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第二十二章:『蠢めく影』
【第二十二章:蠢めく影】
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(悪魔side)
じわりと炙られるような痛みが身体に走った。
ドアの向こうに居る奴らからこのような形で攻撃を受けるとは予想しておらず。物理的にドアを蹴破られてしまうことを留めるまでにしておいた、簡単な魔術が解けてしまった。
壊される...!
そう思った時にはもう遅く、魔界にライラを連れて逃げるのは......不可能だと判断した。彼に触れていなければ一緒に移動できない。
ドアを蹴破られるその一瞬で、ライラのほうへ1歩踏み出し、体に触れ、直ぐに姿を消すまでの時間は無い。
木が軋む大きな音ともに、強引にドアが開かれた。
「ライラさん!!!」
そんな大声がして、あの神父...アダムがそこに立っている。後ろの男性、彼が司祭の方か。
吐き気がする...アダムの抱えている十字架が不快だ...
仰々しいほどに大きな造りで、毅然と十字にクロスする銀の塊を睨みつけた。
「はっ......」
アダムと司祭を見た後直ぐに、ライラが慌てた様子で俺の方を振り返った。
ライラの視線はいつもの俺の目線の位置に向く......しかし、即座にその目線の高さには " 何も居ない " ことに気づく。ライラはその目を見開いた。その瞳だけが瞬時に下へ移ると...... 背の低くなった俺と目が合った。
「い...犬っ......」
ライラは小さな声で呟く。
そう、俺は瞬時に犬に変化 した。
ライラはアダムたちを忘れたかのように、黒い毛並みに覆われた俺を見て立ち尽くす。驚愕したその瞳に "大型の犬の姿" に化けた、俺が映しだされていた。
「...服をちゃんと着てくれ...奴らの目を潰したい...」
ライラにしか聞こえないくらいの声で人語を話す。ライラは途端に顔を真っ赤にして、腰紐が解けそうになっていたガウンを整える仕草をした。
「ラ、ライラさん...?あの...」
ライラの行動に戸惑うアダムの声がする。どうでもいいが、お前はとにかくその十字架をしまえ...
体が威嚇の姿勢に入っていて、ウ"ウ"ウ"っと、低く鋭く喉の奥を鳴らす。尖った耳を伏せ、尻尾の毛が逆立つ。犬種を剥き出しながらアダムと司祭を睨みつけた。
そんな犬の俺を見て、ライラがハッと彼らの方を振り向く。
「あ、あぁ...。すまない...。何か用か?十字架 を出してどうしたんだ。必要無いからしまってくれ...」
ライラは俺の意図を察したかのように、アダムたちに十字架をしまうように呼びかける。アダムが持っているあの大きな十字架......向けられているだけで嫌悪感がする。
「でも、ライラさん...!もしかして悪魔に襲われたのでは!?」
そんなアダムの一言は、きっとライラの肝を冷やしていることだろう。
"悪魔に襲われた"という言葉は、どんな意味にも捉えられる...。単に悪魔に攻撃をしかけられたという意味か、それとも......俺のような悪魔に彼が執着されていることを刺すのか...。
当然、ライラが俺との関係をこの青二才の神父や脂ぎった司祭に伝えているはずがない。
ライラはもうお前たちの知るような人間ではないのだ。
悪魔の願いで聖職と妻を手放し、エクソシストを辞め、悪魔の伴侶となることを選んだ男だ。その口を大きく開けば...俺との悪魔の契約印まで持っている男だぞ...。
アダムと司祭を値踏みするように睨みながら、ライラがどのように対応するのかを見守る。
「急になぜそんな心配を」と、返したライラの声は至って冷静だった。不信感を伺わせないように努めるライラの言動を確認しながら、あのアダムたちに彼の全てを暴いてやりたくなる。
ライラは俺のものだ...。
「向かいの家での火災で、"ライラさんが助けに入ったのに姿が消えた" と事件になってるんですよ!あれは悪魔の仕業だと思って...!でも、無事で良かった...」
そのアダムの説明で、"悪魔に襲われた"という言葉の意味の裏を明かした。ライラは一安心したところか...?俺のことを悟られている訳でないようだ。
「あぁ。あの火事のことか...。まぁ、この通りピンピンしてる、とにかく平気だ。それより、十字架はしまえ」
ライラはそう言って強引にアダムから十字架を下げさせ、アダムは漸くそれをバッグにしまった。
「それで、アダムと司祭は火災の件で俺のところへ?」
「えぇ。消火した跡からライラさんが見つからなかったので、悪魔に連れ去られたりしたのではないかと...」
「まぁ...アレはたしかに悪魔の仕業で、...俺は連れ去られて。だが、連れ去られた先で戦って祓えたからこうして無事なんだよ」
ライラは機転を利かせて適当な嘘をついているらしい。長いマズルをツンと上に向けながら、眼光を鋭くさせ、その招かれざる客人たちをジットリと睨みつける。
「ところで、火事の中から向かいの夫婦の、旦那の方は助け出せたか...?」
「えぇ、無事でしたよ。ライラさんが2階の部屋に飛び込んだ後、直ぐに消防隊が来て消火されたそうで...。ただ、目にも止まらぬ様な速さで "黒い影" が2階の部屋に飛び込んだとか...ソレが悪魔だったのかもしれませんね...」
......それは俺のことだろう。
あの時、無我夢中でライラの居た部屋に飛び込んだ。だが、容姿まではバレてないらしい。
「そ、そうだ。ソレが悪魔だ...」
ライラの声に動揺が滲む。
ライラも、アダムの話すその影とやらの正体が、ライラを助けに来た俺のことだと察しているようだ。アダムに合わせる形であの場であったことを隠そうとしている。
「やはりそうですか...。やむを得ない状況での悪魔祓いは正当防衛です。咎めるつもりはありませんよね、司祭様...?」と、アダムが司祭に尋ねた。
「致し方ないことですな...。寧ろ対峙したのがライラ殿でよかった、さもなければその悪魔の餌食になっていたはずだ。やはり、腕利きのエクソシスト...」
司祭がそんなことを言うから、ライラはバツが悪そうに眉を顰めている。嘘をついていることへの罪悪感でも感じているのか...?
それよりも、この司祭。ライラで良かった、などとよくそんな口を聞けたものだ...。ライラは犠牲になってもいいと...?信頼を向ける言葉を告げておきながら、ライラを危険な矢面に差し出す考え方。その醜い腹の底まで今ここで八つ裂きにしてやってもいい。
しかしライラがいる手前だ。その激情をなんとか踏み留まろうとする。
...兎に角、ライラは無事だったんだ、もう確かめられたはずだ。早く帰れ。
ウゥ、と唸るような声が漏れ出ると、ライラは焦ったように数歩踏み出す。彼らを家の外へ追い出すかのような動きだ。
「...心配してくれたところすまないが、その悪魔のせいか、疲れてるんだ。休ませてくれないか」
そうだ、凄くいい。ライラ、そのまま早く彼らを帰らせてくれ。
「...実は、別のお話もあって...」
アダムはそう言って、司祭の方をチラリと見た。
「ライラ殿......ご協力願いたいことが...」
司祭がそう言うと、ライラの声色が変わる。
「やめろ。もう悪魔祓い云々 には関わらんと伝えたはずだ。帰ってくれ」
ライラは途端に強い口調になり拒絶を示していた。
「悪魔祓いをしてくれとまでは要求しませんから...!ライラ殿......ただ、現場を確認するだけでもいいのです......私達も、警察も...お手上げなのです。とんでもない事態で...」と、司祭は必死の形相で語りかける。
「......いくらそう言われても、俺はもうただの一般人なんだ...!」
ライラは苦しそうな声色でそう言った。随分と葛藤しているようだ...。ライラの正義感のせいでその心は揺らいでいる。
ライラの拒否する声に便乗して、俺は激しく吠えたてた。大きな咆哮で追い打ちをかけながら腰を上げ、膨らんだ尻尾を跳ね回すように動かして吠え続ける。
突然のことにライラは戸惑い、アダムたちは気圧されたように1歩たじろぐ。彼らはライラの背後にいるこの大きな犬を警戒するように見つめてくる。
「...俺の犬も警戒してる、急に家に来られると迷惑なんだ。頼むから、帰ってくれ」
パタタ、と尻尾を地面に当てながら、ライラの隣に座り、その左手に顔を擦りあてる。ライラは反射的に俺の頭を撫で、宥めるように手を動かした。
撫でてもらいながら、もう一度アダムたちを睨む。
さっさと失せてくれ、俺たちの邪魔をするな...。
その時、アダムが司祭の話に加勢するかのように口を開いた。
「...トラックの事故のことですよ...。ご存知でしょう...!?」
トラックの事故...?
「...アレか。数日前にトラックが事故を起こした事件なら新聞で見た。そんなを持ち出されても、そして例え悪魔が関係してようとしてなかろうと.....もう、何にも首を突っ込むつもりはない...」
新聞か。確か、魔界でライラの為に人間界の新聞を買って寄越させた。ライラは新聞を読むのが日課だったようだから。そのためにライラは、そのトラックの事故とやらを知っているのか。記憶に残っているということは、大きな事故だったのかもしれない。
ライラが、もう何にも関わらないと言うと、アダムは失望のような翳りを目に宿していた。しかし、同時に理解を示したように口を噤む。
一方で、司祭の態度は変わらない。ライラに縋るような表情を向けた。
「100人を超える死者数です...!これは...異常な事態だ......」
司祭はそう告げて、必死にライラを見つめる。
「ひゃ、100人だと...」
あぁ、駄目だ。ライラが反応してる。この司祭め...!
ライラの扱い方を分かっているな。教皇庁でライラとの付き合いが長いのかもしれん。
...そして、このような奴らが、ライラをエクソシストとして酷使させてきたのだ。ライラの体の傷も、消耗されたあの時の精神状態も......教皇庁でふんぞり返って座っているこのような人間たちのせいだ。
再び激しく吠えた。
帰れ...
この司祭、この場で殺してもいい...
司祭だけでなく、アダム...確かこの男はライラが自分の弟子のような存在だとか言っていた。たしかにさっきの祝詞は多少なりのパワーがあった、認めてやろう。だが、俺には到底敵わん、まだ青臭いエクソシストだ。反抗するならコイツも......
「ベル......ぁっ、ベル...!落ち着け...!」
俺の名前を言いかけたライラが咄嗟にこの犬を "ベル" と名付けて呼ぶ。ライラは聖職者たちに俺の名前が知られてしまわないように配慮したようだ、特にエクソシストにとっては、悪魔の名前を知りうることは悪魔祓いの基本だ。エクソシストのアダムもこの場にいるから配慮したのだろう。
ライラは俺の方へ体を屈め、腕を回して優しく抱きしめてくる。
「...話を聞くだけにするから。そしたら帰ってくれるさ...この司祭は簡単に引き下がらねぇんだ。手は出さないでくれ...分かるだろ...?」
ライラは俺の耳元でヒソヒソとそう告げる。
俺は、鋭い爪で司祭の喉元を狙っていた...
それが、ライラの望む手段では無いことは分かっている。
仕方あるまい...。だが、妙な真似を見せたら...容赦なく殺す。いや、殺すのはやり過ぎか...?ライラを守るためなら、手段は選ばないが。ライラに嫌われるのは困るからな...。腕や足の1、2本を失うくらいまでなら許されるか...?
「...グルル」
小さく唸り、ライラに従うように逆立つ毛並みをおさめた。
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