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(悪魔side)
「ベルブ、もう少しで待ち合わせの場所だ」
城から暫く車を走らせたライラが、フロントガラスを見つめながらそう呟く。
「分かったよ。そろそろ姿を変えておく…。ところで、1つ確認したいんだけど」
そう尋ねながら、魔力を全身に流すように意識を込め、昨日と同じ犬の姿に変身する準備を始めた。
「ん?なんだ?」と、ライラが返事をする。
「もし、敵対する何かが現れた時、犬の姿じゃ守りきれない可能性があるんだ。戦うことに集中すれば、慣れてないこの変身は解けやすいから。でも俺は、ライラを守ることを優先するよ。万が一のときは、俺のことが司祭たちにバレるリスクがあると、分かっててほしい」
この先で、どんな状況になるか想像も付かない。司祭の言っていた穴というのは、とても異様なものだ。何が現れてもおかしくない。最悪の状況を考えると、ライラを守るために元の姿になる可能性も十分ある。
しかしそうすることによって、司祭とアダムの前で自分の姿を晒すことになる…。
昨日も、自分の想いがコントロールを失った勢いで同じようなことをライラに尋ねた。その時のライラは、司祭やアダムたちに俺のことが知られてしまっても構わないと言っていた。
だが、昨日の俺は理性的じゃなかった。冷静に話し合える今、そのことについてもう一度確認しておきたいと思った。もしもの場合に俺が本当に姿を現せば、司祭たちに俺の正体が知られ、最終的にライラは、きっと人間界にいられなくなる…。
「あぁ、構わねぇよ。だが、俺を守るために、無理はしないでほしい…。危ない時は逃げるのも手だ。…まぁ、お前は強いし、お前より強い相手が出てくるとは思えんがな…」
ライラはそう言って、横顔で微笑む。ライラの答えは昨日と変わらずだった。ライラの様子に偽りはなく、ライラは人間界を捨てる覚悟などとっくに決めているのだと改めて感じる。
ライラは俺の強さに信頼を寄せているらしい。頼ってもらえることが素直に嬉しくて、期待に応えたい気持ちでいっぱいだ。
「任せて。無茶はしないよ。ライラと過ごせなくなったら、意味が無いもの」
そう言ってライラの横顔に微笑む。
俺は、ライラ以外を守るつもりはない…きっとライラもそれは分かっているはず。俺にとっては、司祭たちなどはどうなろうと知ったことでは無い。
そして俺は、体に溜めていた魔力を解き放つ。変化した犬の姿でシートに身を預け、目的地に辿り着くのを待った。
ーーーーーーーーーー
「…触り心地がいいな…モフモフだ…」
そう言って、ライラは満足そうに笑いながら俺の全身をわしゃわしゃと撫で回してくる。
「くすぐったいよ、ライラ…」
犬の姿だからか…?ライラはいつもより大胆に、躊躇いなく俺にくっついてきて、沢山触れてくれる。こうも構ってくれるなら、犬の姿も悪くないかもしれないな…
そんなことを思いながら目を細め、ライラの抱擁を受け入れる。
そんな俺たちは、司祭らとの待ち合わせ場所には既に到着している。しかし、俺たちが早く着き過ぎたせいで時間を持て余していた。まだ司祭たちがここへ来ていないと知ると、ライラはすぐさま俺の頭を撫で始めたのだった。
「ガキの頃、犬を飼ってみたかったんだよ。犬、すっげぇ好きなんだよなぁ…」
ライラはそう言って、俺の体のあちらこちらを撫でてくる。満面の笑みを向けてくれるライラが愛おしい。
ん…
どこを触られても心地がいい…。
あんまり触られると…
「……ライラ。勃っちゃいそう」
ボソッと呟くと、ライラは途端に顔を真っ赤にする。
「はっ…!?…ば、ばか…犬の姿で発情すんな…!」
頬を赤く染めあげたライラがそう言って俺を睨む。
可愛いな…。
俺は尻尾をブンブンと振り乱してしまいながら、ライラの方へ飛びついた。長い舌を使ってライラの手や顔までもベロベロと舐めてみる。
「ち、ちょっと…!ベルブ…!」
ライラは困ったような声をあげるが、大型犬の姿をしている俺と触れ合うのが楽しいのだろう…犬好きらしい反応で、わはは!と笑いながら、顔を舐められるのを受け入れている。
ライラの座る運転席の方に人影が近づいていることに俺は気づいていたが、それを無視してライラとじゃれあう。
その時、コンコン、と窓を指で突つかれるような音がした。それで漸くライラは窓ガラスのほうを振り向き、そこに司祭が立っていたことに気づく。
「あっ…来やがった…。じゃあ、行くぞ、ベルブ」
そう言ったライラは優しく俺に微笑む。そして直ぐに緊張感を持って引き締められ、険しい顔つきになる。ライラは運転席のドアを開けた。
「ライラ殿、随分とお早い到着で…。お待たせして申し訳ない」と、司祭がライラに話しかけている。ライラは「問題ない、早めに着いておきたい性分でな」と、その左手を少し上げながら言葉を返す。ライラは直ぐに俺の座る助手席の方へ回り込み、俺のためにドアを開けた。
俺はライラと視線を重ねた後、後ろ足でシートを蹴って車から飛び降りた。四足で着地して、ブルルッと体を小刻みに素早く震わせる。ライラに撫でられて乱れていたこの黒い毛並みを整えた。
「おはようございます、ライラさん」と、アダムは日光を浴びながら眩しそうに目を細め、ライラに微笑む。「おはよう」と、ライラが短く返すと、アダムは直ぐに俺へと視線を下げた。
「おはよう、ベルくん」という声とともに、アダムの笑顔がニッコリと向けられる…
ふん…俺を見るな。挨拶など要らん。
プイッとアダムから顔を背けて、ライラの脚の方へ体を添わせた。俺の反応を受けてションボリと眉尻を下げるアダムと、一方で司祭は俺を一瞥し、直ぐさまライラへ視線を戻すと眉を顰めた。
「ライラ殿。現場はかなりの異臭ですぞ。犬の嗅覚には耐えられぬものがあるやも…。大丈夫ですかな…」
司祭の俺を心配するような一言で、ライラは唇を固く引き結ぶ。彼は俺の頭に触れながら視線を下げて俺を見つめ、首を少し傾げた。
「平気か…?」
ライラにそう尋ねられて、俺はライラを見上げながら一声吠える。そんな俺の返事を聞いて、ライラは司祭に伝えた。
「大丈夫だ。俺の愛犬は特殊なんだ。現場で役立つはずだ」
「ほう…。特殊な犬ですか…。特別な訓練か何かを…?元警察犬ですか?」
司祭はライラに尋ねながら歩き始める。司祭を真ん中に挟むようにして、右からアダム、司祭、ライラと並び、山道を進み始めた。俺はライラのすぐ左後ろを追いかけ、歩調を合わせながら一歩引いてついていく。
「あぁ、そうだ。この犬には特別な力がある」と、ライラは地面を踏みしめながら司祭に伝える。
耳を立ち上げてピクピクと動かしながら、そばだてた。
「特別な力?」と、司祭よりも強い興味を示したアダムが身を乗り出す。
「あぁ。悪魔の気配を察する能力に長けている」
ライラは俺についてそう説明をした。ライラは俺について、悪魔を嗅ぎ分けることができる犬であると紹介している。
それなら確かに、ライラが俺をこの現場へ連れていくという条件を出したことも、違和感が無いが…
「凄い…!ライラさんがベルくんの訓練を?」
「…いや、この子に元から備わっていた」
そんな会話をしながら、司祭が唸るように喉を鳴らす。
「ふむ…。確かに犬や猫などの動物は、人間よりも優れた第六感があると言われている。しかしながら、その特性が強いとは…。やはり、最強のエクソシストと呼ばれたライラ殿の飼っている犬は、他とは違う…」と、司祭は感心したような様な言葉を呟いた。
そんな会話をポツポツと続けながら、次第に話題は、この先にある "穴" の話へと転換していく。
「この穴はトラック事故の翌日に見つかったのですよ。この山道は一般人は普段立ち入りはしない、基本的に所有者の年配の男性しか出入りがなかったようで。しかし所有者は毎朝この山を散策しているらしく、その際に見つかったと。前日までは無かったはずの大きな穴が、翌朝に忽然と現れた…」
「ふん…。確かに通る者は少なそうだ、この山道は随分と険しいな。轍もほぼ無いに等しい、所有者の痕跡だけなんだろう。まるで獣道を進んでいるようだ…」
ライラはそう言うが、涼しい表情だった。ゴツゴツとした岩肌が所々剥き出しになり、それに負けないほどの逞しい木の太い根が凹凸になって張り巡らされている。ゴロゴロとした大きな石と、冬を迎えて落葉した沢山の葉っぱがその上を覆っていた。
緩やかに勾配は上がっているが、地面の歩きにくさが相まって、その体力は着実に奪われていくような山道だ。
ライラは足元の悪さを気にすることは無く…。しかし、司祭の方はその肥えた体を揺らし、ゼェゼェと息切れを起こしていた。アダムも冬空の下で額に汗を滲ませ、呼吸を乱し始めている。
「…少し休むか?司祭」
ライラがケロリとした様子で司祭に尋ねると、司祭は、「あぁ…」と、碌に返事も返せない様子でその手を上げる。両膝に手をつきながら必死に呼吸を整え始めた。
「アダムは……お前、なんかゴツくなったか…?」
ライラは木の幹に背をもたれ、腕を組んでそう尋ねる。
「えぇ。ライラさんとのあの同行を経て、悪魔祓いには体力と筋力が必要だと思いまして…。筋力のトレーニングをしているんです」
司祭の息が整うのを待ちながら、ライラとアダムは何気ない会話をしている。正直に言って、ライラがアダムと仲睦まじげに会話する様子は気に食わないが……そう気を荒立てる必要もないと、穏やかな気持ちを保つ。
ライラは他者のことなど眼中になく、俺だけを愛してくれていると、昨日十分に分かったからだ。
しかしどうしても気になるのでライラとアダムの会話を盗み聞きしながら、この捜査協力を早く終わらせたいと、鼻を地面に当ててクンクンと嗅ぎ分ける。山道に入る前から異臭が漂っていたが、その匂いが一段と濃くなっていた。
腐った血肉と体液の臭いだ。恐らく人間のものだろう。
「…よし、先を急ごうか」と、ライラは俺の様子を見て呟く。司祭もなんとか再び歩き始め、現場へと再び前進を始めた。
ーーーーーーーー
そうしていよいよ、警察の残した KEEP OUT の黄色いテープが木々の間に掛けられている光景が目に入る。
「この時間帯、私たちの邪魔にならぬよう、警察には立ち入らないよう伝えています。ライラ殿、アダム神父、お2人の力を存分に発揮し、この恐ろしい穴を確認していただきたい…」
山道を登る前よりも疲労感で老け込んだような司祭が、脂ぎった顔の汗をハンカチで拭きながらそう言った。
テープは広範囲で円を描き、その穴とやらを取り囲むように貼られているらしい。穴からは一定の距離を十分に空けているのか、この場所からはまだ生い茂った木々と岩肌しか見えない。
しかしながら犬に化けたこの嗅覚には、吐き気を催しそうなほどに強烈な臭いを感じていた。俺は鼻で呼吸することを少し前から止めていて、代わりに口を開けてハァハァと獣の息遣いを繰り返す。
「…アダム、お前は俺の後ろに。ベル、俺と一緒に先に行くぞ」
ライラはそう言うと躊躇いなく、警察の規制線を跨いで行く。直ぐにライラの前に飛び出し、ライラを背後に庇える場所を確保して歩き始める。
「俺たちも穴を確認するが、お前も自由に穴を見てくれ。なにか分かったら知らせて欲しい…」と、ライラは俺にだけ伝えるかのように、小さな声で呟く。
数メートル歩くと……突然、目の前が開け始めた。再び警察の規制線のテープが、厳重に何度も重ねられ、木の幹を利用しながら巨大な円を描いている。幾重にも重なり合う黄色いテープは、それ以上先に道が無いことを指し示していた…
想像を超えるほど大きな穴が、その場所にポッカリと口を開け…硬いはずの岩肌や鬱蒼と茂る木々さえも切り取ったかのように、その場所に闇を広げていた。
「っ…なんだ、これは……想像よりも、馬鹿デケェ…」
「うぅ…強烈だ…!く、臭い……腐った死骸のような……」
ライラとアダムは各々に感想を漏らす。
鼻がひん曲がりそうなほどの異臭だ…。それにこの穴、ライラの指摘する通り、想像を超えた大きさ…。
こんな穴を人間が一晩のうちに開けられるはずが無いだろう。
司祭は悪魔の仕業だと疑っていなかったが、この光景を目の当たりにするとそう言わざるを得なくなるのも理解できた。
ライラとアダムは慎重に穴に近づき、足元に注意をしながら……穴の断面に向かって懐中電灯を当て始めた。空を覆う木々のせいで陽は遮られ、確かに薄暗く、さらに穴の中となると真っ暗だった。
「…この山は殆ど大きな岩で覆われてる。この穴の断面も地盤はかなり硬そうだ…まるで岩山をくり抜いたような穴だな…。鉱山に穴をぶち開けるみてぇに、ダイナマイトでも使わねぇとこんな穴…」
ライラはそう言いながら、さらに穴のほうへと屈む。穴に近づいても、この地面が簡単に崩れることはなさそうなほど、ライラの指摘どおり地盤はしっかりしている。
ライラは穴の壁を凝視しながら、眉を顰める。
「…茶色っぽくくすんで……血痕が乾いたような断面になってんな。確かに干からびた肉片らしいモンも見える……」
アダムもライラと一緒に穴を覗こうとしている様子だが、この強烈な臭いに堪えているのか、鼻にハンカチを当ててしゃがみこみ、腰が引けている。
「数日前に私が来た時には……まだ血痕も新しく、濡れていて…。穴が発見された翌日のことです…。肉片も水分を保っていたんですが…。匂いは変わらず強烈ですな……うっ…」
後ろから悪臭に苦しみながらも補足を加える司祭の声がする。
ライラとアダムが穴を観察している間に、俺は穴の周囲を四足で歩き回る。
ふむ…
人間の腐敗した血肉の臭い…
そして…悪魔が居た気配は感じるが、日が経って気配は薄い…
重要なのは、魔力の残穢が無いこと…
つまりこの穴は、悪魔が魔力で開けたものじゃないのか…?
おかしい…
どのようにしてこの穴を悪魔が開けたというのだ…?
手で掘ったか…?物理的に?
まさか、馬鹿な…。
悪魔がこのような穴を掘り起こしたとしても、魔力なしにそれを一晩でできるだろうか?
それに人間の腐った血肉の匂い……これは、穴の奥まで続いているように感じる。ここで人間を喰ったのか?
いや…まるで、人間を穴の中で爆破させたかのような汚し方だ。この穴の断面に肉片や血痕が飛び散っている。
遊びか?
人間を貪り喰った跡のようには見えないな。
何故なんだ…?なんのために?
しかし爆破させたような肉片の散らばり方だと言っても、その行為にさえ、魔力を感じない。つまり、一人一人、その手で押し潰したとでも?
よっぽど大きな悪魔か…?
図体の大きな悪魔と言えばリヴァイアサンが心当たりだが……奴のことはよく知りえている。わざわざ人間界に降りてこのようなくだらない行為をするとは思えんな。
それにリヴァイアサンであっても、魔力を使わなかったとなければ、この穴を一晩のうちに掘り起こせないだろう…
もっと巨大な悪魔か…?下級の悪魔にはできないはずだ、高位ほどの力が無ければ。高位で、大きな体…。
先日、魔界に帰った時にも高位の悪魔たちのリストは確認したばかりだ。あの宴に位の高い悪魔たち全員を参加させたからだ。
有り得ないな。高位で巨体の悪魔など、あの海蛇 以外で、俺は知らないぞ……
グルグルと穴を回りながら、思考を巡らす。考えれば考えるほど、不可解だ。
とにかく…得体の知れない何かがここに居た。悪魔絡みであることは事実だろう。
危険すぎる…
俺が知らない悪魔か、もっと恐ろしい何かだ。
俺は直ぐに身を翻し、ライラの方へ駆けて行った。
…直ぐにここから立ち去るべきだ。この事件、決してライラを巻き込む訳にはいかない。
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