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(悪魔side)
漸く終わる…。やっとだ…
献上品を捧げようと屯していた悪魔たちの列が、ついに消えた。
「視界がやっと開けたな…」
ボソリと呟き、待ち焦がれていたように遠くのライラの方を見つめる。彼の傍にはマーレが居る、そしてフェイスベールもある。他の悪魔に狙われている気配もなかった。
「兄様……どっとお疲れのようですね…」
ルゼブがそう言って申し訳なさそうに眉を歪ませる。罪悪感を抱くようなその表情を見て、ルゼブの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「あぁ、疲れるな。……だが、良い宴だ。王としての威厳作りは……正直に言って、俺にはよく分からん。だが、必要なことだ。この悪魔達に権威を見せなければならないことは理解してる。だからこうして計らってくれるお前……ルゼブに、感謝するよ」
真剣な表情でルゼブに伝えた。父はまた忙しなく地獄へ行っている、奴はこの宴のことも知っているだろうが、この場には姿を現さない…
もしこの弟が居らず、なんの段取りもなく戴冠を迎えれば、きっとこの悪魔たちの反感を数倍にして買っていたことだろう…。
その現状を目の当たりにした気がする。
ルゼブは目の下のホクロの辺りをピクピクと痙攣させつつ、心底嬉しそうに笑った。
「兄様……そのお言葉だけで、僕は報われます…。兄様…」
ルゼブの赤い瞳は爛々と輝き、俺の足元に跪きながら見上げてくる。うっとりとした表情を浮かべる弟に、「大袈裟だ…」と呟きつつも、優しく微笑んだ。
「そうだ…兄様。お食事は気になるものがあるでしょうか…?兄様のお好きな年代の果実酒も用意がありますよ…!」
ルゼブはそう言って、数名の召使いたちに料理や酒を運んでこさせる。
「そうだな、少し頂くか」
食欲も無かったが…
ルゼブの表情を見ていたら、手をつけないわけにもいかず、運ばれた食事を適当に食べてみる。
その間もライラを見つめ…
彼の隣に控えているマーレが羨ましい…。ライラも何か食べてるな…。ライラの口に合っただろうか…。
「ルゼブ……」
「どうしましたか、兄様…!」
「……俺はいつ退室できるかな」
「兄様…ご体調が優れないのですか…?」
「まぁ、そんなところかもな…」
覇気のない声で呟くと、ルゼブは慌てて時計を確認するような仕草をする。
「承知しました、兄様。食事も出終わりましたし、あと1時間もすればこの宴は終わります。ですので、兄様だけ先にお部屋へお戻りなりますか?お姿を見せて彼らとの交流もなさったので、もう十分かと……」
そう言われ、賑やかな会場の様子をもう一度見回した。
そうか…あと1時間もすれば……ライラの傍へ行けるのか。
この数時間に渡る宴で、乾杯から最後まで悪魔共の相手をして既に酷く疲れたが……
終わりが見えてきたと思うと、最後までここに居てやろうかという気概になってくる。
「もうすぐ終わるんだな…。なら、最後までここに居よう。この悪魔共を監視しておいてやる」
フッと小さく笑いながらそう伝えると、ルゼブはまだ心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だ。やり切ってやろう」
ルゼブを安心させるように呟き、もう一度ライラの方を見つめていた。
ーーーーーーー
宴の会場は、召使いたちの撤収作業に追われている。先程までとはまた違った騒がしさがその場を包んでいた。宴の最後に任された役目……このパーティが終わるという挨拶まで終えた俺は、ルゼブの段取り通りすでに広間から退室していた。
締めの挨拶と言っても、俺が発言したのは一言二言だ。今の彼らにはどんな言葉を与えてもそれっぽく話せば、恐れ慄く。ベラベラと喋るよりも言葉数が少ない方が箔が付くだろう……まぁ、実際は、面倒だから簡単に済ませたかっただけなんだけど…。
俺が先程まで座っていた場所の背後、つまりは俺が最初出てきた扉を通って、悪魔たちに見送られながら、弟と共に、一足先に退場したのだった。
「兄様、お疲れでしょう。ゆっくり体をお安めになってくださいね」と、ルゼブがその廊下で声をかけてくる。
「あぁ、お前もな」と、微笑みながら返事をした。
そして俺は……ライラの元へと、瞬時に移動した。突然姿を消そうとするから、そんな俺に驚くルゼブの声がする……それを遠くに聞きながら、目指すのはライラがいる場所の、すぐ後ろの扉。あのバルコニー席のような場所へ続く通路に移動する。
「ベ、ベルブ様ッ…!?」
バルコニー席に繋がる狭く暗い通路で、ランタンを持って衛兵のように立っていた魔族たちが大層驚いた声をあげる。彼らは慌てて跪いた。
「…楽にしておけ。ライラに会いに来ただけだ」
彼らにそう告げると、1匹が直ぐに立ち上がって目の前のドアを開ける。召使いが赤く垂れたベールを捲ろうと腕を伸ばしたが、俺はそれを断るようにさっさとベールをくぐって抜ける。
視界が開けた途端、マーレの姿が一瞬にして蝶になるのが見えた。
「マーレ…!?お、おい…どうした?」
マーレが突然姿を変えるから、その隣にいたライラが驚いている。その後頭部と背中を見つめながら、そっと近寄った。
まるで悪戯を仕掛けるかのように、ゆっくりと忍び足で近づいて行く。しかしライラは、やはり異常な六感を持っているかのようだった。なんと、急に俺の方を振り向いた。
「あっ…ベルブ……」と、いうライラの一言と共に、ライラはガバッと立ち上がる。
フェイスベールでその表情はよく見えない。だけど、ライラの瞳は大きく開かれ、俺を待ち焦がれてくれていたかのような期待の色が見える…。
「マーレ。この装束、評判が良かったぞ。流石だな。今日はもう下がっていい」
蝶になったマーレの姿を探すこともせず、しかし近くにいるのだろう、と、マーレに声をかける。そして直ぐにライラの方へ距離を詰めた。
「ライラ、座って?」
先程までライラが座っていた場所、フカフカとした、その赤いベルベットのマットに腰掛けた。まだ呆然と俺を見つめて立ったまま、戸惑っているかのようなライラの腕を掴み、強引に引き寄せる。隣に座らせたら、直ぐに肩や腕が密着するほどにくっっいた。
「…ライラ。宴はどうだった…?」
ライラの方へ体を傾け、その頬に触れてこちらを向かせた。
「…す、すごかった……俺の知ってる悪魔も居て…」
ライラは視線を泳がせて…こんなに近くで見ると…フェイスベールの透けた質感から、その表情が僅かに見える。もう、恥ずかしがって…見えている耳も赤い。
「へぇ、確かに。ライラなら詳しいもんね…。食事は?美味しかった?」
さらに顔を近づけ、目元以外はベールに覆われたライラの顔をじっくりと眺める。その距離は顔と顔の間に10cmも無かった。
「ぁ、…あぁ…。美味かった……酒も…美味しかったし……。お、お前…顔が近い……っ」
「ふふ、このベールでよく見えなくて…。でも、凄く似合ってるね…その服」
ライラの耳元に唇を寄せて、低い声で囁く。
「っ……お、お前…こそ…」
「俺…?ライラに褒められると嬉しい。俺が登場したとき、ライラ…俺こと見ててくれてたね…。似合ってるって思ってくれてたの?」
ライラの耳元に問いかけながら、その手を取る。ピクっと動く彼の手のひらに温もりを求めるように指を這わせて、手に刻まれた皺を確かめるかのようになぞった。
耳元で囁いているからか、ライラの呼吸が熱っぽく乱れている。あぁ、可愛いな。
「……お前に、見惚れちまった…。凄く…綺麗で……」
フェイスベールの上からでも分かるほどに顔を真っ赤にさせながら、ライラが呟いた。合わない視線を追いかけて重ねようとする。
ライラにも、少しは王らしく努めているところを見てもらえていた。あの時の眼差し……俺に見惚れてくれていたのか。ライラに褒めて貰えるのなら、こんな衣装に身を包むのも悪くない。
「…嬉しい。俺のこともっと見て?ライラに見つめられたいな…」
まるで口説き落とそうとでもしているかのように、甘ったるく掠れた声で投げかける。
ライラは必死な表情で眉を顰め、揺れる視線をなんとか、俺の方へ向けてきた。
「…ベルブ……っ」
情熱的な視線だ…。愛おしさが込み上げて、そっとフェイスベールの紐を、左耳から摘んで外す。ベールの下には紅潮した頬と、息が荒くなって薄く開いた唇が見えた。なんの躊躇いもなく、直ぐに唇を重ねた。
「ンッ……♡」
ライラは鼻に篭るような吐息を漏らしてキスを受け入れた。弱々しく抵抗するようにこの肩を押し返してくる手を捕まえる。
「…馬鹿……下にお前の悪魔たちが…!」
「召使いたちには、見えないよ…」
そう返すと、ライラは驚いたように瞳を大きく開ける。
「お、お前また…魔術を…!」
「そのベールは俺の魔術以外は跳ね返す。俺が作っておいたからね」
「そうなのか…!?これ…お前が……?俺のために…」
「そう…。この魔界で、城の外の奴らに会うときは、それを付けててほしいな…」
ライラの頬を撫でながらそう伝える。ライラは恥ずかしそうに顔をまだ赤くしながら、小さく頷いた。
「分かった……。お前から貰ったもの…大事にする…」
ライラはその左手をギュッと握って拳を作りながら、掠れたような、か細い声で呟いた。
…そうか。俺から直接的に、ライラに何か物を贈ったのは…これが初めてか…?
今度は、他の物も与えたい。いやでも、ライラは物欲が無いからな…。煙草くらいか…?そう言えば煙草やライラの好みそうなものは、取り急ぎ用意させたものをマーレから渡したはずだ。
「…魔界での日々が始まってからも、必要なものがあったら俺に言って?人間界のものも用意させる。ライラが不自由なく過ごせるようにするからね?」
「…わ、分かった……けど、ホントに、別に何も要らねぇ…。ただ、お前が、居てくれたら……」
ライラのそんな一言で、俺の胸の中がじんわりと熱くなる。俺は、悪魔のくせに……この幸福感はなんだろう。幸せだ。
「…ライラ。俺はライラと居るよ。王になっても変わらない…寧ろライラと居るために王になる。それでさ、本当に、何でもいいから。小さいことでも、俺に、たまには我儘を言って欲しいな…」
ライラを見つめながら尋ねると、彼は目を逸らしながらソワソワと身を縮める。
「ライラ…?ねぇ、何かあるんだよね…?なんでも言ってよ…」
ライラの欲望を引き出したくて…。それが些細な願いでもいい。ライラのために…
「……じ、じゃあ……。飯…足りねぇ。もっと…食いたい。あと…甘いものも…」
顔を赤くしたライラがそんなことを言うから、俺は思わず、ぷはっと吹き出して笑う。
「なんだよ…!笑うなっ…。食い意地張ってて悪かったな…!」
「ごめんね、忘れてた…。ライラって凄く食べるよね。あと、食後のデザートも必要だったね。じゃあ俺の部屋に持ってこさせよう。俺もあまり食べてないんだ。二人でゆっくり食事しよう?」
「…それは……なんだ、…その、……凄く良いじゃねぇか…。お、俺も……お前と二人で、落ち着いて飯食いてぇし…」
ライラは凄く照れている、そして嬉しそうだ。ライラの顔にフェイスベールをもう一度付けさせると、2人を包んでいた魔術を解いた。そして、魔力を込めながら指を弾いて鳴らす。
すぐさま、背後のドアが開いて控えていた召使いたちが現れた。
「俺の部屋へ食事を用意しろ、まだ料理が余ってるだろう。ルゼブが用意してくれた果実酒も持ってこい。食後には何かデザートを作れ」
「…お、おい。今から作らせるのか…?気が引けるぜ…」
ライラが困ってる。良くないな…
えぇっと…
「ならば城にあるフルーツでいい。直ぐに用意できるデザートを持ってこい。……これでいい?ライラ」
「…お、おぅ…」
「じゃあ、俺の部屋に行こう。バルコニーから月が見える。そこで食べよう」
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