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(悪魔side)
「ライラがあんな大胆ことをするなんて、思わなかったな…」
ライラの運転する車に揺られながら、ポツリと呟く。
「…急に悪かった」と、ライラは申し訳なさそうに言うから、俺はその横顔を見つめる。
「謝らないで?俺は満たされた気持ちになった…」と、本音をそのまま漏らす。ライラはそれを受けて、安堵したように頬を緩めた。
「そうか…。なら、良かった。最初は……そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「…そうなの?あまりに思い切ってたから、決心した上での行動かと…」
「お前から、あの穴がお前にさえも分からない悪魔が関わってる、って聞いた途端に、そうしなきゃって思ったんだ」
ライラはそう言いながら肩を竦めて笑う。彼はフロントガラスを見つめハンドルを握り、緩ゆかなスピードで城の方へ車を走らせている。穏やかな正午の日差しはライラの銀髪を朗らかに照らしていた。
「お前が現場を見て分からねぇくらいの穴なら、マジでヤベェって察した。とんでもない事が起こるのかも、って…。そうすれば俺はまた、事件にのめり込むって思った。……だから、自分を止める意味も込めて、教皇庁との繋がりを断ち切ろうと思ったんだ」
「そっか…。俺との時間を大切にしたいから、ってことだね…?」
「そうだな。あの穴にあれ以上関わったら……俺は解決のために時間を費やしてしまう。俺たちの時間が減っちまう…。だが正直言って……あんな事件をアダムに任せてしまうこと、とても心苦しかったよ…。アイツが犠牲になっちまうかもしれない…被害者も増えるかもしれない…」
ライラはそう言って、その横顔が苦しげに曇る…。しかし直ぐに、その暗い表情を吹き飛ばすかのように、フッと微笑んだ。
「だけど……ベルブの言った通り、俺はもうエクソシストでも、教皇庁の人間でもなくて。俺は……お前と、1秒でも大切に過ごしたい…。誰かの為に動かずにはいられたくなるこの性分にさえも、それを邪魔されたくねぇって……思っちまった」
お互いの気持ちに我慢はしないと約束した。なのに、ライラは無理に自分の気持ちを止めようとしたのか…?と、彼の話を聞きながら、最初はそう思った。
だが、決してそうではなかった。
ライラは、俺と過ごしたいという気持ちを我慢しなかっただけなんだ。
「…ライラ。俺が王になったら、魔界で暮らすことになるだろう。でももし、人間界が恋しくなった時は、いつでもここに遊びに来ようね。ライラだってバレないように、なんとでもできるよ」
「…そうだな。人間界とはしばらくオサラバだ」
ライラはフフ、と小さく笑ってそう言うと、「ありがとな」と、付け加えた。
俺は眩しい日差しに目を細めながら、過ぎ行く街並みを見つめる。
「…ランチの時間だね。俺とデートしない?」と、呟く。チラリとライラの方を見た。
「デ、デートか……。悪くねぇ…」
ポッと顔を赤くしたライラの横顔がそう返してくれるから、俺はクスリと微笑む。
「ライラの行きたい場所に行こう。エクソシストだった時でさえ休みも無くて……どうせ人間界を満喫できてないんでしょう?」と、尋ねると、ライラはフン、と鼻を鳴らして自嘲気味に笑う。
「そうだな…。そんな暇無かった。俺に付き合ってくれんのか?」
「もちろん。どこへでも…」
あの司祭たちがライラのことを教皇庁に報告して、ライラが後ろ指を指され始める前に…この世界でライラがやり残したことがないくらいに、楽しませたい。
「じゃあまず、どこから行く?」
「んなもん、まずは…」
ーーーーーー
何枚も積み重なった生地の上に、たっぷりの生クリームが乗っている。ライラはそれをモグモグと頬張って、「うめぇ…」と、漏らす。
休日だ、カフェは若者や家族連れで賑わっている。
窓際の穏やかな日差しが差し込むこの席は、その喧騒の中でも比較的静かだ。年配の老夫婦や、一人でゆっくりと過ごしている客も目立つ。
「…まぁ、お昼だし。やっぱり腹ごしらえだよね…」と、パンケーキを頬張るライラを愛おしそうに見つめて呟いた。ふと、ライラの唇の端にチョコソースと白いクリームが付いていることに気付く。
「…ライラ、ちょっと」
「ん…?」
パンケーキから目を離してこちらを見あげたライラに向かって、ナプキンを持った右手を伸ばす。
ライラは途端に頬を赤くしたが、彼の唇を拭う俺の仕草を素直に受け入れてくれた。
「……ありがと…」
恥ずかしそうにライラはゴニョゴニョと呟き、目を伏せる。その様子が可愛らしくて、彼をじっくりと見つめながらホットコーヒーのマグカップを握り、1口啜る。
「今、ライラとキスしたら、きっと凄く甘いね」と、ライラを見つめながらそう伝え、悪戯に目を細める。
おそらくライラは恥ずかしがって、俺に文句を垂れるだろう。その反応が楽しみで、彼をじぃっと眺め続ける。
「っ……た、試すか…?」
俺の予想は外れ、顔を赤くしたライラがそんな事を言って、チラッと俺を見る……
俺の表情を伺うようでいて、甘えたようなその眼差しが俺を射抜いていた。
「……か、可愛い…」と、心の声が勝手に喉の奥から飛び出た。思わず右手で口を塞ぎ、ライラへと熱烈な視線を向けてしまう。
「…馬鹿。見過ぎだ……」
耳まで赤く染め上げたライラはそう言って、耐えきれなくなったかのようにプィッと目を逸らす。その仕草にさえドキリとして、俺は額に右手を当てて頭を抱えた。
そんな風に恥ずかしがる様子を見慣れているのに、何度見ても飽きない。不意に昨晩のライラを思い出して、思わずニヤリと笑う。
「……あぁ、今すぐ抱きたい」
ストレートに欲求を漏らしながらライラの表情を伺った。ライラはもっと顔を赤くさせてその肩を震わせている。
これは流石にいつものように羞恥心に耐えられず、ムキになった反応をするかな…?と、ライラからどんなリアクションが返ってくるのか期待しながらニヤニヤと唇を歪める……が、しかし、またもや俺の予想は裏切られた。
「…デート、終わったら……な」
目を合わせてくれないライラは、掠れた小さな声でそう返した。
『外で盛るな悪魔め!』などと、茹でダコのように真っ赤にした顔で乱暴に突っぱねられると思ったのに…。
「っ……ライラ。どうしたの…。随分と…素直で…」
「……悪いかよ」
ライラはそう言って、パンケーキの上に乗っていたイチゴをフォークに刺し、パクリと食べる。俺の反応を伺うように見上げてくるライラの瞳は上目遣いの角度になって、恥ずかしがりながらも甘えたような目つきに見えた…。
俺はテーブルに両肘を付き、指を組んでその上に顎を乗せる。まじまじとライラを見つめ返しながら真剣な表情を向けた。
「俺が持ちそうにないんだけど……」と、深刻な声色で白状する。
ライラはまだ恥ずかしそうに顔を赤くしながらも……口に含んでいたイチゴを咀嚼して飲み込むと、突然、ニッと唇の端を上げて悪く笑った。
「…珍しい。いつものニヤケ顔はどうした?余裕のねぇお前を見るのも……また一興だな」
ライラはそう言うと、再びパンケーキを頬張り始める。
な…なに…?
今日のライラ……なんか凄く…
「俺、もしかしてライラに遊ばれてる…?」
目を開きながらそう呟いてみると、ライラは首を傾げて挑発的に微笑む。
「…さぁな。人間に遊ばれる側は慣れてないか?魔界の王子さん」
ライラは目を細めて鋭い視線を俺に向け、フッと鼻を鳴らすから。その表情を食い入るように見つめながら、ゴクッと喉元を上下させた。
頭の中であらぬ妄想を繰り広げて……俺の上で高飛車に笑うライラが、その腰を淫らに振っているところまで想像した。
そんなライラも悪くないな…。
と、唇の両端を吊り上げて弧を描きながら。チラリと出した舌で下唇を軽く舐めた。
「…あぁ……慣れてないよ。ライラになら、どんな風に遊ばれてもゾクゾクしちゃう」
ライラへ情熱的な眼差しを向け、テーブルの下で曲げていた右脚を少し伸ばす。彼のふくらはぎ辺りへ、自分の脚をクロスさせて触れさせる。
するとライラは、ピクっと肩を震わせた。強気に笑っていたライラの表情は僅かに崩れて、その頬に赤みが増す。
「…デートが終わってからだって言ってるだろ。
"待て" ができねぇのか…?」
ライラは呆れたようにそう言って、直ぐに困ったように優しく笑った。その笑顔にまた惹き付けられて、俺はそっと脚を引っ込める。
「待ては、魔界で習わないよ。ライラに甘やかされて躾も足りてない犬だから。ねぇ、もっと叱ってくれる?」
背もたれに体を預けて深く座り、肘を付いてライラをじいっと見つめる。脚を組んでニコリと笑うと、ライラは俺を見て頬や耳までをもう一度赤く染め上げた。
「叱れだと…?いたぶられる方も好きなのか?良い趣味してんな…」
ライラは更に呆れた表情を浮かべ、ついに俺から目を逸らした。クスクスと笑いながら、肩を竦める。
「そうでしょう?守備範囲が広いんだ。どちらも楽しめる。きっとライラも俺に、飽きないよ?」
長い髪を右手で掻き上げながら妖艶に微笑む。ライラはそんな俺にため息を漏らして、アイスコーヒーのストローを唇に付けた。
「なら、今日は俺にたっぷり付き合ってもらうからな。その守備範囲とやらを活かして、覚悟しとけ…」
ライラは何やら意気込んだ表情でそう言った後、グラスの中のコーヒーを飲み干した。
ーーーーーーーーー
「…ライラ、もう勘弁してくれ…。そんなに動き回ったら、はぐれちゃうよ…」
「あぁ?はぐれても俺を見つけるの得意だろうが。お、アッチに有名な恐竜の化石の展示が…!うお?待てよ、すげぇ…コッチはあの古代文明の石版か!」
「ちょ、ちょっと…!」
ライラは俺の手を引いて右方向に進んでいたのに、急に進路を変えて真反対へグイグイと歩き出す。
人混みに揉まれて、こんな時には適していないこの大きな体は窮屈で狭苦しい。
「…」
うーん…。ただの石じゃないか…。
そんな本音を飲み込みながら、ガラスケースを覗き込むライラの後頭部をぼうっと見つめる。
「なぁ、この石知ってるか?すげぇよな」と、ライラ聞いてくるから…。視線を素早く動かす。
ショーケースの隣の看板にその" 石 "の説明が刻まれている、しかし、人混みが邪魔でよく見えない。看板に記載された長ったらしい活字に向かってサッと魔力を使い、凡その内容を汲み取った。
「これは…うーんと、神聖文字……の解読の鍵になった、多言語で刻まれた石碑…?」
「そうだぜ。これがあったからこそ、古代文明の謎が解き明かされて……」と、ライラは解説を続けながら。
「よく分かってるじゃねぇか。守備範囲、マジで広いな?ズルしてんのか?」
ライラは悪戯に笑い、その石版の隣に置かれた看板を隠すように立ちはだかる。
「…バレてた?」
「悪魔のくせに詳しすぎるだろ。この博物館の全部の展示品を知ってるなんて、俺ほどのマニアじゃねぇと」
腕を組んだライラが笑ってそう言うから、愛おしく見つめてしまう。
「俺の専門外のポジションだね。ズルをしなきゃこんなに広範囲は守りきれないかも」と、肩を竦めて笑うと、ライラは不意に優しく俺を見つめ返す。
「興味ねぇのに、付き合ってくれて嬉しいよ」と、ライラは照れくさそうに微笑んだ。
「興味が無いだなんて言ってないよ?結構面白い。ライラは楽しんでくれてる?」と、尋ねる。ライラは、「あぁ、楽しい!」と食い気味に返してきた。
ライラの笑顔は無邪気に輝いていて、俺はそれを見て、ふふ、と微笑む。
「なら良かった。次は恐竜だっけ?」
「おう。ここの恐竜の展示の見所は、元々隣国にあった完璧な状態のモンが期間限定で来ててさ。ミイラ化した恐竜なんだ。頭部から尾まで、皮骨板や皮膚組織が奇跡的な状態で残存していて、恐竜の体表が……」
ペラペラと饒舌に喋るライラを優しく見守りながら、うんうん、と頷く。
何を言ってるのかサッパリ分からないが、楽しそうだから良しとする。
ライラが心から楽しそうに笑い、その視線の先に自分が映っている。悪魔であるはずなのに、何故かこの心は穏やかに鼓動を刻み、甘い幸福感に包まれる。
……そうやっていつも笑っていて欲しい。
屈託の無いその笑顔を見ると、その笑顔を脅かす全てからこの手で彼を遠ざけたいと思う。
しかし、いつかはその存在が先に逝ってしまうことを思うと、この一瞬一瞬を噛み締めるように感じたくなる。
数十年後…。残された自分だけの姿を想像しかけて、踏みとどまる。切なく胸が締め付けられるようなこの痛みに飲み込まれる前に、俺はライラの手を強く握り返し、柔らかく微笑んだ。
「恐竜も好きなの?見た目?ロマンみたいな話?」と、尋ねてみる。
「どっちもだろ…!」と、ライラは即答する。
「うーん、恐竜っぽいドラゴンみたいな悪魔なら、魔王城の方に居るけど?」
城の見張りのために空を飛び回らせている魔物を思い出していた。
「は…?俺見たぞ、城の上飛んでた奴だろ?近くで見れるのか!?」
「そうそう。近くで見るどころか、背中に乗ってみる?」
「マジかよ…空飛べるのか?」
「飛べるよ。振り落とされないようにしがみついてもらわなきゃいけないけど」
そこまで伝えると、ライラは興奮と喜色を顔に貼り付け、鼻息を荒くさせている。
「すげぇ…!乗せてくれ…!空、飛んでみたい…」
少年のように瞳を輝かせるライラを見て、クスッと笑う。
「あの魔物じゃなくても、俺だって飛べるよ?俺にしがみついててくれるなら、絶景を見せてあげる…」
ライラの瞳を覗き込みながら目を細めて微笑むと、ライラは顔を赤くさせた。
「っ……そ、そうか…。お前も翼があるもんな…。じゃあ、今夜……」
「…任せて。ライラの観たい景色、俺が見せよう」
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