが、彼らも有力な悪魔たちですよ。そのような悪魔たちでさえ、兄様が王に相応しいと感じて、献上の一つや二つ納めたくなるのでしょう」 ベルブは満足気にそう言って、俺へニコニコと笑いかけてくる。 「…あぁ、そうか。たが…奴らの考えることは低俗だ」 「…えぇ…否定はしませんが。彼らからの検討品は全て拒否なさいますか…?兄様がそうしろと言うのなら…」 「…そういう訳にもいかないんだろ…。だが、きっと不快なものばかりだ…。ほら、さっそく厄介な悪魔が…」 はぁ、と再び溜息を漏らす。この場所へとさっそく、一匹の悪魔が階段を登り始めていた。その姿を見つめながら、俺はもう一度ライラのいる場所を見つめる。ライラもまた、こちらを見ている様子だ。恐らく、今階段をこの一匹の悪魔が上がり始めたからだろう。こちらの様子を気にしている… 「ベルブ様…ご機嫌麗しゅうございますね。随分とご無沙汰しておりましたが、お美しい…如何にも、王として君臨するに相応しいお姿で……」 階段を登り終えたその悪魔は片膝を地面につき、深々と頭を下げてくる。そして膝を付いた姿勢のまま、その悪魔はゆっくりと上半身を起こしていった。 彼は複数の頭を持っていた…真ん中には髭を蓄えた凛々しいの男の顔、そしてその左右に牡牛と牡羊の頭を持っている。 「どうした、一番にここへ来るとはな…」 「えぇ、ベルブ様…。高貴なベルブ様に相応しい貢物を献上したく……」 「…お前の献上品に良い覚えはないな」 そう呟きながら、その悪魔の瞳を見つめ返す。黄色くギラついた瞳がこちらを見据え、ニヤリと歪んだ笑みを唇に乗せていた。 「左様でございましたか…?今のベルブ様に見合う品でございますよ…」 悪魔は自信に満ちた表情でそう言うと、彼の召使いであろう悪魔たちが2匹、階段を上がってくる。彼らはケープのような装いを纏い、フードで顔も隠れていた。 「……またそのような献上品を…」 俺は呆れた声を漏らす、献上品の予想がついてしまった。この悪魔はいつもそうだ…。 「ご覧くださいませ…。ベルブ様の最近の嗜好を取り入れ……」と、悪魔は呟きながら。彼の背後に立ち、姿を隠していた2匹の悪魔たちのケープを剥ぎ取った。 「牝ではなく……牡を連れてまいりました。いかがです…?」 黒いケープの下から、露出の多い、艶かしい体つきをした悪魔……正確には、夢魔だが…それもこの悪魔の言う通り、インキュバス…男の夢魔が2匹、扇情的な眼差しで俺を見つめる。 「選りすぐりのインキュバスにございますよ。彼ら以上の逸材は無いほどに…。鍛え上げられたこの肉付きに、この美しい顔。人間だけでなく、悪魔でさえも、虜にさせるほどでしょう?」 全く…。アスモデウスめ…。 前は俺に何度も女を送り付けてきていたが… 今度は男か…。 「……不快だ。いらん」 「に、兄様…!言ったそばから…!お受け取りになられてくださいませ…!」 「要らんものは要らん。アスモデウスよ、もっと……マシな貢物はできんのか…」 「ふふふ、何をおっしゃいます。色欲を司る私としては、最高級の貢物にございますよ」 頭を抱えながら項垂れ、3度目の深い溜息をついた。 やってられん… 「分かった、受け取る。ルゼブ、お前が管理しろ」 手に余るなら他の悪魔にでも譲れ…、と弟の耳元で告げながら。ルゼブは戸惑いながらも反論を飲み込むような表情で、渋々頷く。 そしてチラリとアスモデウスの後ろを見ると…… 「あぁ…最悪だ。一匹受けたらこれだ…もう献上品を捧げる列が……」 眉間に皺を寄せながら、アスモデウスの後に並び始めた悪魔たちをウンザリと見つめる。 仕方ない…。 受け取るしかないんだろう…。 ならば、手っ取り早く終わらせよう。 「良いかお前たち!献上品は1つまでにしろ。お前たちの気持ちはしかと受け止めているからな」 毅然とした態度を装いながら、腹から低い声を出すように凛と告げる。 本当に面倒だ…。 しかしこれも全て、ライラとの未来のため…。 甘んじて受け入れるしかない。

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