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第二十一章:『深淵』
【第二十一章:深淵】
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(悪魔side)
「…気持ちいいね」
そんな一言を呟きながら…
目の前のライラを見つめていた。
目の前に並んだ料理がこの男の胃袋に収まっていく光景が……見ていて、なぜか気持ちいい。
モグモグと口を動かすライラは、まるで口の中に木の実を詰めるリスのような…小動物的な可愛いらしさがある。
「……んめぇ。あぁ、このチキン…。もっと食いたかったんだよ…」
そう言って、鳥の香草焼きのようなものを皿に取るライラを見つめつつ、思わず微笑む。
魔界での1日、特に今日のような儀礼的な行事があると、ライラを酷く疲れさせてしまうだろうと思ってた。
俺としては、堅苦しいあの雰囲気は息が詰まるし、常に誰かに監視されているあの感覚…。さらには、俺にとっては召使いたちがうろちょろと周りを歩くのも煩わしい。この装束も…ここに来ると着飾らなければならないからそれもまた鬱陶しい。もっと動きやすい服装が楽なのに。
そうは言えど、俺は幼い頃からこのような環境で育っているから、この城の雰囲気や召使いたちが傍に控えるような生活に慣れてない訳ではない。扱い方も知っている。
だが、ライラはどうだろう。
人間にとっては恐ろしいはずの見た目をした悪魔たちや、謎の魔族の召使いたちに囲まれ…
四六時中、召使いたちに付きまとわれる。そして、王位継承する俺の伴侶ということもあり、彼には好奇の眼差しも向けられる…。
「ライラ。今日は疲れたでしょ?」
食事が終わったら触れ合いたいと思っていたけど…。今夜くらいは休ませてあげるべきか、と思いながら、優しく微笑む。
切り分けたチキンを頬張るライラが、きょろりと瞳を開けて俺を見た。
「ん…?」
モグモグと咀嚼したあと、布ナプキンで口を拭い、果実酒で口の中のものを流し込むような仕草をした後に、ライラは少し笑った。
「あぁ、少しな。でも、今日は朝が遅かったし、ゆっくり昨日は眠れたから平気だな。ベルブは?眠いのか?」
…?
ライラ、凄く元気…?
「そうだね、俺は疲れたな…」
困ったように笑いながらそう返し、要らぬ心配だったか、と胸を撫で下ろす。
ライラを見くびってはいけないな…。
そうだ、彼は、数時間にも渡る悪魔との我慢比べ……悪魔祓いを、一日に何件もしていたような男だ。
車を運転して遠方の街へ出張し、悪魔を祓い終えると、また次の場所へ向かって、悪魔と戦う。
休みなくそのような日々を送ってたライラが、突然このような環境に投げ込まれても体調一つ崩さない……か。
「ふふ。ライラって、頼もしいね」
まさに、俺の伴侶にピッタリだ。それほどまでに強い精神力を求めてたわけではないけれど…ライラの常人離れした忍耐力と強さに安心感を覚える。
こうして心配してしまったのは、ライラが俺に弱みを見せてくれることがあるから。ライラを守らければと常に思っている。
だけど、こうしてよく分かる。
最強と言われていた彼が崩れてしまうのは、きっと、俺の前だけだと…。
「…そうか?もしかして、俺があの宴の高位の悪魔たちにビビったと思ってるか?」
ライラはそう言って、フッと悪く笑う。
「逆に興奮したぜ…。悪魔の辞典に載ってたり、聖書で読むような悪魔たちがワラワラ居たんだからよぉ…。マジで存在してたんだな…!」
そう言って、ライラは果実酒のボトルを手に取った。俺のグラスに注いでくれる姿を見つめ、思わずクスリと笑ってしまう。
「ありがとう、ライラ。俺の王族の立場のことも、この場所のことも。受けて入れてくれて…」
そう伝えると、赤い月明かりに照らされたライラの顔が柔らかく綻ぶ。
「当たり前だろうが…。礼を言われるほどのことはしてねぇよ。寧ろ、俺の方が感謝してる。案外、魔界って悪くねぇよ。お前の気遣いで過ごし易いし、マーレとかルゼブと関わるのも面白い」
ライラはそう言ってニコリと笑った。
こうして話していると、2人で過ごすこれからのことが、さらに楽しみなものに思えてきた。王になることへの面倒臭さや億劫な気持ちはあるが、こうしてライラと過ごせる時間があるのならば……
どんなに面倒だと思えることも耐えていける気がする。
ライラが注いでくれた酒を飲みながら、フルーツを食べ始めたライラを眺める。
「ねぇ、ライラ」
「ん?」
「こっちに来て?俺の膝の上に座ってよ」
「ンッ、ゴホッ…!」
唐突な提案のせいか、一瞬のうちに顔を赤くしたライラが果物で噎せている。
「お前な…。膝の上なんかに座ったら食べづらい……」
「近くに来てよ。膝の上でもフルーツは食べられるよ。俺がライラの口に運んで、食べさせてあげる」
「チッ…。何言ってんだ…」
真っ赤にした顔でライラはブツクサと口先で文句を言うが、彼は既にヨロヨロと立ち上がっていた。躊躇いながらも俺の方へ踏み出し、椅子に座っていた俺の上へ腰かけようとしている。
「横向きに。ライラの顔、見てたいから…」
俺の近くに来たライラを椅子から見上げながら、組んでいた脚を解き、彼の手を取る。
「うぅ……なんだこれは……」
横向きに座るライラを膝に乗せて、彼の腰に腕を回して支えた。俺は深く椅子の背もたれに背中を預けながら、膝のうえにちょこんと無理に座るライラの大きな体を見つめる。
「すっごく可愛い…。次はどのフルーツを食べたい…?」
右手に持ったグラスを仰ぎ、果実酒を楽しみながらライラの横顔を眺めて……
そんな風に尋ねると、ライラは顔を伏せて背中を丸める。
「オ、オレンジ…食う…」
「分かったよ…」
グラスを持っていた右手で、グラスの脚から人差し指だけを離し、フルーツの盛られた皿へ向ける。そして魔力を込めると、ふわりと浮かせたフルーツを俺の左手へ運んだ。
「ほら…口開けて……?」
「ん、…ぁ……」
ライラの顔を覗き込めば、開かれた口が見える…その口内の濡れた舌に、俺との契約印がくっきりと見えていた。
思わず笑みが漏らしながら、そっとライラの口の中へ橙の果実を放り込む。
パク、とそれを受け取ったライラは、俺の顔のすぐ上辺りで、モグモグと食べ始めた。
真っ赤にしている横顔が見える。俺からの視線に耐えきれないように、その肩が少し震えていた。
ライラをじっくり眺めて、グラスを仰ぐ。
良い眺め…。
あぁ、少し目が霞む…。
疲れか…?
目を手の甲で擦って、ライラをもう一度見つめ直した。
「おい…もう良いだろ…。ベルブっ……こんなの、恥ずかしいから……飯食えねぇ…」
ライラの温もりが離れようとする。
駄目だ、もっと近くに……
「嫌だ、そばにいて…?離れないで…」
ライラの体にもう一度腕を回す。ライラの温もりや匂いを感じながら、深く息を吸った。
少し体を離すと、ライラが俺の膝の上に座った体勢のまま、俺を見下ろしてくる。
「ベルブ…」
「うん…?どうしたの…?」
ライラに甘えるような視線を向けながら、ライラだけを見つめた。
するとライラが俺の両頬を掴むようにその両手で優しく挟んでくる。心地よくて、目を細めた。
「お前……飲み過ぎだろ…。なんか…酔ってねぇか…?その目……トロンとしてる…」
「…ん…?俺がこれくらいで酔うはずないよ…」
酒に酔ったことなんて1度も無い。この体はこの程度のアルコールなんて……
「…ベルブ?」
「…ふふ、ライラ。。どうしたの…。もっと俺の名前呼んで…?俺のこと…好き?」
両頬に触れるライラの手に、自らの頬を擦り付けるように顔を動かす。
「っ…、お前な…。好きだよ…!つーか、やっぱ変だ…。酔ってるだろうが…もう飲むのやめろ…」
「ぁ…」
右手からグラスを取り上げられて、虚ろにライラを見つめる。
「…だから、なんだよ……その目は……っ」
ライラは顔を真っ赤にして、悶えるように俺を見ている。
その目…?どんな目だ…
分からん…
どうでもいいけど、ライラに甘えたい…
とりあえずライラを抱き寄せて強引に引っ張り、その首に唇を押し当てた。
「ンッ……♡…やめ…ろ……ベルブ…!…この酔っ払いが…♡」
「酔ってない…ライラ……好き…」
スータンのように立っているその襟が邪魔だ…
首筋はその立襟で覆われているから、耳の下辺りにに吸い付くようにキスをしたら、ライラが身を捩らせた。真っ赤に潤んだ彼の瞳が恥ずかしそうに俺を見つめ返す。
「寝室に行く…?」
ライラの頬を指で撫で下ろしながら尋ねると、ライラは拗ねたように口を尖らせる。
「…お前、酔ってるって。ホントにできんのかよ…」
「酔ってないってば…」
「だってお前、いつもと違うぞ。顔もなんかちょっと赤いし…目も…」
「それは、俺の大好きなライラが近くに居るからじゃないかな?」
ライラの顔を覗き込みながら悪戯に微笑む。照れてる顔が愛おしい。
「ほら、まだ食べる?早く食べ終わらないと、ここでライラを食べちゃおうかな…」
その耳元に唇を寄せて、低い声で囁く。まだ皿に残っているのはイチゴだ。ライラが人間界でイチゴミルクを飲んでいたことを薄らと思い出す。確か、イチゴ味の飴も舐めてたような…。
たぶん、ライラはイチゴが好きだ…
好物を食べさせてやりたい欲求と、ライラと触れ合いたい欲求が交差して、ライラを脅すように声を掛ける。右手を皿へ向けて、魔力で宙に浮かばせた皿をライラの方へ引き寄せた。
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