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第二十三章:『告解』
【第二十三章:告解】
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(ライラside)
「…惨めにしようだなんて思ってない。お前は思ってることを、全部俺に言え。何を言われても……俺はお前を嫌いになんてならない」
俺はベルブの瞳を真っ直ぐに見据えてそう宣言した。
どんなベルブも恐れる必要はない。俺は腫れ物を扱うかのような振る舞いはしない。コイツがその黒い感情を燻らせてしまうのは…俺への愛情の裏返しだと、分かっているから…。
俺の言葉を受けたベルブは、その瞳をさらに見開いた。そしてその次の途端、その赤い瞳を薄く細める。整った形をした唇が歪むように弧を描き、その端が吊り上がる。そして体ごとを捻って、さらに俺の方へと振り返る。
「…ライラ…。あの司祭と神父の前で…ライラは俺のものだと見せつけたい…」
ベルブはそこまで口走ると、美しくも恐ろしい笑みを浮かべたまま、どこか苦しそうに眉を顰めた。そして片手と片膝を床につき、身を低く屈めたまま、体の正面を俺へ向ける。俺へ背を向けて壁の四隅を向いていたベルブが漸く、完全に俺の方へ向き合っていた。
「続けろよ…聞いてるから」
ベルブを見つめながら返すと、ベルブは、ククク、と喉を鳴らして不気味に笑う。
「そうだな…。奴らの前で、ライラを犯して…ライラは俺のものだって知らしめる…。もう、教皇庁の駒なんかじゃなくて、その身も心も、俺にだけ全てを捧げた男になったんだって…!アイツらの思い通りにさせない…今のライラは、お前らの知るような男じゃないんだと…。ライラが誰を選んだのか分からせてやる。悪魔のペニスを欲しがって喘ぐライラを見せてやる。その舌の契約印も!そうすれば奴らはもう二度と、ライラの元に訪れない……」
ベルブはそこまで言うと、その白い右手を額に当てて俯く。ベルブの唇は震え、月明かりに照らされた指に長い髪が絡まる。絹のように美しいその髪の1本1本が、ぐしゃりと乱れていった。
「…ごめん。何もかも……奪おうとしてしまう」
ベルブはそう呟き、フローリングについていた左手をグッと握りしめて拳を作る。
「……それで、お前は満足すんのか?」
「……」
「満足するなら、思うようにやれよ」
俺がそう返す。ベルブは、普段では決して見せないような、まるで豆鉄砲を食らった鳩かのようにその瞳を愕然と丸く開き、あんぐりと口を開けている。
魔界の王子のくせに…その整った顔が台無しだ…。
思わず頬が緩んで、少し微笑んだ。
「俺はな、何もかも捨てたんだよ…。エクソシストだったくせに、悪魔のお前と契約もして、魂さえお前に預けたんだよ…。お前の伴侶として生きていくって決めたんだよ…。今更お前になにされたって……離れるわけねぇ。全部奪ったっていい。お前が居れば、それだけでいい」
「…っ……ライラ……」
ベルブの赤い瞳が潤んでいた。
お前のそんな顔は…悲しそうな、苦しむような顔は、見たくない。なのに、俺があんなことを言っちまったせいで…
「お前のこと聞いたよ、マーレから。…ルシファーの血筋だってな」
そう言うと、ベルブはさらに驚いたようにもう一度その目を大きく開ける。
「…そうだね」と、ベルブは短く返して、額に当てていた右手を下ろした。赤い瞳を斜め下へ向けて、奴は俺から目を逸らす。だから俺は、ベルブの右肩を左手で掴んだ。
「その感情、どうしようもできねぇんだろ。それなら、俺に隠そうとするなよ。お前の良いところも、どうしようもねぇところも、その全部を引っ括めて…俺が受け止めるから!!だから……苦しまなくていい。例えお前にどんな風に言われたって、俺は構わねぇよ。その頭と気持ちがぐちゃぐちゃになってんなら、全部理解してやりたいんだよ…」
感情的になって、声が荒ぶった。ベルブは逸らしていた瞳を上げて俺を見る。奴は、やっと…少しだけ笑う。
「…ライラ、ありがとう」
柔らかくなったその表情は、いつものベルブだった。俺もつられて微笑む。
「あぁ、当然だろ。でも、謝ってる俺の気持ちは、ちゃんと受け止めてくれるか?」
そう尋ねると、ベルブは頷いた。
「…受け止めてる…頭では分かってる。ライラが悪かったって、俺に思ってくれてるって…ちゃんと感じてる。俺が苦しかったのは、自分の言動が許せなくて…」
「…いいよ、俺だって分かってる。お前が悪く思う必要はねぇんだ。それに、捜査の協力も……無理にしなくていい。お前が嫌だって言うなら、俺も首を突っ込まない。ここは引っ越すんだ、魔界とか、人間界でもベルブの城で過ごしてりゃ、いくらしつこい司祭でも俺を追ってこれねぇはずだ」
捜査の協力さえ辞めると告げると、俺の胸はズキリと傷んだ。俺はベルブから視線を逸らす…。
これから被害者は増えるかもしれない…何か俺にできればと思っていた。
だが…もう俺はエクソシストでも聖職者でもない。ベルブが苦しんで暴走するくらいなら…事件のことに対して、見て見ぬふりを……
「…その必要はないよ」と、ベルブが言葉を返した。それを聞いて俺は、ハッと顔を上げる。
「おい、無理すんなよ…。事件のことなんて忘れるから」
そう言うと、ベルブは静かに首を横に振った。
「…こんな事件を聞いて、動けずにいられないのがライラだろ…。ライラだって、どんな俺も受け止めてくれると言ってくれたね。俺も……その努力をしたい。でも…またこうして、自分を自分で制御できなくなったときは、ライラに甘えたい。ライラなら、こんな俺も止めてくれるって、やっと分かったから」
ベルブはそう言って、優しく俺を見つめていた。
その美しい笑顔に見とれて、思わず頬が赤くなる。ベルブの言葉を受け止めながら、胸の奥がじんわりと熱くなった。俺も、ベルブのためだからと、自分の気持ちを我慢する必要はないんだな…。
「…お互いに、相手に気を遣いすぎて我慢すんのは……禁止ってことだな」
照れくさく微笑みながらそう言うと、ベルブは微笑んだまま首を傾げ、その肩を竦める。
「そうだね。寄り添えば、分かり合える。いつもライラが寄り添ってくれるから…。俺も、どんな時でも、ライラと向き合えるようになりたい。ライラに見合うような悪魔に…」
ベルブはそう言って、乱れていたその白い髪へ右手を伸ばし、後ろへと流した。整った顔立ちが柔らかく微笑み、俺を見つめ返す。
俺はやっぱり照れくさかったが、同時に幸せな気持ちだった。フッ、と鼻を鳴らして笑い、俺は立ち上がる。そしてベルブのほうへ左手を伸ばすと、ベルブの右手がこの手を握り返してくれた。力強く引き上げて、そのまま抱きしめる。
「…ふふ、ライラからハグしてくれるの、嬉しい」
そんなふうにベルブが耳元で呟くから、俺は奴の肩に顔を埋めながら、赤くなった顔を隠した。ベルブの両腕がしっかりと俺の背中を抱きしめ返す。
「…お前がいつもベッタリくっついてくるから…こっちから抱き締めるタイミングがねぇだけだよ…」
「…そうなんだ?なら、たまにはライラから仕掛けてくれるのを待ってみようかな」
「…馬鹿。お前からしてくれねぇと……こっちは恥ずかしくて…」
ゴニョニョと呟いていると、抱き合っていたベルブが僅かに体を離す。ベルブの肩から顔が少し遠のいた。ベルブは、赤くなった俺の表情を覗き込むかのように首を傾げて目を合わそうとしてくる。
「っ…」
仕方なく顔を少し上げてベルブを見つめ返すと…
「…ほら。さっそくだけど。ライラからキス…して?」
ベルブはそう言って、甘えるような視線を俺に向けてきた。鼓動がどんとん速くなっていって、俺はベルブを睨むように見る。きっと顔は真っ赤だ…。暗い部屋だからあんまり見えてねぇかもしれねぇけど…。
羞恥心に耐えながら、俺は奴の方へ顔を近付ける。
チュッ!と、思い切って唇を重ねた。
「ん…」
ベルブが嬉しそうに、微笑み混じりの吐息を鼻から漏らす。俺だって嬉しくなってきて、思わずさらにキスを続けた。軽く触れあうようなキスを何度か繰り返すと、ベルブは僅かに体を引いて俺を止める。
「…なんだよ……」
「俺がしてるようなキスも、できるでしょ?」
「っ……」
慣れてねぇのに…!
あんな…濃厚なヤツ…俺にできるかよ。
恥ずかしながら、ベルブと以外…あんなキス…したことねぇし…
「…俺のキス、思い出して?」
ベルブはそう言って、妖しく微笑んだ。妖艶なその笑みに魅せられながら、俺はもう、どうにでもなれと…
必死に唇を寄せて…俺を受け入れるように開かれるベルブの口へと、舌をねじ込む。
「ンッ……ん、ぅ…!」
分かんねぇ…!
合ってんのか…?
ベルブの舌を追いかけて、ベルブがするみてぇに、重ねて…
息できねぇ…
「プハッ…」と、苦しくなって唇を離し、羞恥心によって潤んだ瞳でベルブを睨みつける。ベルブは唾液で濡れた唇をそっと指で拭って、艶やかに微笑んだ。
「…俺のキスってそんなに下手だった?」
なっ……クッソ…!コイツ…!!
「〜っ!…馬鹿野郎!文句言うんじゃねぇよ!お前みてぇになんかできるか!この悪魔め…!」
「…可愛い。意地悪言ってゴメンね」
「可愛いとか言うな…!馬鹿にしやがって…」
「そういうところがさらに可愛いね。キスの練習、しよっか。唇が腫れるまで…キスしてみる?」
ベルブはそう言って、俺の後頭部へその大きな右手を添えた。顔を強引にベルブの方を向けられて、その赤い瞳が俺を情熱的に見つめるから、俺は息を飲む。
「っ…」
そのまま、再び唇が重なり合う。柔らかな唇が角度を変えて押し当てられ、必死にそれに応える。
「んっ……♡…ふ、……ンぅっ…♡」
スルリと侵入してきた舌が、俺の舌を強引に絡めとって…その熱を交わすように粘膜が触れ合って絡み合う。
体が…火照って……頭の中がほわほわして…
ベルブのことしか、考えられなくなるみてぇに…
さらに腰を力強く抱き寄せられて下半身がピッタリと重なり合うと、ズクりと体の中心が疼く。
「ふぅ……っ…はぁ……♡…ンッ…♡」
甘い喘ぎ声の混じった吐息が鼻から漏れると…恥ずかし差が込み上げてきて、ベルブのシャツをギュッと握る。
夢中になってキスを受け止めていた。ベルブの手は、もう俺の腰のベルトを手探りで這うように動き始めている…
このまま脱がされて…こんな…家具も残ってない寝室で……っ♡
ジンジンと疼くような甘い期待が胸の中で膨らんでいたその時。
ドンッ!という音と共に…
「ベルブ様!こちらにおられましたか!お荷物の転送…が……」
そんな声がして、俺は慌ててベルブからこの顔を無理矢理引き剥がす。直ぐにドアの方を振り返った。
「っ…!」
は、は、恥ずかしいいい……!
召使いに、見られたっ…
ベルブとキス…してるところを…
「…し、失礼いたしましたァッ!!!」
ドドドド…と、召使いは嵐のように走り去った。
「…教育不足な召使いだな。ノックもできんのか…。マーレに言っておかなきゃな」
ベルブはポツリとそう言って、俺の方をチラリと見た。そしてクスリと微笑む。
「魔族たちを帰らせてくるよ。続きはまた後でね…」
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