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(悪魔side)
アダムと司祭が帰ったライラの家の中で、俺の召使い数匹が慌ただしく動いていた。これはライラの引越しのためだ。元々教皇庁から社宅として貸されていたこの家は、ライラが聖職者を辞めた今、早々に退去しなければならない。
人間の姿に戻った俺は、家具を避けてスペースを確保したリビングの床に逆召喚の印を結ぶ。地面に赤い印が浮かぶのを見つめながら、印に向かって呼びかけた。
「マーレ。繋がったか?」
この印は俺の人間界の根城へ通じている。そこには予めマーレを行かせていた。
『えぇ、坊っちゃま。通じておりますよ』
マーレの返答が印から響く。向こうではマーレが同じように印を結んでおり、この印と対になる召喚のためのものだ。確認が取れたことで、前屈みになっていた体を起こす。
「よし、お前たち。ここへ運べ、向こうに1つずつ転送しろ。向こうが受け取ったのを確認してから次の物を置け、よいな」
家具や荷物を運び出す魔族に冷めた声で伝え、厳しく見守るような目線を向ける。すると不意に、ライラが俺を呼び止めた。
「ベルブ...俺、服とか少ないから...。この箱に全部収まっちまった」
ライラはそう言って木箱を抱えていた。
「...そう。本は?全部運ぶ?場所はあるから本棚ごと送っていい」
「...そうだな。一応そうしてもらうか...」
「ただ、俺たちが触れられないような物はこの印を通せない。自分でなんとかしてもらうしかないよ」
ライラがエクソシストだったころに使っていた神に関する諸々は召喚印を通すことはできない。あの大量の品々...処分してもらいたいところだ。俺の根城に置くのも...
「...あぁ。アレはもう必要ないだろ、全て捨てるよ」
ライラはそう言って僅かに微笑んだ。
その様子を一瞥して......俺は、目を逸らしてしまう。処分してくれたらいいのに、と、こちらが勝手に思っていたが…
…ライラもそのつもりだったらしい。安堵した。嬉しかった。
そうだ、ライラの言う通りだ。もうライラには必要のない物。
しかし、「...分かった」と、呟いた俺の声はどこか冷ややかに響いて、この冷たい態度を自覚しているから、小さな罪悪感が胸をズクリと刺す。
エクソシストだったライラが大切にしていたもの…。ライラはそれをついに処分すると言った。もっと何か、声をかけるべきか…?
ライラ本人はエクソシストの頃の道具など、どうせもう必要はない、手放そうと既に決断していたかもしれない。だが、ライラがどれほどその身を犠牲にしながら悪魔祓いと向き合ってきたか、俺は分かってる。ライラが苦しみ傷つき、精神的にも摩耗していた姿を見ていたから。
だからこそ、俺には分かる。ライラは広く隣人とやらを救うため…その道具を頼りに大切に扱ってきたはずだ。自分を犠牲にしてまでも悪魔を祓い続けたライラの、並々ならぬ思いが込められているはずの道具たちだ。
そんなものを処分してくれて良かった、なんて……。
俺は悪魔のくせに、エクソシストだった頃のライラを知っている俺が、そのような本心を軽々しく伝えられるはずがなかった。
…だが、ライラがその道具を手放すことは……俺が彼を手に入れた証拠の一つなのだと、この歪んだ心が勝手に感じてしまう。
「ベルブ…?」と、戸惑ったように声をかけてくるライラの声を聞いて、俺は彼に背を向けてしまう。
いつもの俺なら、ライラにもっと気の利いた声をかけられたかもしれない。
するとライラは俺の肩にその手を乗せてきた。
「...なぁ…ベルブ。怒ってんのか...?」
ライラの声は不安げだった。ライラの引越しのために忙しなく動き回る魔族たちを見つめながら、目を合わせない。
「...別に。怒ってない」
「じゃあ...拗ねてる...?」
拗ねてるかだと…?
あぁ、そうかもな。
「...…違う。拗ねてなんかない」
嘘を付きながら、顔に降りてきて煩わしい髪を片手で掻き上げた。
俺は、司祭たちが帰ってから、ずっとこんな調子だった。
司祭の言っていたトラックやら穴やら...その調査までは協力するなどと、ライラは勝手に決めてしまった。
もう、危ないことには首を突っ込んで欲しくないのに。どうしてこの男はそうやって正義感に抗えないのか。その調査とやらが長引くようなことがあれば、俺との時間も奪われるのに。
そのことが胸の奥につっかえて、ライラにこんな態度を取ってしまっている。
ライラは、俺に対して悪いと思っているようだった。真摯さが伺える声色で、俺の背中に話しかけてくる。
「...ベルブ。お前に確認せずに勝手に話を進めて悪かった」
ライラはそう言った、低く掠れた声だ。申し訳無いと思っているらしい彼の気持ちがヒシヒシと伝わってくるような声だった、俺に寄り添おうとしてくれている。
俺は、ライラの全てを…他の何にも代えられないほどに愛している。時にこの感情は、制御できずに牙を剥く…ライラにも、そして、ライラを愛そうとする俺にさえも。
「...謝って欲しいなんて言ってないよ。早く荷物をまとめて」
ライラの謝罪を跳ね除けた俺の言葉は、頭で理解していることとは裏腹に、冷淡に響く。もう一度、乱れた髪を片手で掻き上げる。ライラと距離を取るように、背を向けたまま数歩前に出る。
「なぁ、ベルブ...こっち向けよ......そんな冷たい態度...」
ライラの悲しげな声が鼓膜を揺らす。
ライラのその声を聞いて、胸の痛みが増すのに。一方で、堪えきれない感情が腹の中で蛇のように這いずり回って、とぐろを巻く…
…どうしてお前はいつもそうなんだ。俺が必死に守ってやったのも、ずっと、ずっと…ライラのためだ。なのに何故、そうやって危険を顧みず、他人のために動くんだ…!
「...ライラは分かってない。調査に協力なんかして、あの薄汚い司祭の思う壺だ」
必死で平生を繕いながら、まだなんとか、冷静を保った声でそう呟く。
「...んな事分かってるよ...。だけど沢山の命が掛かってんだぞ...」
沢山の命だと…?
エクソシストだった頃と同じで、あの隣人愛か?
また神の教えか?
……いや、きっと、ライラは聖書の教えになんてもう、頭に無いんだろう。それがライラの生まれ持っての性格だ、元から正義感に厚い男なんだ。
分かってる、分かってるのに…
俺は、なぜまだ疑う…?
嫉妬か?怒りか?悲しみか?
分からない…
俺より多くの命を救うことが大切か?
あぁ、そうだろう…当然、多くの命が大切だよな。
ライラの性格なんて俺がよく分かってるはず。
ライラの掛けた天秤がグラグラと傾いて、片方には俺と、もう片方には多くの命を助けに行くという選択肢を乗せている。まるで俺の重さを測るかのようだった。そんな考えをして、自分で自分を苦しめる。
「...偽善的だ。そんなに教皇庁が恋しいのか」
口から飛び出た棘のある言葉に、思わず汗をかく。
ライラがそんな風に思っていないのは、頭では分かっていた。だが、胸の中に蔓延る黒い感情が......自分では抑えきれない...。ライラに対して、取りたくもない態度を取ってしまう...。
苦しい...…。
「...違うよ、あんな場所恋しいだなんて思うはずねぇだろ...。ベルブ、そんな言い方するなよ...」
俺だって、こんな態度を取りたいわけでは…
「...黙れ。...俺は......俺は......」
……ただ、一緒に、ライラとゆっくり過ごしたいだけなのに。
俺は振り返って、ライラを睨みつける。
「......エクソシストを気取って...悪魔の仕業かどうかなんて、今のライラに分かるわけない。どうやって判断するつもりなんだ。俺に見てもらって犬の姿で鳴く情けない真似をさせるのか」
...違う。
抑えろ...
「そんなこと...。たが...すまない。お前が居れば悪魔の痕跡の判断がつくと思ったのは事実だ。だが、そうすればこの協力もすぐ終わるだろ?俺はお前と早くゆっくり過ごしたいんだ。あの司祭はしつこいんだよ…」
「...司祭など無視していればいいだろ。アダムのためか?あの神父、随分とライラを慕ってたもんね」
「違う、そういう訳じゃないって…!」
「それで、調査とやらに赴いて、悪魔と対峙したらまた俺を頼るのか?俺はアダムたちの前で、この姿を晒せと?俺が悪魔だってバレるぞ、そんなことをしたらもう人間界にライラは居られなくなる」
「そんなつもりじゃ...。でも…そうなってもいい、そんなことは気にしちゃいねぇよ、教皇庁のヤツらにお前と居ることがバレたらマズイなんて思ってない。人間界に居られなくなることもどうだっていい。それにもしお前が嫌なら、悪魔が出てきても、お前は手を出さなくていいし、アダムと俺で......」
ライラが必死でそんなことを言い始めるから、プツンと自分の中で何かが切れる音がする…
「......ライラが?無理だよ。分かってないのか...?その体、もう......" 十字架の加護 " なんて受けられないんだぞ」
あぁ...
言ってしまった...。
俺は咄嗟に口を塞ぐ。そんな事実を彼に突きつけるもりはなかった。
俺と契約までして、俺との肉体関係に溺れているライラがもう......神の力を借りるなんてことができない事実を。エクソシストとして懸命に生きてきたライラに、残酷な真実を明かしてしまった。
「.........そうか。......ならそれはそれで...構わねぇ。それにな…少し気づいてた、そんな感じはしてた。ルゼブに襲われた時、…ロザリオが簡単に切れたんだ。おかしいと思った…。悪魔祓いやってて、あんな経験は無かったから…」
ライラは気にしていないという声色でそう返す。違和感にも気づいていたと言う。…だけど、その声色には、明らかに動揺が見て取れる。
最強だったエクソシストが、もうかつての武器を手にすることもできない。祝詞を唱えることさえ、その体ではできないだろう。
そうだ、それは、俺のものになった証拠だ…
そんな言葉が飛び出そうになって、グッと拳を握りしめる。
どうしていいか分からない。なのに、胸の中で膨らむ嫉妬が......
ライラから離れないと...
傷つけてしまう...
「.........ごめん」
弱々しい声で小さく呟き、背を向けて思わず逃げるように歩きだした。
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