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(悪魔side)
「少し待っててくれ、着替えてくる」
ライラはそう言って2階のクローゼットのある部屋の方へと向かった。俺は犬の姿のまま、この人間共とリビングに取り残される。ライラと一緒に2階に行くことも考えたが......
彼らを見張っておかねばと、リビングの入口を塞ぐように陣取って前脚を伏せ、座り込む。
「ライラさん、犬飼ってたんですね...」と、アダムが呟く。すると司祭が、「あぁ、私も知らなかったよ...」と、静かに返す。2人は俺の方を見つめながらテーブルの傍にある椅子に腰掛けていた。
2人揃ってこっちを見るな...。鬱陶しい。
「綺麗な犬ですね。犬種は何でしょう...。手入れされてますね、黒い毛並みが美しい...」
アダムはそう言って椅子に座ったまま、俺を熱心に観察する。このアダムという神父、能天気な男だな。一方、隣の司祭は気が気でない様子でソワソワとしている。ライラを説き伏せるべく躍起になってるのが伺える。
しかし突然、アダムが腰を上げた。
「...ま、待ちなさいアダム神父。その犬、飼い主以外には慣れていないようですぞ。迂闊に近付いては...」
「大丈夫です。私、動物好きで、慣れているんですよ。警戒されないようにこうやって...」
...やめろ。近づくな...。
アダムを睨みつけるが、彼は身をかがめながらソロソロと近づいてくる。犬に警戒心を抱かせない仕草のつもりか、目線を合わせないようにして少し遠回りしながら、体の下の方から手を差し伸べ、ジワジワと近寄ってくる...。
俺は犬じゃない...
お前のような人間はこの手で捻り潰せる悪魔だ。
撫でようとしてくる手つきに嫌悪感が勝って、体をガバッと起こす。フローリングに尖った爪が当たり、バチンと弾けるような乾いた音を立てる。腹の底から再び吠えたてた。
「わっ...!」
アダムは吃驚した声を上げるが、俺に優しく微笑む。
「大丈夫だよ〜、怖くないよ...」
ニコニコと笑ってまだ近付こうとする...!
それ以上近づくなら、その手を噛み砕いてやる。唸り声を上げて牙を見せた。するとアダムは残念そうにするが...
「撫でたかったな...。ライラさんが居たら撫でさせてくれるかな...」
何を考えているのだこの男は...!俺の体に容易く触れようなどと...
その時、ドタドタと慌てた足音が2階から響いて降りてくる。
「お、おい...!アダム!」
「あっ、ライラさん」
「その犬に近づくな...!コイツは...その、なんだ、危ない。噛む!噛みつくぞ...!」
ライラはそう言って左手を払い、俺からアダムを遠ざけた。
「待たせてすまん。話だけは聞く、ほら、席に戻れ」
ライラはそう言って、俺を心配するかのような目を向けたあと、アダムとともにテーブルのほうへ向かう。アダムと司祭、そしてテーブルを挟んだ向かいに、ライラが腰掛けた。俺は静かに4足で歩き、ライラの足元で丸くなるフリをして耳をそばだてる。
ーーーーーーー
「それで、どんな話だ。手短に頼むぞ」
ライラは溜息混じりに呟き、椅子に深く腰掛ける。この時間を早く終わらせてライラと2人きりになるために、俺はテーブルの下でライラの足に寄り添いながら、" 飼い主が戻ってきて一時的に無害な犬 " を演じ始めた。
「トラック事故...あの積荷の内容が明らかになったのです...」と、司祭の声がする。そして司祭はゴクッと唾を飲み、震える声で再び語り始めた。
「あの積荷......全て、"人間の死体" だったのですよ...」
「...なんだと......」
「道路に溢れていた血も、人間のものです。数百という人の血液が混じり合い、あの高速道路一面を血の海にしていた。なんともおぞましい光景だったに違いありません」
「そんなことが...。新聞では確かその運転手は行方不明だと読んだが......その後、見つかったのか?」
「いいえ...。なぜか運転手は忽然と消え、未だに行方不明。警察は引き継き調査をし、被害者の特定も進めています。これは虐殺です、多くの命を奪った何者かがいる...」
司祭はそこまで話すと、一息着くように椅子に座り直す仕草をしているのが伺える。
そこでライラが核心をつくように尋ねた。
「...だが、なぜ俺に話す?悪魔が関係しているとでも...?」
そんなライラの一言で、椅子に腰掛けた司祭の足が焦燥感を露わにするように、テーブルの下でフローリングを踏みしめた。ギッ、と木の板が軋む音がする。
「数百を超える死体ですよ...ライラ殿。それをどこかに運ぼうとしていたのです。その死体は鮮度を保ちたいかのように、冷凍されていた。トラック横転の火災に巻き込まれて血液は溶けだし、身の毛のよだつような惨状を作った。目的も分かりませんが、おぞましい数の命を奪い、保管して運ぼうなど...!このような仕業、"悪魔の所業" に違いない...!」
荒ぶる司祭の声に、ライラは小さくため息をついた。
「...話を聞いただけでなんとも言えねぇが......悪魔はそんなやり方はしないと思う。奴らは人間の欲望を利用し、精神や肉体を弄ぶことを快楽にする存在だと俺は思ってる。だから虐殺なんてやり方、俺には悪魔のやり方には思えん」
ライラは冷静に分析するようにそう伝えた。
俺は直感的に感じた......ライラの言う通りだ、悪魔はそのようなやり方は好まない。もしも悪魔がやったと言うのなら......余程、変わった悪魔だろう。
「...しかしライラ殿...このような大きな犯罪を人間が犯せるでしょうか。誰にもバレずに、このような事態を...」
「だったら、組織的な犯罪じゃねぇのか?ギャングとかマフィアとか...人身売買のような...」
「...その可能性は捨てきれませんな。しかし、この国では、警察はそのような組織と深く通じている。このような大きな事件に彼らが絡んでいるとしたら、警察がその尻尾を掴めないことは有り得無いのですよ...」
司祭はそこまで言うと、もう一度深くため息をついた。この司祭...まだ何か出し渋っているような様子だな...。ライラもそれを感じ取っているらしい。
「...なんだ、他にも情報が?教皇選挙 が近いからと、警察と手を組んで教皇庁が隠そうとしてる事実でもあんのか...?」
ライラは察知した違和感に鋭く切り込み、フッと鼻で嘲笑しながら告げた。ライラの様子から手に取るように分かる...教皇庁という組織の汚さが...。
まぁ...あの場所は昔からそのような人間の集まりだ、黒い噂で溢れている。そして今も尚、その実態は変わってないということだ。
司祭は口を噤みつつ、唸るような声にならない音を喉の奥から漏らす。その様子を見て、呆れたように笑うライラと...一方で、アダムは、司祭が何か隠していることを知らなかったらしい。アダムの体が司祭へ向く。その様子をテーブルの下から眺め、耳をピクリと動かした。
「司祭様...?」と、アダムの震える声がする。そして、「早く吐けよ...アダムも知りたがってるぞ...」と、ライラは低い声で呟いた。
「..." 穴 "が見つかったのですよ......」
そんな言葉に、ライラは足を組んでさらに深く椅子へ座り直す。
「...穴ァ...?...なんだそれ...。穴がなんだってんだ...」
「...えぇ、穴ですよ...。街の郊外の森の奥で......大きな穴が。人間の肉片がビッシリとついた...」
そんな言葉で、ライラとアダムが息を飲む音が聞こえる。ピクピクと耳を動かし、警戒するように頭だけを上げる。
「...司祭様......そんな物を、教皇庁は隠そうとしているのですか...!」
「...教皇選挙があるのだ、混乱は常に避けねばならん。私も、警察と枢機卿の間で板挟みで......」
司祭は苦悩を漏らすように呟き、ドン、と机に体重を預けて項垂れるかのような音が上から響く。
「...それで。その穴ってのは...肉片ってことは、そこにも死者が?」と、ライラが尋ねると、司祭の暗く沈んだ声が聞こえる。
「穴からは肉片しか見つかってない...。更にはとても深い穴で......調査するには何ヶ月もかかるほど深い穴なのですよ...。現場に行きましたが...思い出すだけで吐き気がするほどの腐敗臭で......うぅ...」
「なるほど...。トラック事故に謎の馬鹿デケェ穴か。繋がりがあるかどうか分からんが......確かに人間の成せる事態じゃねぇ可能性はあるかもな...」
「司祭様...!人々が危険に晒されている、教皇庁はこのような事態を隠すべきではありません...」
アダムの正論に釘を刺したのはライラだった。
「...無駄だ。教皇庁は腐ってんだよ。この司祭にそんなことを言ったってどうにもならねぇ...」
「ですがライラさん...!」
「...だが、俺は司祭の肩を持つつもりもねぇぞ。隠すと決めるなら、テメェでケツを拭け。隠したがってるのが枢機卿たちなら、お前らのところで全て完結させろ。俺やアダムを巻き込むのはお門違いだよ」
ライラはそう言って、司祭からのこの依頼を跳ね除けるように告げた。
「...ライラ殿。それは重々承知の上だ。悪魔の仕業でなければ警察に全面的に協力を仰ぐ方向へ舵を取ります。しかしながら、状況から判断してどうも人間の成す犯罪を超えた、その裏に悪魔の存在を感じるのですよ...。警察に任せ続けると、被害はさらに莫大な数へ増えるやもしれないのです...!どうか......どうか...ライラ殿とアダム神父に...この件を...」
司祭の言葉で...ライラは考え込むように深くため息をついた。その時、アダムが震えた声を絞り出す。
「......司祭様、私が引き受けます。役不足かもしれません、でも、全力で対応します。ですから、ライラさんを巻き込むのは辞めてください...彼はもう、エクソシストを辞めたんだ」と、アダムは呟く。
だが、それを良しとしないのはライラの方だった。
「...待て。俺を、現場に連れていけ...」
そんな一言を聞いて、俺は思わず体を起こす。大きな声でライラに1度咆哮した。
協力する気か...?
ライラ、そんなこと......
ライラは苦しそうな表情を俺に向けて、申し訳なさそうに眉を顰める。しかし、すぐに顔を上げて2人の方を見た。
「......だが、今すぐには動けん。明日なら現場に行こう。それと、条件がある...」
「条件...ですか...?ライラ殿が現場に来てくれると言うのなら...!」
「俺の愛犬を同行させる、これは絶対だ」
ライラ...
勝手に何を...
だが、ライラだけを現場に行かせるわけにも行かない。
「もう1つ。俺は、" 悪魔の仕業かどうかを判断するまで " しか協力せん。それ以上は協力できない、つまり、犯人を追ったり、悪魔を祓ったりするようなことはしないからな...」
ライラは司祭にそう告げた。
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